53 R-お泊り会 in 百合乃家(仮) 静かな夜の乙女たち
夕食の後も、品行方正な麗を夜にお菓子バカ食いという不良行為に引きずり込んだり。
折角だし皆で雑魚寝しようと、主に両親が来た時の為に用意していた布団をリビングに敷き、四人で取り留めのないガールズトークに花を咲かせたり。
そのうち、ババ抜きのリベンジに燃える未代が婦婦に枕投げを挑み、瞬く間にボコボコにされたり。
そんな、しょうもないことがあったりなかったりしたのだが、今回は割愛とする。
夜も更けた頃におっぱじまってしまうのではないかと、未代が密かに期待する中、それなりの頃合いに電気が消され。
結局、一番体力を消耗していた未代が、真っ先に寝入ることとなり。
こうして、四人の賑やかな一日は幕を閉じ――なかった、勿論。
「――んで?夏休み入ってから、未代とはどっか遊びに行ったりしたの?」
「えっと、ハロワの方では、殆ど一緒に行動していますけれど……『ティーパーティー』として」
暗闇の中、敷かれた布団に寝ころんだまま、小声で言葉を交わすのは、三人。
お泊り会という初体験、そして隣に未代が寝ているという緊張から、なかなか寝付けずにいた麗と。そんな彼女の様子を見抜き、声をかけるタイミングを窺っていた華花と蜜実である。
「そーじゃなくてー。二人でデートとかしたのかなぁって」
「で、デートだなんてっ、その、そんな事っ……それは、二人でお出かけしたりは、しましたけど……」
「それは実質デートでしょ」
「ひゅーひゅー」
「もう、からわないでくださいっ……」
気恥ずかしげに目を泳がせるその隙に、華花と蜜実が本命の一撃を放った。
「実際、麗って未代のこと好きなの?」
「すっ!?……っあ、すいません……」
おもむろに襲い掛かってきた強烈なそれに、麗は思わず大きな声を上げてしまう。ハッとして謝罪の言葉を口にしながらも、その視線は、未だ呑気に眠りっぱなしの未代へと向けられていた。
「……未代さんの事は友人として、その、す、好き、では、ありますけれど……」
ここで華花が問うた好きとは、勿論そういう話ではなく。恋だの愛だのラブだのなんだのいう、あの好きを指していることくらい、麗にもよく分かっていて。
少し前にエイトにも聞かれた……というか断言されたのだが、どうにも傍からは、自分は未代を憎からず思っているように見えるらしい。
「それってライクなのー?ラブじゃないのー?」
ここ最近の言動や、それこそ今日の麗の様子。そして何より、その手の匂いにやたらと敏感なエイトが反応したというのは、やはりそういうことなのだろうか。
まあ、七割方そうなんじゃないかと思いつつ……やはり本人の意思を直接確かめるのが手っ取り早いだろうと、華花と蜜実はこの機を見計らって問いかけてみたのだが。
「別にわたくしは、未代さんをそういう目で見ている訳では……」
気恥ずかしさに顔を赤らめながら、麗はしかし、かぶりを振って否定の意を示す。
とはいえその言葉は、揺れる本人の意思そのままな、もにょもにょと尻すぼみなそれであったが。
「そ、そもそも未代さんとは、出会ってからまだ数か月程度ですし……」
学年が変わり、初めてのVR実習から始まった二人の交流は、まだ半年にも満たない短いものであり。そんな短期間で、惚れたはれただのと考えるのは、些か早計ではなかろうか。
今、目の前で身を寄せ合っている婦婦が七年物の熟年度だと考えれば、なおのこと。
そんなある種の気後れのようなものも、麗の態度が今一つ煮え切らない要因の一つとなってしまっているのだが……
どうにも自制的というか、自分の気持ちに対して少しばかり否定的な彼女の様子に、華花と蜜実はふっと小さく息を吐いた。
「そんなこと言ったら、私たちなんて、殆ど一目惚れみたいなものだし」
「そーそー」
「……そうなのですか?」
それは、麗にとってはまさしく、意外な真実というものであった。
こんなにも仲睦まじいのだから、何かこう、二人の間に劇的な出来事があったり。或いは、長いハロワ歴の間に、愛情を築き上げていったり。
そういった、時間の重みとでも言うべきものが、ずっしりと詰まっているとばかり思っていたのだが。
「勿論、七年もあれば色々起きるし」
「それこそ『結婚』までしたのは、出会って四年くらい経ってからだしー」
積み重ねてきたものは確かに、それこそ山のようにある。
紆余曲折を経て、最終的に辿り着いたのが、『婦妻』という形ではある。
でも、その切っ掛け。
積み石の、一番最初のひとかけらは。
「私がフレンド申請したのって、かわいいって思ったからだし」
「わたしも、きれいだなぁって思ったから、華花ちゃんと一緒に遊ぶようになったんだぁ」
身も蓋もない言い方をしてしまえば、外見に惹かれたという、ただそれだけの話。
言い方を変えるのなら、出会ったその瞬間、好きになった。
「そうだったのですか……」
「まあ、まさかそれがこんな関係になるだなんて、あの時は想像もしてなかったけど」
「うんうん。普通に、おともだちできたやったー、くらいの気持ちだったし」
最初っからお互いが大好きで、だけど、始まりはおともだちからで。
けれども今、言いながら微笑み合う二人の表情は、どこまでも幸せに彩られている。
「だから多分、切っ掛けなんて意外と些細なものなんじゃい?」
「そうそう。数か月も一緒に過ごして、楽しくて幸せなら、それでいいんじゃないかなー」
まだ十代でありながら、人生の半分近くを共に過ごしてきた。
そんな二人だからこそ、これ以上にないほどの説得力を伴って、その言葉は麗の中にすとんと落ちていった。
「そう……なのかも、しれませんね」
未代のことが好きなのか、だなんて、簡単に答えの出る話ではない。
けれども。
この気持ちが友愛なのか、恋愛感情なのか、麗にはまだ分からない。
けれども。
そんなはずない。まさか好きだなんて。
――羞恥と否定から始まっていた思考は。
好きなのかもしれない。もしかしたら、だとしたら。
――どんな結論であっても、自身の気持ちを受け入れようという、肯定的なそれへと。
少しずつ、けれども確かに、変わっていく。
「……わたくしは、未代さんの事が……?…………好き……すき……好き……?」
「なんか、更に顔赤くなってない?」
「お~。これがいわゆる、乙女の顔だねぇ」
まあ、なんにせよ恥ずかしいことには、変わりがないのだが。
うわ言のように呟きながら思考の底へと埋没していく麗の表情は、赤く、そしてだらしなく緩んでいた。
「……でも何故か未代って、競争率高いっぽいのよね……」
「もしほんとに好きなんだとしたら、麗ちゃんも苦労するだろうねぇ……」
言いながら二人が目を向けるのは、ある意味話題の中心でもある、鈍感系女たらし女。
麗の心中も、華花と蜜実の懸念も知らぬまま、彼女は一人、呑気に眠りこけている。
「……おぉ、市子ぉ、よーしよしよしよし……」
「うわぁ……見て華花ちゃん、夢の中でも誑し込んでるよ……」
「もう、流石としか言えないわね……いや、ある種の睡眠学習みたいなものなのかも……?」
「……え、麗も……?しょーがないなぁ、よーしよしよしよし……」
「……ねぇこれ、ほんとは自覚してるんじゃない?」
「……だとしたら、相当な悪女ね……」
目を瞑りながらも笑みを浮かべ、何とも幸せそうに寝言を垂れ流す未代。
「……ちょ、センパイなんすかそのハサミ……う゛っ……」
「あ、刺されたぁ」
「……市子……助けて……麗ぃ……」
「予知夢にならないといいけど……」
果たして彼女が見ているのは、百合ハーレムか百合修羅場か。
◆ ◆ ◆
「――おはよぉ、華花ちゃん」
「んっ……おはよう、蜜実」
(見てない……!あたしはなにも見てなぁぁぁいっ……!!)
翌朝、寝起きから家主たちのおはようの挨拶を目の当たりにしてしまった未代であった。
次回更新は4月15日(水)18時を予定しています。
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