63 P-ヒヨク
「あの、急にそんなこと言われても……」
ファンを自称する見知らぬ人物からの、二人の実力を見せて欲しいなどという急な要望。
今現在非常に都合の悪いその言葉に、当然ながらハナは困ったような表情を見せるのだが。
「そこを何とかお願いします!このとおりっ!」
熱心すぎるファン特有の熱量と断りづらい勢いを、エイトは見事に表現してみせていた。
(あたしって、演技の才能もあったんだなァ……)
完全にこちらをファンだと認識しているハナとミツの姿に、密かにほくそ笑むエイト。
自身の隠された才能を発掘してしまったと内心ドヤ顔であったが、実際のところ彼女にあるのは、演技の才ではなく厄介ファンとしての素養であった。
「えっと、そのぉ……」
ミツの方も歯切れ悪く、どう対応したものかと途方に暮れている。
或いは常であれば、2人とも快くその実力を披露するか、もしくは都合が悪ければきっぱりと断ることが出来ていたのかもしれない。しかし、ただでさえ精神的に不安定な今、他者の期待を裏切るという行為に、二人は過剰に反応してしまっていた。
ここでエイトの要望を断っては、それこそ二人の間に何かあると勘繰られてしまうのではないか。自分たちの間に流れる気まずい空気を、他人にも気取られてしまうのではないか。
他人の目を気にし過ぎてしまうが故の、ともすれば被害妄想めいたそれ。
負い目を感じている時ほど、出来ないことを素直に出来ないと言えない。
まだ幼く、精神的に成熟しているとは言い難いハナとミツがそんな考えに陥ってしまうのも、無理もないことであった。
「じゃあ、その、少しだけ……」
「うん、ちょっとだけなら……」
「本当ですか!やったぁっ!」
こうして二人はまんまと、エイトの策略に嵌っていく。
◆ ◆ ◆
「それでは、よろしくお願い致します!」
両者合意の上でのPVP。
それは、この戦いが一方的なプレイヤーキルではないことの証明であり、また同時に、此度の対戦における如何なる損益も両者ともに了承することを意味している。
(つまり、どうなっても文句は言えねェってことだ……!)
合法的にハナとミツを別れさせるという、あまりに陰湿な目的を達成すべく、エイトは自身の使役するモンスターを召喚し。
実のところまだ付き合ってすらいないハナとミツが、どこかぎこちない様子で武器を構えた。
「さあ行きなさい、『ヒヨク』!」
エイトの声によって呼び出されたのは、大型の鳥獣種。
(ヒヨクって……)
(聞いたことあるような……)
聞き覚えのあるような言葉の響き、けれどもその意味するところにまでは思い至らぬまま、二人は頭上に舞うそのモンスターへと目を向ける。
一見して、全身を青い羽毛に覆われた大型の鳥獣。
羽ばたく翼は強靭に、その眼差しは鋭いかぎ爪やくちばしと合わさって、猛禽めいた雰囲気を醸し出している。
けれどもよくよく見れば、羽ばたきや日の反射、羽毛の毛羽立ちなどによって、その身の所々に波打つような不可思議な赤が見え隠れしていて。
力強く、かつ美しい。
単なるテイムモンスターではない、エイトの手によって交配を繰り返し生み出されたハイブリッドであるが故のその姿に、けれども二人が感嘆の声をあげる暇すら与えず、『ヒヨク』は眼前の敵へと襲い掛かった。
「「っ!」」
その身を一本の矢のように尖らせ、『ヒヨク』はハナとミツに向かって突貫する。
バックステップによってそれを回避した二人は、そのまま岩肌へと降りてきた『ヒヨク』へと、威力重視の大振りな一撃を同時に繰り出した。
((あっ……!))
一見すると、息の合っているようなその動き。
けれども二人は、すぐに自身らの攻め手の過ちに気が付く。
二人ともが大振りな攻撃を繰り出したということは、どちらも直後に隙が出来やすく、かつお互いにそれをカバーし合えないということ。
しまった、と声に出すよりも早く。
地を滑るような不可思議な挙動で二撃を躱した『ヒヨク』が、そのまま翻って二人に体当たりを見舞う。
「あぅっ……!」
「きゃぁっ!」
防御すら能わず、広げられた両翼それぞれの一撃で、ハナとミツは左右へとバラバラに弾き飛ばされてしまった。
(ハハッ……!やっぱてんでダメじゃねェか、アイツら!)
攻撃が通ったこと……というよりも、予想通り二人が連携を取れていないことに、エイトはニヤリと口の端を歪める。
(コイツもまだ調整段階だが、この分だとこれでも十分そうだなァ……!)
自身の使役するモンスター、『ヒヨク』の様子にも目をやりながら、エイトはこの時点で既に自身の有利を確信していた。
――元々『ヒヨク』は、双子の鳥獣型モンスターだった。
複数の鳥獣種を数世代に渡って交配し、持ち得る能力の調整、取捨選択を繰り返した末に産み出されたハイブリッドモンスター。その最終世代誕生の際、うっかり入力数値をミスし双子として産み落としてしまったのがことの始まり。
自然種・人工種を問わずモンスターの全てに標準搭載されている基本的な自立思考プログラム。
エイトが生み出した双子の鳥獣種のそれは、誕生から幼年期までを片時も離れず共に過ごしたことで、互いに同調し合い行動を共有する思考パターンへと成長していった。
さらに時を経て、双子を超えてさながらつがいのようになっていくその振る舞いに、さしものエイトも「近親愛とはコイツら、随分とアナーキーだなァ……」なんて思いはしたものの。
それが人の形をしていない鳥獣種だからか、はたまたプログラムとはいえ自身が生み出した存在だからか、如何なカップルアンチのエイトと言えども、二頭にヘイトを向けることはなかった。
いや、それどころか、むしろ。
一緒にいたいのなら、そうさせてやるか。
そんな思いと共に、エイトはある日この二頭を一つのモンスターとして、直接融合させるという案に思い至る。
元々は、一頭の大型鳥獣種を生み出すつもりだったのだし。
コイツらが行動パターンを共有しているのなら、いちいち一頭ずつに命令を出すよりも、二頭の思考プログラムを直接結びつけ、一度の指示で同時に動かした方が手っ取り早いのではないか。
双子、すなわち同一種であるならば、直接融合自体はそう難しくはないだろう。
ただし、区分上は一頭のモンスターとなっても、その本質はつがいの鳥獣種のままであるように。
二頭分の自立思考プログラムは生かしたまま、二つのそれを一個体として結び付ける。
前例こそなかったが、二頭が同種でしかも双子であり、つがいめいた思考パターンを有していたことから、それは決して不可能な試みではなかった。
そうして二頭は一頭となり、同時に一つでありながら二つの意思をもつ存在となった。
エイトが偶然知っていた、東洋圏に伝わる空想上の鳥獣『ヒヨク』の名を付けられたそれは、先の彼女の言葉通りまだ調整段階ではあるものの……
他に類を見ない独自の行動パターンを持つモンスターとして。
或いは、文字通り一心同体と化したフウフとして。
自身らの関係に惑い悩むハナとミツを嘲笑うかのように翻弄し、その二つの片翼で襲い掛かる。
その様がまた、エイトにとっては愉快で愉快で堪らなかった。
所詮、バカップルなんてどいつもこいつもこんなもの。
究極的なまでに結び付いたこの比翼の鳥には及ばない。
てんでバラバラな動きを見せるハナとミツと、完全に一つとなり空を駆ける『ヒヨク』の、圧倒的な格差。
自らが生み出し、手塩にかけて育ててきたつがい鳥が、バカップルに鉄槌を下す様が、愉快でないはずがなかった。
次回更新は5月20日(水)18時を予定しています。
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