62 P-迫る影
「おーおー、来やがったか……」
山岳都市『ログ』。
文字通り周辺を切り立った岩山に囲まれたこの都市で、一人の女性プレイヤーがそう呟いた。
くたびれたローブ、目深に被ったフード、その奥にある青い瞳が向かう先には、ポータルで何処かの街からやって来た二人の少女の姿が。
(ダメ元で張ってたが、マジで来やがるとはなぁ)
口元をにやりと歪ませ、猫背に過ぎる姿勢でローブの裾を引きずりながら、彼女は目当ての人物たち――ハナとミツの後を密かに付けていく。
◆ ◆ ◆
ヘファに装備を新調して貰ってから数日の後。
ハナとミツは、先日の『カズラの精霊樹』戦に引き続いて、再び山岳都市『ログ』を訪れていた。
山岳都市などと謳われる通り、『ログ』は周囲の大部分を高い岩山に囲われた、ある種他の都市とは隔離された街の一つである。ざっくり見て、四方の内三面を山に囲まれ、残りの一面を広大な森林に塞がれている。
草木もまばらな岩山エリアと、それとは真逆の森林エリア。
生態系の全く異なる二種のフィールドにアクセスしやすいという点から、一部のプレイヤーたちにとっては好ましい立地となっており。地理的には外界と隔絶されていながら、実際には都市間ポータルによって多くの主要都市から少なくないプレイヤーが流入する、それなりに栄えた都市であった。
……現実換算でほんの一年ほど前までは、森林部はだだっ広い荒野だったのだが。
第二次『セカイ日時計』簒奪戦直後、最大出力の『セカイ日時計』によって引き起こされた『大変遷』によって、荒れ果てていたはずの荒野は緑化を通り越して大森林にまで変貌を遂げてしまった。
そんな文字通りの環境変化に伴って『ログ』の地理的価値も激変。うら寂れた小さな町だったはずのこの場所が、僅かな期間の内に都市と呼べるほどに発展し、滞在者、訪問者を問わず多くのプレイヤーたちが集うこととなったのである。
[HELLO WORLD]では『大変遷』以降、この『ログ』に類似するような事例がセカイ各地で起こっている。
自然環境の急激な移り変わりは、サービス開始から二年という時間でプレイヤーたちが決めつけてしまっていた、都市の繁栄度や勢力関係すらも変貌させてしまっており。
プレイヤーの被造物以外への干渉、といった程度ではとても収まりきらない『セカイ日時計』の影響力に、流石の運営サイドも介入を決意せざるを得なかった。
不干渉を掲げていた運営すらも翻弄された激動の一年。
セカイ全体がようやく落ち着きを取り戻し、プレイヤーが新たな環境に適応し始めてきたのも、つい最近のことである。
そんな折に行われた、第一回PVPセカイ大会。
完全にプレイヤー主導で開催され、ソロ、バディ、トリオ、スクアッド、クラン対抗など、各部門に分かれて行われたハロワ史上最大のPVP大会は、それこそセカイ中の注目を集めるほどの超大規模イベントとして大成功を収めた。
なればこそ、その各部門の上位入賞者、ましてや優勝者ともなれば、それなりにアバターも知られてしまうもの……なのかなぁ、なんてハナとミツは考える。おもむろに話しかけてきた、ローブ姿の女性を見ながら。
「わたし、大会を見て以降、お二人のファンなんですっ」
髪色と同じターコイズブルーの瞳を輝かせた女性は、弾んだ声でそんなことを口にする。
山岳エリアの一角にて、「もしかしてハナさんとミツさんですかっ?」なんて話しかけてきたその女性は、言葉の通りどうやら自分たちのファンというものらしい。
バディ限定大会以前からそう自称するプレイヤー(戦闘狂)を知っていた二人からしたら、ファンなる存在は全くの未知と言うわけではないのだが。
「あの、よろしければ是非、お二人の強さを直接見せて頂きたいのですがっ!」
今そんなことを言われるのは、非常に不味い。
見せられるほどの強さが、今の二人からは失われてしまっているのだから。
「あ、すいません、わたしったら名乗りもせず……」
そんなことなど知りもしないのであろう眼前の女性は、明る過ぎるほどに明るい仕草と共に、期待に満ちた笑顔を向けてきた。
「わたし、モンスターテイマーのエイトと申します!」
◆ ◆ ◆
はっきり言って、現実はクソだ。
エイトはずっと、そう信じて疑わないままに、生きてきた。
なぜ自分のような才女(自称)がいつまでたっても独り身で、キャンパス内をギャーギャー騒ぎながら練り歩いているような頭あっぱらぱーな馬鹿どもがどいつもこいつもデキていやがるのか。
全く理解出来ない。
非常に嘆かわしいことに、どうやらこの世界には見る目のないアホしかいないらしい。
だからエイトは、ハロワのセカイにのめり込んだ。
嫌が応にもクサレリア充たちが視界に入ってくる大学生活よりも。そんなものにかまけず、自由に、自分の好きなことが出来るゲームのセカイのほうが。
彼女にとっては、よっぽど楽しい毎日だった。
結局、こっちでもエイトは常に一人で行動するソロプレイヤーだったのだが……それを差し引いてもなお、彼女にとってこの仮想のセカイは居心地の良いものだった。
だからこそ彼女は、ハナとミツに尋常ならざるヘイトを向けている。
居心地の良いこのセカイで、突如として起こりやがったバディプレイヤー限定大会とかいうもの。
そんなものエイトからしてみたら、実質ただのベストカップルコンテストだし、その頂点に立つハナとミツのペアなんて、親の仇よりも憎いクサレリア充の頂点そのものだ。
優勝者インタビューで初心を気取っていたのも気に食わない。
くそが。
なーにが最優のカップルだ。
気に食わない。
滅びろバカップル共が。
第一回バディ限定大会を見ていたエイトが抱いた感想は、概ねそんなものであった。
とは言えそれだけならまだ、悲しき独り身大学生の哀れな僻みで済んだのかもしれない。なんだかんだ言っても、相手はPVPセカイ大会の優勝者。いちモンスターテイマーに過ぎないエイトとは、何の接点もないはずなのだから。
……はずだった、のだが。
偶然にも、見つけてしまった。
自身が拠点としている都市『ログ』のすぐ近く。
サンプル採取の為、幾度となく訪れていた大森林にて。
ある日、憎きリア充たちの頂点を。
金と銀を揺蕩わせる、二人のうら若き少女たちを。
だが、それでも。
それでもまだ、ただ見つけたというだけならば。
ちょっとストーキングして、陰から『倫理コード』に引っ掛かりかねない文句でも言って、それで終いだっただろう。
けれども、幸か不幸か。
エイトは見てしまった。
ハナとミツの、二人の様子がおかしいことを。
希少なだけで極端に強いというわけでもない『カズラの精霊樹』相手に、えらく手こずっていたことを。
それほどまでに、二人の動きが噛み合っていなかったことを。
カップル同士の不仲や諍い。
それは彼女にとって唯一、クソと言って憚らない現実でも楽しく見られる娯楽であった。
それが今、このハロワのセカイでも起こっている。
それも、こっちでのリア充代表とすら言える奴らが。
愉快で愉快で仕方がなかった。
最初に見かけたときのげんなりした気持ちとはうって変わって、エイトのテンションは最早最高潮にすら達していた。
だからこそ、ある意味で熱に浮かされたような彼女の思考回路は、こんなことを考えてしまった。
――このあたしが、とどめを刺してやりたい。
どこかぎこちなく、けれどもまだ破局には至っていない。
そんな二人の関係性を、終わらせてやりたい。
勿論、合法的に。ゲーム内での秩序に則って。
非難される隙を見せず、あくまで二人が、不仲の末に別れたという結末になるように。
一度そう思ってしまうと、もう止められない。
これまでの人生でずっと(一方的に)憎んできたクサレリア充ども。
居心地の良いこのセカイにすら侵食してきたあいつらに、目にもの見せてやりたい。
そんな拗らせた上に無駄に強固な意志のもと、エイトは行動を起こした。
他のプレイヤーがポータルを用いてどこへ行ったのかは、知りようがない。
だったら、ずっと張り付いていればいい。
あいつらが、再びこの街を訪れるまで。
何日でも、何日でも。
見つけた初日には流石に手を出せず、かと言って諦めるにはもう、彼女の思考はフルスロットルに達しており。
故に取った行動は、粘着。
都市間ポータルを通って何処かへと去っていったハナとミツが再び現れるその時まで、『ログ』内のポータルをひたすら見張り続ける。
幸いなことに、数日と経たず、二人は再びこの街を訪れた。
後はそのまま、PVPが可能な都市外エリアに出るまでストーキングするのみ。
そら恐ろしいほどの執着。
これこそが悲しき独り身の、圧倒的なポテンシャル。
基本的に、粘着質で陰険。
それでいて、妙なところで突飛な行動力を発揮する。
無論、自己保身には余念がない。
そう、エイトという女は典型的な陰キャであった。
次回更新は5月16日(土)18時を予定しています。
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