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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
夏 百合乃婦妻の夏休み
60/326

60 P-何とも言えないその距離感

 今話のタイトルにある『P-』は過去編を示す表記となります。

 今後も折を見て、二人の過去の話なども挟んでいけたらと思っております。


ミツちゃん(・・・・・)危ない!」


 焦ったような声と共に駆け抜ける、銀色の一閃。


 長いポニーテールを揺らす一人の少女が、視線の先、相方の背に迫っていた(つる)を鋼鉄製の盾で受け止める……が、しかし。


「あぅっ」


「きゃっ」


 割り込みに入った無理な姿勢での防御では衝撃を殺しきれず、そのまま相方諸共、揃って弾き飛ばされてしまった。


 (もつ)れ合いながら地面を転がりつつも、すぐに体勢を立て直す二人。片割れ、ふわりと緩く広がる金髪を揺らめかせた少女が、苦悶に表情を歪める銀髪の少女をフォローしようと一歩前に出て――


「「あぃたっ」」


 同じく相方をカバーしようと踏み込んでいた彼女とぶつかり、またしても二人揃ってよろめいてしまった。


ハナちゃん(・・・・・)ごめんねっ……!」


「こっちこそ……ってうわ、また来た!」


 申し訳なさげに声を掛け合い、そうしながらも、またしても迫り来る無数の蔦をどうにか回避する。

 けれども、銀髪の少女――ハナは左側に、金髪の少女――ミツは右側に転がり込む形で躱したものだから、二人の間には再び距離が開いてしまって。


「「あっ」」


 連携の取り辛い距離になってしまったことを悔やみつつ、それでも何とか、二人は各々の武器を手に敵の攻勢をいなしていく。


 ハナは右手に長剣、左手に小盾を、ミツは両の手に同じ形をした双剣を。そのどれもが三等級の鋼材で作られた、それなりに上等な装備ではあるのだが。

 持ち主のキレのなさに呼応してか、振るわれるそれらの金属光沢も、どこか鈍くくすんでいるように見えた。


 どこかぎこちない動きを見せるハナ・ミツの二人と、希少樹木種『カズラの精霊樹(VINEDRYADE)』との戦いは、その後も一時間近くに渡って続いた。




 ◆ ◆ ◆




「ほんとにごめんねぇ、ハナちゃん。わたし、全然ちゃんと動けてなかった……」


 予想以上の長期戦の末、辛くも勝利をもぎ取ったハナとミツの二人であったが……その顔には、ただ苦戦したからというだけが理由ではない、苦々しげな表情が浮かんでいた。


「ううん、こっちこそ、うまくカバーできなくてごめん……」


 申し訳なさげに眉を八の字に下げるミツと、それに対して視線を落とすハナ。どちらもが、今回の戦闘が自分たちらしくないことを痛感していた。

 ……いや、今に限らず少し前から、二人の間の空気感はどこかぎこちないものになってしまっていた。



 [HELLO WORLD]サービス開始直後からここに至るまでの三年ほど、二人はずっと一緒にゲームをプレイし、戦闘面においても互いが互いをカバーし合うスタイルを磨き続けてきた。

 先日行われた第一回バディプレイヤー限定大会にて『無限舞踏(ユニゾン)』と称されたそれは、本来であれば文字通り、互いの動きと呼吸をシンクロさせ絶え間ない攻勢で果敢に攻め立てる、バディ戦術の極意とも言えるはずのものなのだが……


「……だめだなぁ……」


 ポツリと吐露されたミツの心情通り、今の二人は、その慣れ親しんだはずの戦い方が出来なくなってしまっていた。


 しかもその切っ掛けが、二人の戦術が『無限舞踏(ユニゾン)』という名で広く知られることとなった、先のバディ大会にあるというのだから、なんともまあ皮肉な話であろうか。


 他の参加者たちと比べても、頭一つ抜きん出たコンビネーション。

 決勝戦を勝利した際の、人目を(はばか)らずに抱き合って喜びを分かち合う様。

 優勝者インタビュー時の、ひたすら互いについて語り合う惚気っぷり。


 それらを目の当たりにした観客たちが、二人が相応に親密な関係であると考えるのは至極当然のことであるし、司会が「お二人は付き合ってどれくらいになるんですか?」なんていう質問を投げかけるのも、もはや自然の摂理とすら言えただろう。


 しかしその問いは、友人同士として健全な関係を育んできた(つもりの)ハナとミツにとっては、全く予想だにしなかったものであり。

 まだ十代も前半の、それこそ互い(ハロワ)にばかり時間を費やしていた純朴な二人が揃って、



「「……ふぇ?」」



 などと間の抜けた答えを返してしまうのも、致し方のないことなのである。



 付き合っている?自分たちが?

 傍目にはそんな風に見えていると?



 全く意識の外側にあった、二人の関係性を示唆する言葉を受けて、ハナもミツも急激に、互いの存在というものを意識するようになってしまった。



 ――今までずっと感じていた、一緒にいて楽しい、幸せ、ドキドキする……そんな気持ちは、友達同士としてのモノではないのだろうか。


 ――自分は、彼女のことが好き(・・)なんだろうか。



 そんな悩ましい思考と合わさって、こわばる気持ちが身体(アバター)にまで影響してしまい。結果、二人のパフォーマンスは著しく下がってしまったのである。


 先程戦った、樹木種でありながらツタ植物の特性も併せ持つ『カズラの精霊樹(VINEDRYADE)』も、異種族間の交合によって生まれた個体数の少ないモンスターではあるのだが……エネミーとしての脅威度という点で見れば、それほど強力な存在というわけでもない。

 それこそ普段の二人であれば、楽勝とまではいかずとも苦戦を強いられるほどでもない、そんな程度のモンスター。

 だというのに蓋を開けてみれば、一時は二人とも残存HPが3割を切ってしまうほどに、危うい戦いとなってしまった。


 迫り来る無数の蔓や枝葉を交互にいなし、息を揃えて回避して、攻勢に転じたときは、それこそ終わらないロンドのように絶え間なく。

 そんな本来の立ち回りとはかけ離れた、叩かれ弾かれ地面を転げまわりといった、もはや無様とすら言ってしまえるような戦い。互いを意識し過ぎるあまりに足並みが揃わず、本調子でない相方を過剰に庇おうとして逆に邪魔をし合ってしまうことなど、一度や二度ではなかった。


 何とか辛勝を掴み取りはしたものの、これでは勝敗以前の問題。


 ハナもミツも、どちらもが現状を芳しくなく思っているのは確かであり、気持ちと関係に整理を付けることでしかこの問題は解決出来ないのだと、頭では分かっている。

 けれども、今まで二人で積み重ねてきた軌跡の重さ故に、一歩が踏み出せない。


 勿論、二人が互いに向ける気持ちは、言うまでもなくだいぶ前からLOVE以外の何物でもないのだが。

 あくまで友達として接してきた彼女たちが、そのことを中々素直に認められないのもまた、致し方ないことなのであろう。



「と、とりあえずこれで、ハナちゃんの新しい盾は作れる、かなぁ?」


 何とも落ち着かない、けれども少しばかり口が重くなってしまう空気を振り払うように、ミツは努めて明るい調子で声をかけた。


「そうね。ヘファのところに持って行ってみよっか」


 ドロップ品を確認しながら、ミツの気遣いに乗っかる形で、ハナも空元気を振り絞る。



 今までは、手を繋いで歩くことなんて珍しくもなかったのに。

 今だって、出来ることなら手を繋いで、笑顔を向けて、楽しくお話がしたいのに。



 ――それじゃあまるで、恋人同士みたいじゃないか。



 過敏になった自意識と恥じらいが、そんな当たり前の行為すらも妨げてしまっていて。


 結局付かず離れず、時折肩先が触れ合う程度の微妙な距離感で心を揺らしながら、二人は森の出口へと向かっていった。




「――アァん?」


 ……と、そんなぎこちない――つまり(はた)から見たら初々しく甘酸っぱい空気を噴出しまくっている――二人を遠巻きに眺める、一つの影があった。


「……アイツら確か、バディ大会の……」


 乱暴な口調で紡がれる声音と、どこか憎々しげに揺れる影。

 それは、くたびれたローブに身を包んだ、猫背な女性の形をしていた。


 次回更新は5月9日(土)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。

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