56 V-あゝ、素晴らしき撮影会 秘密の小部屋
ひとしきりの閑談に花を咲かせ、また、新スキルに関する助言を得たりして。しばらく交流を楽しんだ後、ハナとミツは『時計塔周辺街』を後にした。
ポータルを通って『フリアステム』へ、そのまま急ぎ足でプライベートルームへと帰宅した二人の顔には、揃ってこう書かれている。
((早く写真撮りたい……!))
「ただいまぁ」
「おかえり、ただいま」
「おかえりー」
言葉を交わしながらもその足取りは止まらない。応接間もベッドスペースも通り過ぎ、最奥の小さな部屋、この為だけに増設した撮影室へと、二人で意気揚々と向かっていく。
「よぉし、撮るぞーっ」
「ええっ」
入室すると同時、部屋全体に施された疑似背景システムと、入り口近くの棚に置かれていたカメラ型のアイテムが起動。
慣れた様子でコンソールを操作するミツの手によって、何の変哲もない小部屋が、瞬く間に古めかしい王城の一室へと変貌を遂げた。部屋の中央にあった木椅子も、それに合わせて玉座へと姿を変え、敷かれた赤い絨毯の先に堂々と鎮座している。
実際の部屋の面積は変わってはいないものの、壁にまで施されたシステムが生成した奥行きある背景によって、撮影室は広く荘厳な謁見の間と化していた。
「まずはこんな感じでっ。はいハーちゃん、着替えて着替えてー」
クロノから贈られたドレスへと着替えるハナに背を向け、ミツは棚の上のカメラ、一眼レフ型撮影特化アイテム『百腕の単眼』を手に取る。
「ん、準備出来たよ」
背後から呼びかけるその声に、取り敢えず素立ちで一枚、などと考えながら振り向いて。
「……綺麗ぇ……」
あまりの美しさに、手に持ったカメラを取り落してしまった。
自動浮遊機能によって落下を免れた『百腕の単眼』などには目もくれず、ミツはただ、眼前の少女に呆然と見惚れてしまう。
「そう?嬉しい」
はにかみながら視線を落とし、自らの格好を確かめる彼女の、何と麗しいことか。
白く、ほどほどにフリルがあしらわれた上半身は、ハナの控えめな胸元の影と相まって、見るものに清楚な印象を強く与えてくれる。いつもは凛々しさを感じさせる銀のロングポニーも、見た目に分かる生地の高級な質感と合わさり溶けあい、その顔付きをよりたおやかに。
腰回りを引き締めるコルセット、そしてそこから伸びる、長い脚を包み込むようにして波打つロングスカートの青は、さながら、彼女の瞳の煌めきがそのまま形になったような。
およそ用意していた賛辞の言葉も、カメラのシャッターを切ることも忘れて、ミツはしばらくの間、目の前に佇む自身の妻を見つめ続けていた。
「……おーい、ミツー?そろそろ大丈夫?」
「――はっ」
この手の衣装を着るたびにミツが恍惚とした表情で機能停止に陥るのは、もう毎度毎度のことであるため、ハナも実に慣れた様子で彼女を正気に戻す。
「ごめんごめん、つい、ねー……取り敢えず一枚」
「どうぞ」
自身の胸の前で待機していたカメラを手に取り、おもむろにパシャリ。慣れた手付き+『百腕の単眼』が持つ諸々の自動補正機能によりそれは、ミツの受けた感動がそのまま切り取られた一枚に仕上がっていた。
「あーもう、一枚目から最高っ。ささ、ハーちゃん、座って座ってー」
上機嫌にハナの手を取り、そのまま玉座へと座らせる。
「玉座なんて、流石にちょっと座り慣れないかも……」
ミツがこれと決め用意した撮影セットに、ハナの方は少々気遅れ気味な様子であり。どう腰かけたものかと逡巡し、結局最初は控えめに、浅くちょこんと座りこんだ。
背はピンと伸び、脚もしっかり揃えてブーツを立てる。閉じられた膝の上に握った両手を乗せれば、さながらその姿は、おっかなびっくり玉座に座る年頃の王女様のようだった。
「いいよいいよぉ、かわいいー」
澄まし顔ながらも、椅子の真ん中に小さく座る様が何とも可愛らしい。
そんなハナの姿を、ミツはさっそく『百腕の単眼』で撮りまくる。
パシャリパシャリ、と。
正面バストアップ、続けて引いて全体を。
右下からあおりで、かと思えば左斜めから俯瞰気味に。
戦闘の最中とでも言わんばかりの機敏さで部屋中を動き回り、ハナをデータに収めていくミツ。
ハナの方もミツが視点を変えるたびに、言われずとも姿勢を微調整し、目線を送り、或いはあえてあらぬ方へと顔を背ける。
少し経った頃には、古城と玉座という大仰なセットにも慣れ、ハナの表情も自然と余裕のあるものになっていき。そうなれば当然、写り方も変わってくるもの。
かしこまった澄まし顔から、自然体の凛々しい面立ちへと。しかして服装も相まって、どこか少女めいた可愛らしさも見え隠れしていて。
さながらその姿は、一人古城に座す麗しき主。
「ハーちゃん凄いよっ、王女様みたいっ!」
断続的に鳴るシャッター音に呼応して、ミツのテンションも高まっていく。
ハナもまた、そんな彼女からのレンズ越しの視線に、得も言われぬ心地良さを感じていた。
「じゃあー……次は、もっと偉そうな感じでっ」
「偉そうって?」
「いい感じにふんぞり返ってみてっ!」
「ふ、ふんぞり返るって……こう?」
ミツからの次なるオーダーに、ハナは戸惑いながらも応えようと身体を動かす。
ひじ掛けに腕を置き、それに合わせて脚を少しだけ広げ、背もたれへと深くもたれ掛かる。ポニーテールを左肩から前に垂らし、気持ち顎を出して視線は見下ろすようなそれへ。
するとまさしく、ハナの姿は先程までより幾分も威厳の増したものになった。
「あーっ、いいっ、いいよぉハーちゃん、今度はこう、女王様って感じっ!」
自分に褒められることで、ハナが段々とノってくることをよく分かっているミツは、自身の喜びを余すことなく声に出して伝える。
「そ、そう?……じゃあ、こういうのは?」
ミツの思惑通り興が乗ってきたハナは、より雰囲気を出そうと、肘をついた右手に頬を乗せ、視線を更に鋭く落としていく。そして、スカートの裾を翻しながら足を組み、ブーツに包まれた脚を見せつけるようしてに前へ。
「ほあぁぁっ!ハーちゃんその脚は駄目だよやらしいよぉっ!もうさいこぉっ!」
パシャシャシャシャシャシャシャシャッ!!
右脚を上げて、スカートを翻し、左足に乗せ、スカートが落ち、足先が突き出される。ミツは意味不明な言動と共に、その一連の動作全てを、十数枚にも及ぶ連写でもってカメラに収めた。
[HELLO WORLD]では『倫理コード』による規制から、下着やスカートの中身などは基本的に見えない仕様になっている。
それは、テクスチャが塗りつぶされているだとか、スカートの中や胸元の隙間には深淵が広がっているだとか……という話以前に、そもそも服や装備品の類が一定以上に翻らないよう、各部位に特殊な物理演算が適応されているからである。
極論、逆立ちをしようとも、スカートはどう頑張っても膝上15cm程度までしか捲れないし、シャツもへそ上程度までしかずり落ちない。
しかし逆に言えば、スカートの中に顔を突っ込んだりしない限りは(実際にやるとペナルティが課されるのだが)、無粋な黒塗りや暗黒空間が出しゃばってくることもない。
スカートの中身を守る鉄壁の物理演算に則った範囲であれば、程よく裾が翻る様を――すなわち、見えるか見えないかの瀬戸際のフェチズムを、楽しめるということであり。
長いプレイ歴からギリギリのラインを完全に把握しているハナとミツは、写真撮影の場において、そのプレイヤースキルを遺憾なく発揮し、ゲーム上で表現し得る最大の色香を相手に見せつける。
つまり、レンズ越しにいちゃついていた。
(あいだの十枚くらいは、秘蔵フォルダ行きかなぁ)
ポージング中の、気持ちドヤ顔なハナを様々なアングルから激写しつつ、ミツはそう独り言ちた。
次回更新は4月25日(土)18時を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
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