52 R-お泊り会 in 百合乃家(仮) 宵の口の彼女たち
華花と蜜実が揃って身を清めた後。
「お風呂、上がりました」
二人に続いてシャワーを浴びた麗が、僅かな湯気を燻らせながらリビングへと戻ってきた。
風呂上がりの彼女の装いは、一見シンプルな薄緑の寝間着のようであったが……それがやはり、それなりに良い生地を使った代物であるのは、言うまでもないだろう。
「お、おかえりー」
風呂上りでもやっぱ美人だなぁ、とか何とか、本人が聞けば喜びそうなことを考えながら出迎える未代。
いつだかの時代は、同性同士で一緒に入浴することなど、さして珍しくもなかったようだが。
同性婚、妊可薬を用いての妊娠・出産が当たり前となって久しいこのご時世、同性だろうが異性だろうが、一緒に風呂に入るなぞ相応に仲が良くなければ出来ない芸当であり。
「んじゃ、シャワー借りますよっと」
「んー」
麗と未代が別々にシャワールームを利用するのも、当然のことなのである。残念ながら。
「わたくしも、ドライヤーお借りしますね」
「どうぞー」
入れ代わりに脱衣所へと消えていく未代の背中をちらちらと見やりながら、静音性ドライヤーを手に取る麗。
自分が入った直後の風呂場を、今度は未代が使う。そのことに何か、言いようのない騒めきというか、胸の内側から擽られるような感覚に囚われてしまう。
長く艶やかな髪を乾かしながらも麗は、その風で煩悩までも吹き飛ばしてしまおうと密かに奮闘する。その黒髪に櫛を通しながら、少々時間をかけて丁寧に乾かし。程よく冷房の効いたリビングで、ゆっくりと体の熱も冷ましていって。
ネグリジェ姿で戯れる華花と蜜実の姿を眺めていれば、ほら、まるで涅槃にでもいるかのように、安らぎに身を包まれる。
そうして、妙な心の火照りも収まってくる頃には、比較的シャワーの早い未代も、丁度脱衣所から戻ってきたところであった。
よりシンプルなTシャツに太ももが眩しい短パンというラフな格好で、頭に被ったバスタオルをわしゃわしゃやりながら、未代は麗の隣へと腰を下ろし。
「いやー、何か風呂場めっちゃいい匂いしたんだけど。やっぱ人んちのだとそう感じちゃうのかねぇ」
そして、爆弾を投下する。
「あ、麗が入った後だったからかな?」
「……!?!?!?」
ぼんっ、と。
直撃した麗の顔が、爆発した。
「な、ななな何を言っているんですか未代さん!!!!」
目をかっぴらきながら両手をわたわたと振るという、お嬢様らしからぬ醜態を晒す麗の脳内は、一瞬にして大混乱に陥ってしまう。
(に、に、匂い!?わたくしの!?か、かか、か、嗅がれたのですか!?未代さんに!?!?!?)
風呂場という、自身が一糸纏わぬ姿でいた場所で。
先程、妙なことを考えていたばかりなのだから、なおのこと。
途方もない羞恥心と、少しばかりの未代への非難と、それ以上に強く背筋を震わせる背徳感のようなもの。
ごちゃ混ぜになった感情に振り回されるようにして、麗の身体はぐわんぐわんと回転するように揺れていた。
「未代、流石にそれはちょっと……」
「普通にセクハラだよー……」
そんなお嬢様の姿に同情しつつ、あまりにもデリカシーに欠ける未代の発言に(自分たちの普段の言動を棚に上げて)割とガチ目にドン引きする華花と蜜実であったが。
「うぇ!?いやいや、変な意味じゃないから!!単純に、なんかいい香りしたなぁって話だから!!!」
「に、二回も言わなくていいですから……!!」
恐ろしいことに言われた方も満更でもないと思ってしまう辺りが、陽取 未代が天然物の女たらしである証左だといえよう。
無論、麗からしたら、恥ずかしいことこの上ないのもまた、事実ではあったが。
「いや、麗が入った後だから、とかいう余計な一言は要らなかったでしょ」
「だって、やっぱお嬢様だからいい匂いとかするのかなぁって!!」
「さ、三回も言ったぁ……!!!」
「未代ちゃん、たとえ思っちゃったとしても、口に出して良いことと悪いことがあるんだよぉ」
そう、例え思っちゃったとしても。
他意は無いだのなんだの言い訳しようとも、未代が麗をいい匂いだと思っちゃったのは、言い逃れ出来ない事実。
「~~~~~~~~~~~~~!!!!」
図らずも蜜実の言葉でそれを再認識してしまった麗は、さらなる羞恥心と、何やらむず痒く身体を苛む未知の感覚に身悶えした。
フローリングの上に倒れ込みごろごろと転げまわるその姿は、さしもの令嬢、深窓 麗と言えども、ただのおもしろ可愛い美少女のそれであった。
◆ ◆ ◆
ちょっとした騒動の後、四人揃っての夕食(例によってチルド)と相成ったのだが。
「「…………」」
ダイニングテーブルに隣り合って座る未代と麗。
その間には、何やら妙にそわそわとした空気が流れていた。
(き、気まずい……)
二人が座るイスのあいだも、昼間よりも少々、広く空いているように思える。
(このバカ婦妻が変なこと言うから、余計に変な空気になっちゃったじゃん……)
どう考えても未代自身の発言が事の発端だったのだが……局所的に都合の良い作りをしている未代の脳髄は、早々に責任を華花と蜜実へと擦り付けていた。
「はい、あーん」
「あぁ~」
件のバカ夫妻は、我ら関せずとばかりに『あーんバトル』に興じていたが。
長年のハロワ生活でメンタルを鍛えられていた二人は、多少のことでは動じずにいちゃいちゃ出来るのである。傍迷惑ともいう。
とはいえ、彼女たちが食べさせ合いっこに勤しんだのは最初の数口だけであり、華花はシーフードドリア、蜜実は鴨肉を主菜としたディナーセットを、それぞれ自分の手で普通に食している。
「そういや、昼間にも思ったんだけど」
食卓に流れる微妙に気まずい空気を払拭すべく、未代はあえてその点に触れることにした。決して、うやむやにして話題を逸らそうとかいう魂胆ではない。決して。
「なに、奥さんたち。もうあーんとか、あんまりやらなくなった系?」
殊更に、わざとらしいほどに口角を上げながらそう揶揄する未代に、華花と蜜実はなんとなしに答える。
「うーん、最近はやったりやらなかったり?」
「勿論、するのは楽しいんだけどねー」
普通であればそれは、はて倦怠期(正しい意味の方)か……などと思うような発言ですらあったのだが。どうしてかこの二人からは、そんな様子など微塵も感じられず。
(むしろより一層、婦婦としての落ち着きや余裕が増したかのような……)
静かな麗の思案通り、それは、二人が現実世界においてもある種の余裕を持てるようになったからであり。何事もなく肩を並べて食事をするその姿は、けれども、二人がどこまでも強く繋がっているように見えてならなかった。
二人のファンである麗は元より、未代ですら思わず、婦婦っていいなぁと考えてしまうほどに。
まあ、その余裕を生み出す要因となった行為に、最近はめっきりのめり込んでしまっている……という意味では、二人に余裕などあろうはずもないのだが。
「いよいよもって、婚姻の日も近いのでは……?」
「流石に学生結婚はしないでしょ……とは、言い切れなくなってきたなぁ……」
小さく呟く麗と未代。
いつの間にかいつも通りの距離感に戻っていた二人だが、しかして未代の脳内は。
(さっきのババ抜きといい……こんだけ自然体でも今まで以上に仲良く見えるってことは、やっぱ、その、色々と……やることやってるんだろうなぁ……)
先程までとは別の意味で、気まずい思考に支配されていた。
次回更新は4月11日(土)18時を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。




