57 V-あゝ、素晴らしき撮影会 二人だけの玉座
ひとしきりハナの姿をデータに収めた後は、攻守交代。
次は、そのハナがカメラを手に取る番になった。
「…………」
饒舌に妙なことを口走っていたミツと違い、ハナはひたすらに無言で、レンズを覗き込んでいる。
その真剣な眼差しの先には勿論、慣れた様子で玉座に腰掛けるミツの姿が。
ミツの着ているその衣装は、基本的にはハナのそれと同じデザインではある。にもかかわらず、その純白のフリルブラウスが仄かな大人の色気を醸し出しているのは、彼女のより女性らしく曲線的なシルエットによるものだろうか。
それでいて、深緑に染まったロングスカートのふわりとたなびく様が、彼女の清楚さを保持している。
なればこそ、その脚を包み込むブラウンのロングブーツが、どこか野性的なアクセントとして殊更に映えて見え。
パシャパシャパシャパシャパシャ、パシャシャシャシャ、パシャパシャパシャ。
ハナの持つ『百腕の単眼』が、持ち主に代わって饒舌に喋り続けるのも、無理からぬことであるといえよう。
指示やリクエスト等もなく、ハナはただ無言で、カメラのシャッターを切り続ける。そうすることでミツの奔放な一面が目を覚まし、彼女が自由に、自身を魅せ付けてくるのだと知っているから。
正面からのシャッター音に素直にピースサインを見せたかと思えば、次の瞬間には玉座を降り、大きな背もたれの後ろからイタズラっぽい笑みを覗かせる。
横顔を撮ろうと側面に回れば、猫のように玉座の上で寝転がって、ひじ掛けの上に乗せた笑顔を正面から撮ってもらいたがる。
見上げるようなカメラワークに対しては、先程のハナのように足を組み、更には豊かな胸を見せ付けるようにして腕まで組んで。ウィンク一つでハナの心を鷲掴みにしてしまう。
さながらおてんばなお姫様のように。
撮られ方さえも、自分自身の望むがままに。
そんなミツの魅力に操られるかのように、ハナは無言で、あるいは感嘆の溜息を幾度となく洩らしながら、写真を撮り続けた。
◆ ◆ ◆
こうしてしばらくの間、ミツがハナを、ハナがミツをただひたすらに撮り尽くした。
撮影会はこれにて終了……などという訳では勿論なく、むしろ二人にとってはここからが本番だとすら言えよう。
「――じゃあ、遠隔操作機能起動」
ハナの一言と共に『百腕の単眼』がその手を離れ、ふわりと浮遊しだす。そのまま、空中で待機する一眼レフをその場に放置し、ミツの待つ玉座へと。
深く腰掛けるミツの足元に傅き、その膝上へ、まるで首を垂れるように頬を乗せて。
パシャリ、と。
『百腕の単眼』がひとりでにシャッターを切った。
誰に構えられるでもなく、浮遊したままのカメラがポジションを微調整し収めたそれは、玉座に掛ける黄金の姫と、彼女の膝元に身を委ねる白銀の淑女を写し出した、さながら一枚の絵画めいた情景。
静かな雰囲気と、それでいて合わさった目線に籠る確かな情熱までをも切り取った、見事という他ない一枚。
「うんうん、やっぱり良い感じだねぇ」
手元まで戻ってきた『百腕の単眼』を覗き込み、二人は今しがた撮影されたデータを確認する。
「ほんと、思った通りに撮れてる」
脳波等から二人の思考を読み取り、言葉通り思ったままの位置、角度からシャッターを切ってくれる遠隔操作機能モードのいつも通りの仕事っぷりに、ハナとミツは満足げに頷いた。
「よぉし、じゃあ次は――」
再び『百腕の単眼』を離し、代わりにハナの手を取るミツ。引き上げられたハナは、そのままミツの右肩に背を預けるようにして、半身になってひじ掛けに腰を下ろした。
その間に少し距離を取り、右上から俯瞰した位置で待機するカメラへと、二人は揃って小さな笑みを向ける。
パシャリ、と。
寸分も置かず、またしてもひとりでにシャッターが切られ。
直後、『百腕の単眼』は驚くほどの高速移動で反対側へと回り、今度は斜め下からあおるような構図で一枚。前の一枚とは違う、あらぬ方を向いた二人の微笑みが、しかしてより自然体な雰囲気を醸し出していた。
最早、写真の出来を確かめることもなく、今度はハナがゆったりと玉座に腰掛ける。まるで甘えるようにして、ミツがその膝の上へと横向きに座りこみ。
その瞬間から、『百腕の単眼』の激写が始まった。
ミツが両腕をハナの首へと回し、ハナは右手を膝裏へ、左手を肩へ添えて、ミツの身体をしっかり支える。折り重ねて組んだ脚をひじ掛けに乗せるミツ、その脚線美に見惚れているハナ。
双方の顔を収めたバストアップから、身を寄せ合う二人の全体図まで。ポーズを取るまでの過程を含めた婦婦の全てを、『百腕の単眼』は縦横無尽に飛び回りながら幾枚もの写真に収めていく。
高速移動の最中、止まることすらなく鳴り響く連続したシャッター音は、最早、一眼レフが放つメカニカルな咆哮と化しており。それでいて撮られた写真の全ては、少しのブレもズレもなく、二人の様子をコマ送りのように切り取っていた。
ハナがミツの身体をより一層引き寄せれば、それに応えるようにして、ミツもハナの胸元に頬を預ける。そのまま右手で結ばれた銀髪を手繰り寄せ、自身の反対側の頬へと擦り付けて。あまりにも甘え上手な彼女の姿に、ハナの口角もだらしなく緩んでしまっていた。
『結婚』しているからこそ許されるギリギリの身体的接触を、それに伴う精神的溶融までをも余すことなく縁取るように、『百腕の単眼』は吠え続ける。
さながらそれは、意思なきアイテムがそれでもなお、仲睦まじい二人の姿に驚嘆の声を上げているかのようだった。
正面、引き、あおり、俯瞰。直上はおろか、横からはみ出したシルエット程度しか見えないはずの、玉座の後ろからの構図すらも。
俊足にして精緻なるその単眼にかかれば、部屋中の全てのポジションからベストショットが生み出される。
「いやー、相変わらず凄いねぇ」
「そうねぇ」
幾度となく姿勢を変え、見つめ合いながら漏らした言葉は勿論、今も二人の周囲を飛び回り続けている一眼レフ型アイテムを指したものだった。
恐ろしいまでの機動力と、それをものともしない写真の明瞭さ。
仮に『百腕の単眼』がこの部屋の外に持ち出されてしまえば、瞬く間に偵察、諜報用アイテムとして用いられ、クラン間の抗争等を次々と引き起こすことになってしまうだろう。
だからこそこのカメラは、この部屋の中でおいてのみ使用が認められ、そしてそれが故に、ここまで性能を盛り込むことが許されているのである。
このアイテムを構成する特殊鋼材『変性物質』は、それこそ他の等級鉱石では及びもつかないほどの情報容量を誇っている。
それによって自動浮遊、常軌を逸した機動性、高速移動中でも一切のブレを起こさない補正力、視覚転写を遥かに凌駕する高画質、そして何よりも、所有者二人の脳波を同時に読み取る思考反映機能、などといった数多の特性を、この小さな一眼レフの形に収めることが出来ているのだが……
『変性物質』の存在を知るものはプレイヤーの間でもごく少数であり、またこの特殊鋼材は、運営がその生成に待ったをかけた数少ないオーバーテクノロジーでもあった。
「まあでも、既に作っちゃった分は取り上げないって、随分と優しい運営よね」
「色々制限はかけられちゃったけどー……あの子に関しては、運営さんにもメリットはあるんだろうしねぇ」
この[HELLO WORLD]のセカイにおいても、ただの撮影用アイテムというには些かスペック過剰気味な『百腕の単眼』。
その入手までの紆余曲折と、アイテム開発者、百合乃婦妻、ハロワ運営の三者間で交わされた『『変性物質』に関する機密保持及び使用制限についての契約』の文面を頭の片隅に思い出しながら、二人は身を寄せ合いそのレンズへと笑顔を向け続けた。
次回更新は4月29日(水)18時を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
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