51 R-お泊り会 in 百合乃家(仮) 昼下がりの決闘者たち
「「「「デュエル!!」」」」
無論、『決闘』ではない。
残念ながら『あーんバトル』でもない。
「うーん……これだぁっ」
「おっ、お客さんお目が高い」
いかに科学技術が発展しようとも、いかに先進技術によるゲームが作り出されようとも。
それは、決して朽ちることのない至高のアナログゲーム。
それは、13×4+2で構築される不変にして千変のカードゲーム。
それは、多種多様なルールの中でも、老若男女問わず愛されているマストオブマスト。
(――あ、ババ引いちゃった)
そう、ババ抜きである。
折角リアルで集まっているのだから、今日くらいはVRなどではなくアナログな遊びに興じてみよう。そんなノリで始まったババ抜き大会であったが……初手で蜜実が未代からジョーカーを引いてしまった時点で、その様相は単なるババ抜きを大きく逸脱することとなる。
(あ、蜜実ババ引いたかな)
表情を読む、などという過程を踏むことすらなく、華花は直感的に蜜実の手札を把握し。
「じゃ、引かせてもらうわね」
シャッフルされ、今しがた引いたカードの居場所など分かるはずもない蜜実の手札から、淀みなくジョーカーを引き抜いていく。
「どうぞ」
「失礼しますね」
次手、麗が華花から引き、麗から未代が引く。
この順序で、ババ抜き初戦はつつがなく進んでいったのだが……
(……おかしい……いや、むしろおかしくないのか……?)
幾週かする内に、未代が気付く。
「うーん、これ。……あ、ラッキー」
華花の手札の減りが、異様に早いのである。
今しがたのように無造作に蜜実の手札から一枚引き、ほとんどの場合、そのまま符合する手札の一枚と共に放り捨てている。
まるで、自分にとって最適なカードを見抜いてでもいるかのように。
(いやまあ、これくらいはやってくるだろうと思ってたけどさ……にしても……)
そう、未代にとってここまでは織り込み済み。
この二人のことだから、お互いの手札や欲しいカードなんて、言葉を交わさずとも分かってしまうのだろうと。
未代が内心で驚いているのは、その以心伝心が、それらしいモーションを全く介さずに行われているということだった。
順番が決まった時点で未代は、どうせこの二人のことだからやたらと見つめ合ったり、意味もなく指を絡め合ったり、掴んだカード越しにいちゃつくくらいのコトはやるだろう……などと考えていた。
そして「いちゃついてたら何となく手札が分かった」とか何とか意味不明なことを言ってくるのだろう……と。
しかし蓋を開けてみれば、引く方の華花も引かれる方の蜜実も、驚くほどに自然体でプレイしている。
妙な挙動はおろかアイコンタクトすらなく、まるで透視でもしているかの如く、華花は蜜実の手札を把握しているようであった。
(くっ……やーいチーミングー、とか言ってからかってやろうと思ってたのに……それすら出来ないだなんて……!)
傍目には、普通にプレイしているだけ。
いや、実際二人も、意識して相手の意図を読もうとしているわけではない。
ただ当然のこととして、何となく、分かってしまう。
最早二人はその段階にまで到達しており、だからこそ、以心伝心の証拠すら掴ませない。
(夏休み入ってから、まだ半分も経ってないっていうのに……この二人、また進化してる……!)
未代は恐怖すら覚えていた。
一体何がどうなれば、この短期間で更なる成長を遂げられるというのか。
夏季休暇などという膨大な時間と自由を得られる期間に、二人きりの住まいで、何が起こっていたというのか。
こんなになるまで、二人だけで、毎日毎日ナニをしていたというのか。
(し、知りたくない……流石に、友達同士のそういう生々しいのは……聞いちゃったらこっちが一方的に気まずくなるやつだ……!)
中々に下世話な勘繰りをする未代だったが。
外からは見えない位置、Tシャツの下の柔肌に決定的な証拠が隠されていることなど、今の彼女には知る由もなかった。
(……あの、未代さん?顔付きが、何と言いますか……劇画調になっていますよ……?)
(――はっ)
手札を掲げて待つ麗からのアイコンタクトによって、未代は正気を取り戻す。
(そうだ、冷静になれ陽取 未代。あっちが二人なら、こっちだって……!)
謎の対抗心によって闘志を再燃させた彼女は、麗の方へと手を伸ばしながら、目で語りかけた。
(麗っ、二人が手を組んでるの、もう分ってるよねっ?)
(ええ、まあ。手を組むと言いますか、お二人の事ですからこうなるのは当然かと……それにしても、自然体過ぎて驚いてしまいましたが)
麗の方も当然、華花と蜜実が手札を実質共有していることに気が付いてはいたのだが。彼女にとっては元より眼福以外の何物でもなく、しかもそれが想定以上にレベルの高い以心伝心っぷりなものだから、不満も恐怖もあろうはずがなかった。
(だったら、こっちだって負けらてられないっしょっ。ここからは二対二の戦いよっ)
(最早ババ抜きではない気もしますけれど……それはそれで、面白そうですね)
かくして、麗と未代は手を組んだ。
此度のババ抜きが個人戦の枠を超え、未代&麗 VS 華花&蜜実、いずれか一人が一位抜けしたチームの勝ちという、タッグマッチへと変貌した瞬間であった。
最早ジョーカーの存在など、完全に忘れ去られた瞬間でもあった。
……そしてさりげなく、こちらもアイコンタクトでほぼ完璧に意思疎通が出来ている未代と麗であった。
まあ、この時点で未代は『ティーパーティー』のメンバーとなら概ね、言葉を介さずにコミュニケーションを図れるようになっていたのだが。それが彼女の良いところであり、同時に、いつか刺されることになりそうな要因でもある。
(二人でなんか企んでるっぽいね)
(そうだねぇ)
とはいえ未代たちのそれはまだ、傍から見ても、何やら結託していると勘付く程度には分かりやすいものであり。
(私たちに2on2で挑んでくるなんて――)
(――七年くらい早いよぉっ)
結果としてそれは、百合乃婦妻の闘志に火をつけることとなってしまったのだが。
◆ ◆ ◆
30戦全敗。
「――そんなバカな……」
30戦、全敗。
それが、窓から夕陽も差し込み始めた頃の、未代&麗チームの戦績であった。
「まさか、本当に一勝も出来ないだなんて……」
最初の内は、まさかこんなことになるだなんて、思ってもいなかった。
しかし、挑めども。
挑めども挑めども、勝てない。
度重なる敗北が未代の闘志と麗の負けん気に更なる燃料を投下し、ババ抜き一つで数時間、30もの連戦が繰り広げることとなり。
しかしてなお、勝てない。
中盤以降は最早、意地。
一度でいい、ただ一回だけでいいから、勝ちたい。
その想いだけを胸に、未代と麗は百合乃婦妻へと戦いを挑み続け、そして。
「完敗、ですね……」
二人は、負けた。
「ふっふっふー。お嬢さんたち、喧嘩売る相手は選んだ方が良いよぉ?」
ドヤ顔で煽る蜜実。
(可愛っ)とか思いながらそれを眺める華花。
呆然とした顔を、自らの手で抑える未代。
その背に手を当て慰めながらも、どこか悔しげな表情を隠し切れない麗。
何とも分かりやすい、勝者と敗者の構図であった。
「イヤおかしいって……二人並んでの手番ならともかく、あたしたちが間に挟まっても関係無いとか……」
取りこぼした未代の手札から、ジョーカーが顔を覗かせる。
小憎たらしいその道化師の顔はまるで、無謀な戦いに挑んだ二人を嘲笑っているかのようだった。
「だって二人とも、顔に出やすいんだもん」
「うっそでしょ……」
「ま、表情を読むとかは、強い人と戦う時には必須だったし」
実際には未代も麗も、ポーカーフェイスがそこまで下手だったという訳ではない。
ただ、長年に渡る[HELLO WORLD]での経験から、華花と蜜実がその手の心理戦に慣れ切っていたというだけの話。
手を変え品を変え順序を変え、しかしどうしたって、ペアでの戦いという領分において、未代と麗は百合乃婦妻には及ばなかった。
「じゃあ、わたしたちは勝者の特権として、一番風呂でも頂いちゃおうかなぁー」
「敗者の二人は片付けでもして待ってて。あ、冷蔵庫とか勝手に開けちゃっていいから」
ダメ押しの勝利宣言と共に立ち上がった蜜実と華花の二人は、そのまま軽やかな足取りで脱衣所の方へと向かっていく。
「ぐぬぬぬぬぬぬぅ……この屈辱、いつか必ず……!」
「いっそ今度は、四人がかりででも……」
敗北の味を噛み締め、再起を誓う未代と麗。
二人が、家主共が当たり前のように一緒にシャワーを浴びに行ったことに気付くのは、散らばったトランプを片付けた後のことであった。
◆ ◆ ◆
「ん、ふぅ……」
「華花ちゃん、んっ、ぁむっ……」
「――ぷは、きょ、今日は未代たちもいるから、ここまで……ね?」
「……うん」
次回更新は4月8日(水)18時を予定しています。
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