61 P-ひじ掛け二つ分の隙間
「取り敢えず、作ってはみたけど……」
応接間のような、小さな一室。
横並びに置かれた二つのソファチェアに座るハナとミツへと、一人の女性がそう言葉を投げかけた。
対面に腰掛けるその女性、少女と大人の中間ほどの顔付きに、燃えるような赤髪を長い三つ編みに纏めたツナギ姿の彼女――ヘファは、常から鋭いその灼眼を、より一層鋭く寄せている。
ハナとミツの二人が『カズラの精霊樹』を討伐してから数日後。
依頼を受けて作成した装備を二人へと手渡すヘファのその表情は、どこか納得のいっていない様子だった。
「一枚板じゃない分、どうしても強度は落ちちゃうと思うわよ」
鍛冶師を名乗ってるはずのヘファが、当たり前のように木製武具の制作にも精通しているのは、ひとえに彼女が、これまでもハナとミツの無茶ぶりに幾度となく応えてきたが故だろう。
鍛冶、武具制作全般を始めとして、工芸手芸に果ては服飾まで、既にヘファは、ハロワ内でも有数の総合生産者となりつつあり。
また、先の第一回バディプレイヤー限定大会で優勝したハナ・ミツのペアが、全身をヘファ作の装備で固めていたことから、このところ鍛冶師としての彼女の名は、ハロワ内で急速に広まりつつあった。
最も彼女自身は、気に入った相手の装備しか作らないという最初期からのスタンスを変わらず貫いており、工房に押しかけてくる有象無象共など適当にあしらうことに終始していたが。
「うん、了解。ごめん……やっぱり、素材の状態あんまり良くなかったよね」
と、そんなヘファのお気に入りプレイヤー筆頭、それこそ初期の頃から交流があるバディプレイヤーの二人が、最近どうも本調子ではないことは、彼女にとってもまた非常に由々しき事態だと言えた。
「その、思ってたより苦戦しちゃってー……」
「それは……」
片や凛とした、片や柔らかな面立ちを申し訳なさげに俯かせるハナとミツに、つい憎まれ口を叩こうとして、危うく口を引き結ぶヘファ。
(ま、いつもの二人だったら、もっとキレイに倒せてたのは事実ね……)
数日前に二人が持ってきた『カズラの精霊樹』の素材は、お世辞にも状態が良いとは言えなかった。そこから小盾を一枚板として切り出すのは難しく、比較的状態の良い部分を切って繋げて嵌め合わせて武具の形に仕上げたのが、木製の盾『樹魔の小盾』なのだが……
(言い訳みたいで癪だけど、素材の程度次第ではもっと良いものが造れたはず……)
思い通りのものが造れなかったことに対する、生産職としての悔しさ。
そしてそれ以上に、眼前でソファに座る二人の、どこかボタンを掛け違えたかのようなぎこちなさへの心配。
それらが合わさって、ヘファの眉間には常以上にしわが寄ってしまっていた。
「その、ほんとごめん……」
そんなヘファの表情に、ハナは罪悪感を感じてますます委縮してしまい。
また、ミツの方も、彼女を慰めようと反射的に伸ばしかけた左手を、しかし逡巡の後、所在無さげに小さく揺らす。
「いや、別に怒ってるわけじゃないから……」
そんな二人の、あまりにももどかしい様子を目の当たりにしながらヘファは、何とか素っ気なく返すのが精いっぱいだった。
(あぁもう、もやもやする……!あの司会の女、ほんっと余計なこと言ってくれたわね……!)
正直に言えば、怒っていない訳がない。
友達以上恋人未満(ヘファ基準)という、昨今のリアルでは天然記念物並みに希少にして純粋にして尊い二人の関係を、無粋な一言でもってぶち壊してくれやがった(ヘファ基準)先の大会の司会者に対して、彼女が怒りの感情を抱いていないはずがないのだ。
(……滅多に見れない感じでは、あるけど……いやいやでも……)
……いやまあ。
正直なところ、こうやって自身の気持ちに戸惑い、彼我の距離感を測りかねている二人というのも中々に新鮮で、これはこれで甘酸っぱくて悪くない……などと思わないでもないヘファだったが。
しかしやはり、以前は立っていても歩いていても手を繋ぎ、例えこうして座っていようとも、椅子のひじ掛けの存在などまるで無視するかのように腕を組んだりしていたハナとミツの。その間に空いた小さな隙間が、長く見続けるには耐えがたい苦痛をヘファに与えているのもまた、事実。
ハナとミツのこととなると目敏い彼女からしたら、今も眼前に広がっている僅か十数センチほどの空間が、ひじ掛け二つ分のその空白が、繊細な二人の心の機微を示すが如く映ってしまっていて。
(そう、アタシはいちゃらぶ純愛ゲロ甘糖度120%系しか受け付けないのよ……無駄にこじれたビターな恋愛模様なんて御免だわ……)
解釈不一致。
などと訳の分からないことを内心で宣ってしまうのも、無理もないことだろう。
(ていうか、やっぱりこの二人、それぐらいの年頃ってことよね……今までが、いちゃつき過ぎてて分かりにくかっただけで)
以前から、二人とも外見よりも幾分か幼いのだろうと勘付いてはいたのだが。第三者の(余計な)一言によってここまでギクシャクとした雰囲気になってしまうということは、まさしく両者共に、いわゆる思春期真っ只中、というやつなのだろう、と。
(……ってことは、最初に会ったのが三年近く前だから……やばい、あの頃のアレもコレも全部、ガチ幼女同士の無邪気系百合じゃない……!……やばっ…………いや、それは今は置いておいて……)
突如として現われた新たな可能性に戦慄しつつも、それは今の二人が元に戻ってから改めて脳内で堪能しようと、一旦は思考の隅に追いやるヘファ。
日に日に近づいていく二人の距離感を特等席で眺めるという密かな趣味を、今後も楽しんでいくためにも、二人にはどうにか、以前のような関係に戻ってもらわねばならない。
いつも以上の仏頂面の裏でそんなことを考え、しかしてその口もまたいつも以上に引き結ばれてしまう。
(とはいえ、下手なこと言って余計拗らせちゃうのもなんだし)
自身の口下手っぷりを多少は自覚しているが故に、ヘファには現状を打開する言葉など出てこようはずもなかった。
(そもそも、なんて声かければいいのよ……また前みたいに人目もはばからずにイチャイチャしなさいよーって?いや無理無理無理っ!いつもはアタシ、それを諌める立場じゃないっ!)
要するに、普段のツンツンっぷりが裏目に出てしまっている訳なのだが。
「……ま、とりあえずしばらく使ってみて。しっくりこなければ前のやつに戻せばいいし」
結局ヘファの口から出てくるのは、問題の本質からは程遠い言葉であり。
それでもこれ以上委縮させないよう、努めて何でもないことのようにそう言ってのけるものの。
「うん……ごめん」
「ごめんねぇヘファちゃん……」
作り手にそう言わせてしまったことの不甲斐なさが、さらに二人のテンションを下げることとなってしまった。
◆ ◆ ◆
「――じゃ、何かあったら連絡しなさいよ……暇だったら相手してあげるから」
いつも別れ際に言う、生産職としての言葉。
今回ばかりは、そこにいつも以上の心配を込めて。
「今日はありがと……」
「またよろしくねぇー……」
珍しく店先にまで立って見送るヘファに小さく手を振りながら、ハナとミツは工房を後にする。
相も変わらず、いつもは繋いでいたはずの右手と左手の分、いやそれ以上に、二人の間には小さな隙間が空いていて。
並んで歩いているにも拘らず、その背中はどこか寂しげだった。
「はぁ……」
(……お願いだから、さっさと元に戻ってよね……じゃないと、せっかく買った新しいソファが無駄になっちゃうでしょうが)
ハナとミツの大会優勝に先駆けてヘファが密かに購入していた、来客用の二人掛けソファ。それが今の一人掛けチェア×2に代わって工房の応接間に置かれるのは、もう少し先の話になりそうだった。
次回更新は5月13日(水)18時を予定しています。
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