55 V-二人が今欲しいのは?
「――そうそう、簒奪戦が終わってから、二人で考えてたんだけど」
「わたしたち、『比翼連理』以外にもう一つ、こう……大技?みたいなのが欲しいなぁって」
とりとめのない雑談の最中、ハナとミツがふと、そんな言葉をこぼした。
「――へぇ、大技。良いじゃない」
途端、静かに会話を楽しんでいたクロノの瞳が、キラリと輝く。
大技。
同胞たちの中には、字面が子供っぽいと言って好まない者も多い(大体そういう者たちは、『奥義』だとか『秘技』だとか『秘術』だとかを好む)が、クロノはそのシンプルな響きが、決して嫌いではなかった。
強大な技と書いて、大技。
何とも心躍る言葉ではないか。
「先の戦いでの顛末を聞く限りだと……そうね、かの一太刀を効果的に振るう為の布石、といったところかしら。それも、大きく重く確実なもの……」
『比翼連理』が、百合乃婦妻の持つ最強のスキルであることは大前提として。それをより確実に通すための術を二人は求めている。
そのことにすぐさま思い至ったクロノは、しかしだからこそ、並大抵のスキルでは友人たちの眼鏡には適わない、ということまでも瞬時に理解していた。
「うん。最初は、『比翼連理』で防御スキルを吐かせた後に止めを刺す、詰め用のやつとか無いかなぁって思ってたんだけど」
「やっぱり、あれの反動後にも撃てて、かつ大ダメージを期待出来るスキルなんて見つからなくて」
『比翼連理』には、発動後一定時間プレイヤー由来のアクティブスキルの一切が使用出来なくなってしまうという、クールタイムが設けられている。そうでなくとも大量のSPを消費するのだから、改めて考えてみても、他の高火力スキルとの組み合わせは、そう簡単なことではないようだった。
「まあ、威力だけ見れば破格のスキルなのだし、それくらいの制約は有って然るべきでしょうけれど」
SPの大量消費とは言っても、例えば『黄昏』のような、常軌を逸した量を要求される訳でもない。詠唱の類も必要ない。特異な発動条件さえ満たすことが出来れば、その費用対効果は高位スキルの中でも最高峰に数えられる。
「ってなると……SP消費量少なめで、近接戦術にも織り込めて、かつ相手に受けスキルを撃たせられるくらいの威力はあって、そのまま『比翼連理』に繋げられるスキルが欲しい……ってことかな?」
ケイネシスが纏め上げた百合乃婦妻の希望は、改めて聞いてみると中々に難しいものだと言えた。そも、それほどまでに使い勝手の良いスキルがあるのならば、とっくに誰も彼もが習得していることだろう。
「しかも『比翼連理』が防御系をほぼ貫通する性質上、前もって吐かせたいのは回避系……すなわち少なくとも、スキルによる補正がなければ避けられない――と相手に思わせられる程度の命中精度も、要求されることになるかと」
ハンの補足により、更にその要求値は上がっていく。
グレンに必殺の一撃を凌がれたのも、彼の持つ受けスキルが、盾で受けかつ姿勢を最適なものに自動修正するという、回避スキルめいた効果をも内包していたからであり。
逆に言えば、それほどまでの上位スキルを『無限舞踏』による猛攻の最中にあって適切に使用しなければ、この婦婦の凶刃からは逃れられない、ということでもあるのだが。
「……なんか、すっごいわがまま言ってるような気がしてきたー……」
「贅沢な悩み、というのは確かでしょうね」
「でも、ここを何とか補強出来れば、もっと強くなれるのは間違いないと思うんだけど」
簒奪戦以降、折を見て考えてみたり、スキルツリーを検索してみてはいるものの……未だ二人は、これというスキルを見つけ出せてはいなかった。
「やっぱり、そんな都合の良いスキルなんてないよねぇー……」
小さな溜息を吐くミツとハナ。
「……ふむ」
しかし、そんな二人に光明をもたらしたのは、少しの間静かに考え込んでいた、褐色の白衣メイドだった。
「無いのなら、いっそのこと造ってしまうというのはどうかな?」
モノクルの奥の柴眼を輝かせながら、ケイネシスはそんなことを宣う。
目当てのスキルがないのなら、自らで生み出してしまえばいい。
それは、もとより創造性に富む彼女であればすぐに思い至ることであり、また、恐ろしく自由度も拡張性も高い[HELLO WORLD]だからこそ出来ることでもあった。
「生産、かぁ」
無論、ヘファという生粋の生産職が身近にいるミツとハナも、その方法に思い至ってはいた。
「――新たなる技の創造、良いじゃない!」
案の定、創造だとか新技だとか、その手の言葉が大好きなクロノのテンションも急激にブチ上っていく。
「別視点からのアプローチ……というのは、無論良いとは思いますが……」
しかし、茶褐色の片目からきらめきを放つ主の姿に内心悶えつつも、相変わらず表情だけは澄ましたそれで、ハンが一度待ったをかけた。
「結局のところ、条件に挙げた項目を全て満たせるスキルの生成など、非常に困難な事なのでは?」
「そうなんだよねぇ……」
そう、思い至ってはいても、実行には移せていない。それはひとえにハンの言う通り、先の要望全てを満たす便利スキルなど、そうそう生み出せるものではないからである。
そんなものが簡単に生成できるのであれば、それこそとっくに誰かが造っていることだろう。
「確かに、欲しい効果全部を詰め込んだスキルなんて、とても造れるものじゃない」
勿論ケイネシスも、それは重々承知していて。
『セカイ日時計』及び時間干渉系スキルという、一見やりたい放題にも見えるモノを数々生み出してきた彼女だが、しかし。
だからこそ、それら強力な創造物を生み出せるに足るだけの自論を、彼女は持っていた。
「スキルを生成する上で大事なのは、本当に欲しい要素以外を削ぎ落としていくこと、だと思うんだよね」
欲張り過ぎて、実現不可能だというのならば。
削いで、落として、実現可能になるまで、ブラッシュアップする。
「どんなスキルが欲しいのか、もう一度言ってみてごらん?」
「えーと、相手の回避スキルを吐かせられて、SP消費量は少なめ、近接系、『比翼連理』に繋げられる……って感じ?」
「この中で、一番大事な要素は?」
「それは勿論、相手に回避スキルを撃たせられること、かなぁ」
それこそが今最も欲しい要素だと、ミツは考えたのだが。
小さくかぶりを振るケイネシスの紫の瞳には、まだ、余計なモノが見えていた。
さらに削ぐ。さらに落とす。
削いで削いで、本当に欲しいモノが見えてくるまで。
「そも、何故相手に回避スキルを撃たせいのかな?」
「『比翼連理』を避けられないため、ね」
今度は肯定の意を込めて、ケイネシスはハナの言葉に頷いた。
「そう、君たち二人にとって最も大事なのは、『比翼連理』とやらを確実に当てる事。それこそが、本当に欲しい要素なんじゃないかな?」
ハナとミツが新たなスキルを習得しようとしたのは、『比翼連理』を躱されてしまったから。
先んじて回避スキルを吐かせるほどの大技を放つことで、本命の二太刀を確実に当てる……そんな前提の元に、新たな方向性を模索していた。
だが、それこそがそもそも、余計な肉付け。
「…………そっかー、そうだよねぇ。『比翼連理』が当たりさえするなら、サブフィニッシュなんて必要ないんだった」
「…………そもそも、大技を連続で使ったりなんかしたら『無限舞踏』のリズムも崩れちゃうし」
小さなアクションを交互に繰り返して、互いの隙を補い合う。そんな、自分たちの初心中の初心を、少しばかり忘れてしまっていたみたい。
回避を強いるほどの攻撃などという、回りくどい真似をしなくとも。
例え、威力なんて皆無でも。
ただ一瞬、相手の行動を封じることが出来るのならば。
ただそれだけで、その一撃は今度こそ、何者にも阻まれない無類の『必殺』足り得るのだから。
「そう、君たちにとって本当に必要なものは、少ないSP消費でほんの一瞬だけ相手の動きを止めるスキル――じゃないかな?」
「「……そうかも」」
ここのところ、色々な変化があった。
現実世界での邂逅に始まり、同棲して、一つになって。
友達も増えたし、彼女らとこっちのセカイでも交流を持つようになった。
簒奪戦を経て、セカイの在り様すらも、少しばかり変貌を遂げた。
だから、自分たちも。
トッププレイヤーたる百合乃婦妻としても、ここらで何か、新しいことでもしなくちゃいけないような。
なんとなく、或いは無意識のうちに、そんなふうに考えていたのかもしれない。
だけど。
「結局私たちには、これだけあれば、良いのかもしれないわね」
「そうだねぇ。変なことしなくたって、これだけで十分だよー」
虚空から取り出した『比翼』と『連理』の刀身を静かに重ねながら、二人はそう顔を見合わせた。
「――やはり、研ぎ澄まされた『必殺』に勝るものはない、という事ね……!」
『必殺』という言葉が大好きなクロノのテンションは、最高潮に達していた。
「うんうん、そうだねぇ。それに……」
何故かドヤ顔のクロノには目もくれず見つめ合いながら、ミツはもう一つ、ストレージからアイテムを取り出す。
「そういう事なら、良い感じに心当たりがあるわ」
その手に握られていたのは、透き通りながらも淡く輝く、小さな『霊石』だった。
次回更新は4月22日(水)18時を予定しています。
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