59 R-向かいがてらに談笑を
カタン、カタンと、小さく揺れる電車の中。
超長距離快速の車両内、華花と蜜実は隣り合って座りながら、静かな談笑を楽しんでいた。
流石に完全個室とまではいかないものの、二座席ワンセットのシート間はスペースが多く取られており。また、プライバシーに配慮した防音性の仕切りの存在も手伝って、そう大きな声さえ出さなければ会話を咎められるでもない車内は、長時間移動の最中にあって、二人が会話に花を咲かせるのにぴったりの空間だといえよう。
「ぅ、もう緊張してきた……」
「えー、流石にまだ早いよぉ」
目的地はまだ遠かれど、華花の顔は既に硬く強張っていて。一方でリラックスした様子の蜜実は、少しでも彼女の緊張を解そうと、努めて軽い調子で言葉を続ける。
「挨拶なんて、これでもう三回目だし……そうじゃなくても、向こうでちょくちょく会ってるんだから、今さらそんな気にすることないってー」
「いやいやいや、ハロワとリアルじゃ全然違うから」
「だいじょぶだいじょぶ。華花ちゃんは大袈裟に考えすぎだよー」
「そうだといいんだけど……」
柔らかなシートに、快適な車内環境。隣を見やれば、高く昇った日の光を背に微笑む、恋人の姿が。
そんな、これ以上ない旅日和の昼時にあって、それでもやはり不安を拭えない華花と、彼女の隣で笑みを浮かべる蜜実が、快速に揺られて向かう先。
それは黄金家――つまり、蜜実の両親が住まう、彼女の実家であった。
「りらっくすりらっくす~」
そう、此度の遠出。
のんびりとシートにもたれ掛かる蜜実からしたら、夏休み帰省ついでの華花の顔見せでしかないのだが……一方の華花にとっては、リアルでの義両親への挨拶という、これまでの人生でも指折りの一大イベントそのものであり。
いくらハロワのセカイで交流があるとは言っても、現実世界でも認めてもらえるかどうか、本物を見て落胆されやしないかなどといった不安は尽きず……緊張するな、という方が難しい話であった。
「おとーさんもおかーさんも、華花ちゃんも、あっちでもこっちでも全然変わらないし」
両親と恋人。
それぞれの、リアルとバーチャルでの顔を知っているが故に、現実で相対したところで今までとそう変わらないだろう……と、蜜実は何の憂いもなく考えていて。
しかし、挨拶に行く側である華花からしたら、そう簡単に割り切れるものでもない。
華花ちゃんと遠出だやったー、などと楽しげな雰囲気の蜜実を、少しばかり恨めしげな目で見やってしまうのも、致し方のないことだろう。
「蜜実も、自分の番になったら分かると思うよ……」
「それはそうだろうけど……今は気にしなーい」
数日の帰省の後、続けざまに白銀家にも向かう予定となっているため、華花の恨み言は後に現実のものになることが半ば決定付けられているのだが……
実のところ蜜実の方も、そのことはばっちりしっかり重々承知していた。
むしろ、それが分かっているからこそ、せめて今だけは、憂いなく華花との帰省を楽しもうなどと考えていたのであった。どうせ、次に快速に乗る時には、自分と華花の立場は逆転してしまっているのだから、と。
ようするにやけっぱちであった。
「ほらほら、エイトちゃんからも応援してもらってるんだし、大丈夫だってー」
そんな、とうに見透かされている強がりを誤魔化すように、蜜実は会話の流れを少しばかりずらしていく。
「そうね、半分くらい何言ってるのか分からなかったけど」
掲げたデバイスによって空中に表示されたのは、先日こちらから送ったモノへの返信として返ってきた、無駄に大仰な美辞麗句によって彩られた長文メッセージだった。
クロノから贈られた衣装に身を包んでの、二人きりの撮影会。
百枚以上にも及ぶその成果物の内、人に見られても良いものを多数ピックアップし、惚気半分、『聖典』への資料提供半分でエイトに送り付けてやったのだが。
その際ついでに、帰省のため数日間ログイン出来なくなる旨を伝えたところ、エイトの方から感謝(写真に対する)と感激(写真に対する)と激励と感謝(二人を生んだ両親に対する)と感激(二人が生まれてきた事に対する)にまみれた怪文書が送られてきたのである。
なお、同じものをクロノ、未代と麗、それからヘファにも送ったところ。
クロノからは、「喜んでもらえた様で何より(要約)」と言った意味合いの文言が。
フレアからは、呆れた顔が容易に思い浮かぶ「はいはい、ごちそうサマ」。
ノーラからは、ただ一言「家宝にします」と。
そしてヘファからは、「ふーん、良いんじゃない?」といった簡素な一文……の後、この写真のここが良かっただのそこが良く撮れてるだの書き散らかされた、口調だけは素っ気ない感想文が、写真一枚につき一通ずつ、連続的に送られてきた。
エイトとヘファの怪文書爆撃に関しては、概ねいつものことであった。
そんな、にわかに賑やかになったメッセージボックスを流し見たりなどしながら、二人は揺れに身を任せて会話を続けていく。
「――でも改めて考えてみても、今こうなってる切っ掛けの一つは、間違いなくエイトちゃんだよねぇ」
と、エイトの話題に端を発し、ふと口を突いて出た蜜実の言葉に、華花も首を縦に振って同意する。
互いへの想いを自覚し、ゲーム内とはいえ『結婚』という形に至った、その大きな切っ掛け。それは間違いなく、エイトという一人のプレイヤーとの邂逅にあり。二人は折に触れて、かの教祖へとその感謝を告げてはいるのだが。
「本人は否定、っていうか謙遜?してるみたいだけど」
女神二柱の婚姻は成されるべくして成されたものであり、人智の及ぶところではない……というのが彼女の弁であり。
「それにエイトちゃん、あの時の自分のこと黒歴史~なんて言ってるもんねぇ」
そしてそれ以上に、エイトにとって当時の自分自身は、いっそ忘れてしまいたいほどに愚かな人間として映っているのだった。
「まあ確かに、あの時のエイトはなんていうか、こう……若干、目が据わってたっていうか」
「ちょっと近寄りにくい感じは、あったかもしれないねぇ」
今も今で、中々に常人離れした言動を日夜繰り広げているエイトではあるが。
少なくとも今の彼女には、巨大クランを主導するに足るだけのカリスマ性や、前向きに過ぎるニトロめいた情熱というものが備わっていて。
誰とも組まずクランにも属さない孤高の一匹狼として活動していた当時と比べると、近寄り難さの方向性は180度異なるものだといえよう。
「あの頃の『ヒヨク』と『レンリ』も懐かしいよね。この前ほど強くはなかったけど」
「でも、あの時のわたしたちにとっては強敵だったねぇ……」
しみじみと呟く二人の脳裏に浮かぶのは、どちらもが二対一頭で存在する、エイトのテイムモンスター。より正確に言うならば、テイムしたモンスターの交配を繰り返すことで生み出された、各系統のハイブリット。
あの日最初に戦った時から、華花と蜜実にとって彼らは、どこまでも強く美しい存在だった。
だからこそ彼らとの戦いに、その最中で自身の想いを確信できたことに、無類の感謝を抱いていて。
……けれども今のエイトからしたら、それはあまりにも愚かで、蒙昧で、浅はかで、許しがたい所業。
だというのに、敬愛する婦妻本人たちが感謝しているなどとのたまうものだから、その出来事に関してのみ、エイトの胸中はどうにも複雑で、居心地の悪いものとなってしまっていた。
そう。
出会った当初、ハナとミツにモンスターを嗾けていただなんて。
次回更新は5月6日(水)18時を予定しています。
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