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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
夏 百合乃婦妻の夏休み
54/326

54 V-小さな勝者のその後


 麗の「次回はわたくしの自宅に招待いたしますね」という言葉と共に、無事お開きとなったお泊り会から、数日後。


「やっほー」


「お邪魔します」


 ミツとハナは、クロノの支配下となった『時計塔周辺街(クロックシティ)』を訪れていた。


「二人ともいらっしゃい。よく来てくれたわね」


 セカイの時間を統べる時計塔を中心に形成されるその街は、その時々の『セカイ日時計(CLOCK)』の管理クランによって、様相を大きく変えることで知られている。


 先代の『知勇の両天秤(Librarian)』が管理していた頃は、あちこちから鍛冶やアイテム生産のSEが鳴り響く、どこか工業都市めいた活気溢れる都市だったのだが。

 先日の簒奪戦による領主交代の後、そう長くもない期間の内に、その街並みは180度変貌していた。


 どこか霧の(みやこ)を思わせる、静かな雰囲気。露店・商店の類は数あれどその多くが粛々と、ともすればお高く留まっているかのような有様。けれどもそこには確かに、静謐と呼ぶには些か青臭い(イタさ)が、絶えず燻ぶっていて。

 よくよく目を向けてみれば、道行く人々の大半が、黒、灰、白といった、彩度をそぎ落としたかのような装いに身を包んでいることが分かる。かと思えば、瞳や髪の一部などに施されたアクセントは、紅だの蒼だのやたらと鮮やかな配色であり。

 持って回った言い回しと無駄に意味深で不敵な笑みは、この街の住人たちにとって最早、標準装備のようなものであった。



 そんな、色々な人々の心に色々な意味で刺さりそうな街の中心。

 高く聳え立つ時計塔の最上にある小さな一室で、ハナとミツは、街の支配者たるクロノと相対していた。


 正確には、クロノ及びその側近二人と、であったが。



「さあさあマスター、それから客人たち、紅茶でもどうだい?最近はワタシも、淹れ方を凝るようになっていてね」


 白柴(はくし)の長髪を(なび)かせながら、褐色の女性――ケイネシスが、テーブルの上にティーセットを並べていく。さながら給仕のような甲斐甲斐しさを見せる彼女は、まさしくその振る舞い通りの服装、すなわち、クラシカルでシンプルなデザインのメイド服に身を包んでいた。最も、その上から丈の長い白衣など羽織っているものだから、どこか得体のしれない雰囲気は健在であったが。


「あ、どうも」


「ありがとうございますー」


「お気になさりなさんなー」


 舌を噛みそうな言葉と共に、ケイネシスは一礼し、静々とクロノの後方へと立つ。


 右後ろにスーツ姿のハン、左後ろに白衣メイドのケイネシス。

 中央で足を組み、堂々とソファに座るクロノの佇まいは、まさしく支配者のそれであった。


 テーブルを挟んで向かい側、並んで座るハナとミツは、湯気の立つカップを手に取りながら、眼前の少女へと声をかけた。


「改めて、簒奪戦お疲れ様」


「街の引継ぎとかも、お疲れさまだねぇ」


 時計塔を訪れるまでの道中で目の当たりにした、あまりにも『クロノスタシス』らしい街並みを思い起こしながら、労うミツ。


 そんな戦友たちの言葉にクロノは、手にしたカップをティースプーンでかき混ぜながら、優雅に返す。


「こちらこそ改めて、共に戦ってくれてありがとう。面倒な雑務も、貴女達が手を貸してくれたおかげだと思えば、むしろ楽しくすらあったわ」


 人差し指と中指で、くるりくるりと弄ぶようにスプーンを揺らす。立ち昇る湯気に少しだけ湿ったそのたおやかな指先を、ハンは斜め後ろから舐め回すような目でガン見していた。


(うわ、指使いえっろぉ……無自覚えっちな我が主最高ですね……)


 本人的には澄まし顔で控えているつもりなのだが、情欲にまみれた目付きから、彼女がろくでもないことを考えているのは明白であった。


 従者その一の溢れ出る邪念を対面から苦笑いと共に黙認しつつ、婦婦は何事もないかのように会話を続ける。クロノの方も、二人の表情から従者の醜態を読み取り、しかして好きにさせておけと放置。

 何せハンの脳内が煩悩で溢れ返っているのは、今に始まったことではないのだから。

 無論、先の簒奪戦やその後の雑務で十分にその手腕を発揮してくれた秘書への、彼女なりの信頼の表われでもある。


「何か謝礼をくれるっていう話だったけど……あんまり、私たちばっかり贔屓しなくてもいいのよ?」


「そうそう、このあいだ貰った分で十分だよぉ」


 『クロノスタシス』メンバー及び味方陣営として参加してくれたプレイヤーたちへの褒賞(或いは報償)は、既に配布済みであり、その際に百合乃婦妻も他のプレイヤーよりも多額のそれを受け取っていた。

 ちなみに、その褒賞に充てる資金の調達に時間をかけていたからというのが、『クロノスタシス』が秘密結社として長く活動していた、最も大きな理由である。


 ともかく、既に十分な見返りは受け取っているのだから、これ以上の物は必要ない、というのが、ハナとミツの弁であり。


「ええ、貴女達ならそう言うと思っていたわ」


 そしてそれは、クロノにとっても想定済みのものであった。


「だからこれは、謝礼というよりも贈り物に近いわね。共に戦ってくれた事への感謝と、盟友への親愛を込めた、ね」


 そう言って、彼女がストレージから取り出したのは……



「おお……」


「かわいいーっ」



 二着の、揃いのドレスだった。

 感嘆の声を上げる婦妻へと手渡されたそれは、クロノが好んでいるロリータファッションと雰囲気を同じくした二品。


 上半身は、シンプルながらも上質な素材で作られた白地のフリルブラウス。下半分はコルセットを境にして、一着は濃い青に、もう一着は深い緑に染められている。

 クロノのそれと比べると、襟元や袖口のレースは控えめで、一見ロリータ要素は薄くも見えるものの、しかして長く伸びたスカート部分は、やはり幾重にもフリルがあしらわれた多層構造になっていた。

 黒い厚手のストッキングは、よくよく見れば百合の刺繍が全体に渡って施されており。それを包み込む茶色のロングブーツはシンプルなデザイン故に映え、また一方で、逆にドレスを映えさせる役割も果たしている。


「装備品、というよりはコスチュームと呼ぶべきでしょうけれど。着飾って写真の一枚でも取れば、貴女達を崇める教祖様への謝礼にもなるでしょうし」


 褒賞ではなく、親愛の証として。装備などではなく、友人婦婦の日々を彩る逸品として。

 二人と、そして彼女らの信者への礼としては、これ以上にないものであった。



「もう、最っ高!」


「クロノちゃんありがとー!」



 贈られた衣装に身を包むパートナーの姿を想像し、にわかにテンションが上がるハナとミツ。

 帰ったら早速撮影会だと心に決めながら、二人は大切に、その贈り物をしまい込む。


「喜んで貰えたようで何より」


 喜色満面な笑みを浮かべる二人を見て、クロノの方も満足そうに頷いた。


 ひと段落つき、小さな領主は手に持ったティーカップを口元へと近付ける。そのまま、砂糖どころかハチミツまでドバドバ放り込んだ糖度極振りの液体を、静かに嚥下していき。

 その白くほっそりとした喉元が、ドレスの襟に守られ、それでもこくりこくりと動いているのを、ケイネシスは斜め後ろから、怪しげな眼差しで見ていた。



(飲んでいる……!ワタシが創り出したモノを、マスターが……舌で味わい、嚥下し、体内へと収めている……!!)


 それら全てが仮想のものであることなど歯牙にもかけず、モノクルの奥のアメジストアイを潤ませながら、彼女は歓喜に打ち震える。


 ケイネシスもまた、ハンと同じように主へと絶対の忠誠を誓い、傍に仕えることで、その麗しき姿を視姦す(めで)るタイプの人間(へんたい)であった。

 そういう意味ではこの従者二人、お互いの行動が干渉し合うことのない、ある意味で円滑な同僚関係を築けていると言えよう。並んで主の後ろに立つハンとケイネシスは、仲が良いとは言わずとも近しい思想を持った同士として、互いを認識しつつあった。


((ああ、この人もか……))


 そして例によって、対面しているが故に分かってしまう、ケイネシスのヤバめな反応に表情を引きつらせるハナとミツ。そんな友人婦婦の様子から、従者の醜態を感じ取ってしまうクロノ。


「……何か、悪いわね。側近が二人ともどうしようもない奴等で……」


「うん、その、頑張って……」


「ふぁいとー……」


 側近その二の登場によって増えたであろう気苦労に思いを馳せ、幼い友人へ同情と激励を贈る百合乃婦妻であった。


 次回更新は4月18日(土)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。

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