50 R-お泊り会 in 百合乃家(仮) 夏の日の少女たち
ぴんぽーん。
「あ、来た」
インターフォンの音を受けて、華花と蜜実は揃って玄関へと向かう。
白いTシャツにややルーズなズボンという、いつも通りの部屋着姿のまま扉を開けて。
「二人とも、いらっしゃーい」
夏の日差しが降り注ぐ玄関前に立っていたのは、未代と麗の二人だった。
「やっほーい」
「お邪魔いたします」
片やフランクに、片や礼儀正しく、しかし揃って招かれるままに家の中へ。
「あー涼しいー。屋内さいこー」
すぐ近くのバス停からとはいえ、炎天下の屋外を歩いてきた二人には、空調の効いた部屋の中は快適そのものであり。
そんな極楽の空気を素肌に取り入れようと未代が、黒いタイトジーンズの腰上、空色のTシャツの裾をパタパタとあおってしまうのも、仕方のないことだろう。
「み、未代さんっ、女の子がそんな、はしたないですよっ」
麗からしたら、ちらちら見える未代のへそ辺りがどうにも気になってしまうものだから、嗜めずにはいられないのだが。
白いワンピースといういかにもな装いの彼女が言っても、貞淑なお嬢様のお小言にしか聞こえなかった。
「えぇー、いいじゃん。あたしたちしかいないんだし。あ、はいコレお昼」
「ありがと。はい代金」
「確かにー」
頼んでいた昼食とその代金をトレードしながら、四人は部屋の中へと入っていき。
華花と蜜実は昼食の用意をしにダイニングテーブルへ、未代と麗は荷物を置きに一旦リビングの方へと向かった。
「この辺置いとくねー」
「りょうかーい」
邪魔にならないようにと部屋の隅に置かれた二人のそれは、ただ遊びに来た……というには少々大荷物であり。
「わたくし、級友の自宅にお泊りだなんて、初めてです……!」
弾むような麗の言葉が示す通り。
簒奪戦から少し経った今日この日、華花と蜜実の家で行われるのは、第一回お泊り会 in 百合乃家(仮)であった。
なお、第二回以降の予定は未定である。
◆ ◆ ◆
「夏はやっぱり素麺よね」
四人掛けのテーブルを囲い、未代がまとめて買ってきた昼食(冷やし素麺)に満足げな華花。
「風物詩、というやつですね」
お淑やかにそう返したのは麗だけで、後の二人は、
「ずるずるー」
「ずるずるずる」
麺を啜る音でもって、返答に代えさせて頂いていた。
いつの時代もやはり、季節の風物詩というものは、そう簡単には変わらないということなのだろう。
「この日の為に素麺断ちしてた甲斐があったよー」
「いや、そこまでする必要はないでしょ……」
ずるずると上機嫌に麺を啜る蜜実のよく分からない発言に、未代が形ばかりの突っ込みを入れる。
蜜実が素麺断ちをしていたということは、同時に、華花も素麺断ちをしていたということでもあるのだが……喉を滑っていく涼やかな感触の前では、そんな婦婦の謎行動など最早どうでもいいと思ってしまう未代であった。
というか実際、どうでもよかった。
「ひ、冷やし中華は素麺に含まれるでしょうか……?」
友人婦婦が、まさかそんな気概で此度のお泊り会に挑んでいたなどとは思いもしなかった麗が、恐る恐るといった様子でそう呟く。
夏季休暇に入って間もない頃、既に一足先に冷麺(自作)の恩寵に預かっていた彼女のそれは、まさしく懺悔ともいえる発言であった。
「あーあー、それはもう紛れもなくアウトだねぇ」
「裏切られた気分だわ」
「わ、わたくし、そんなつもりでは……!」
にやにやと笑うバカ婦婦、青ざめるお嬢様。そして呆れる常識人。
「アウトも何もあるかっ。そんなんなら、昨日寮で流し素麺やったあたしなんて、もう極刑ものじゃん」
「えーいいなぁ楽しそう」
さり気無く夏満喫アピールをしてくる辺り、かなりやり手の常識人だと言えるだろう。
「学生寮では、そのような催しもしているんですね」
感心したような麗の言葉に、しかし未代はかぶりを振る。
「や、なんか市子が急に「先輩、素麺流したいっす!」とか言ってきたから。場所だけ借りて、最初は二人で始めたんだけど」
「……へぇ」
((おおっと))
この時華花と蜜実は、部屋の温度が少しばかり下がったように感じたとか。
「いやぁ、やっぱこの時期、素麺流したがる人って結構いるのかもね。ホームセンター行ったら普通に竹売ってたよ」
やれスライダーの設置が難しかっただの、やれ気が付いたら寮生や運動部員たちが集まって来て大人数になっていただの、楽しげに語る未代だけが、空気の変調に気付いていなかった。
「最終的には寮母さんとか先生たちとかも参加しちゃって。確かにそういう意味じゃ、寮のイベントっぽくもなったかも」
「成程、それはそれは、とても楽しそうですねっ」
「お、こういう馬鹿らしいのも嫌いじゃない系?」
「ええ、大変素晴らしいと思いますよ」
にこにこと微笑む麗はいつものように上品で、未代にはそれが、庶民文化にも理解がある懐の広い令嬢の顔に見えていた。
そう、未代にだけは。
(……これは、彼女に何か吹き込まれたのかしら……?)
(……かもしれないねぇ……)
先日のお茶会で、エイトが妙なことを言うものだから。
麗は近頃、以前にも増して未代の言動にやきもきしてしまう事が、増えてしまっていた。
特に、自分の知らないところで、誰かと何やら楽しそうなことをしていた、だとか。
(別に、誰と何をするかなんて未代さんの勝手ですし……それをわたくしに逐一報告する必要なんて、有るはずもないのですけれども……)
自身の常識的な部分はそうと分かっている一方で、もやもやと渦巻く何かが、そんな弱気でどうすると麗自身を叱責する。
「……次の機会があれば、是非わたくしも参加させてくださいね?」
自分が何に対して急いているのか、まだ判然としないまま。
常識と情動の狭間を突いて出てくるのは、結局そんな、ありきたりな言葉で。
「りょーかいっ。いやぁ、それだったら昨日も誘えば良かったわね、ゴメンゴメン」
こうやって屈託のない笑顔を向けられるだけで、もやもやもあっさり収まってしまう。
今はまだ、それくらい。
◆ ◆ ◆
一部涼やか過ぎるほどの昼食を終え、リビングでゆったりと過ごしていた四人。
「――あ、そうだぁ。お二人さん、『ティーパーティー』のクリップ見せてよー」
ふと思い出した蜜実の一言によって、未代と麗は、先日の簒奪戦の一人称視点録画を、華花と蜜実に見せることとなった。
「じゃ、ぽちっと」
「スタートー」
データを受け取り、ヘッドセットを装着して、華花が未代、蜜実が麗の視点で先の戦闘を追体験する。
「「…………」」
廃人たる百合乃婦妻から見て、自分たちの戦いぶりは如何ほどのものなのか。
四対一で負けてしまったのは、流石に不甲斐無かっただろうか。
そんなことを考えながら、麗と未代は思わず姿勢を正し、ソファにもたれ掛かる華花と蜜実の様子をじっと伺う。
「「…………」」
やがて、クリップの主要部分――大槌使いの男との戦闘場面を見終えた二人は、揃ってヘッドセットを外し。
「やー、敵さん強かったねぇ」
「うん。四人とも、頑張ってたと思う」
そう、『ティーパーティー』を労った。
「そ、そう?四人がかりでも負けちゃったけど……」
思いのほか良い評価を貰えたことに、安堵と少しばかりの困惑を浮かべる未代。
「なに?私たちが、友達のことぼこぼこに叩くと思ってたの?」
自身に向かってジトっとした目を向ける華花に、慌てて彼女は手を振った。
「いやいや、そういう訳じゃないけどさっ。やっぱ二人からしたら微妙な戦績かなぁって……」
「例えば、わたしたちと同じくらいのレベルでこれだったら、勿論どうかと思うけどー」
「四人のレベル帯でなら、むしろ善戦した方だと思うわよ」
「それほどまでに、強い方だったという事でしょうか……?」
人数有利で敗してもなお、健闘を称えられるほどに、かの大槌使いは強き者であったのだろうか。
そう考える麗に、婦婦は揃って頷いて見せた。
「名前はー……ちょっと聞いたことないから、有名な人かどうかは分からないけど」
「このゲーム、ガチガチの廃人クラスになると、多少の人数差なんて関係無くなってくるから」
自由度が高すぎるが故に。
数多無数の選択肢の中から、自身のプレイスタイル・戦い方を確立し、それを突き詰めていった者たちは、二対一だろうが四対一だろうが、構わず実力を貫き通す。
極まった廃人たちは、そうであるが故に、極まった廃人足り得るのだから。
「多対一でも自分のプレイスタイルを維持出来るかが、廃人か否かの分水嶺……なんて言われてたりもするけど」
「まぁ、相手が悪かったねぇ……」
一人でもなお、その大ぶりな獲物を自在に振るい戦っていた男と、四人でさえ翻弄され、それぞれの技量を十全に発揮出来ていなかった『ティーパーティー』。
これこそがまさしく、ガチ勢とカジュアル勢の差。
「……でしたら、次こそは。例え勝てずとも、わたくしの望む戦い方が出来るように……」
晴れ晴れとした悔しさを胸に、静かな闘志を燃やす麗。
(やっぱり、麗は……)
(うん。結構、負けず嫌いみたいだねぇ……)
そんな彼女の資質を目の当たりにして、静かにほくそ笑む百合乃婦妻であった。
次回更新は4月4日(土)18時を予定しています。
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