49 V-戦いののち、ひと時
「――で、なんでわざわざ、ウチに顔出しに来たわけ?」
腕を組み、吊り上がった目尻にぴったりな言葉を放つ、ツナギの赤髪女性――ヘファ。
自身が店主 兼 鍛冶師 兼 店番 兼 その他雑務を受け持つ武具屋の店頭で、彼女がそんなぶっきらぼうな物言いをする相手は勿論、百合乃婦妻ことハナとミツの二人である。
「簒奪戦の結果なら知ってるし……何ならアンタたち、メッセージで報告してきてたじゃない」
第十二次『セカイ日時計』簒奪戦、そしてその後に行われた二人きりの祝勝会……激動の一日を終えた二人は翌日、連れ立ってヘファの元へと訪れていた。
「それは勿論、装備の点検でもしてもらおうかと」
「……簒奪戦中の武具破損は全部ロールバックされるでしょうが……」
このセカイの理をかけた戦いと言っても過言ではない簒奪戦では、より多くの人々の参加を促すため、装備品の摩耗、破損、デスペナルティ等といったプレイヤーへの不利益は、その多くが免除される仕様となっている。
故に、ハナが口にしたような装備品のチェックなどは、本来であれば必要のないことなのだが。
「それはそうだけどー。やっぱり、おっきな戦いの後には、ヘファちゃんに見てもらいたいんだよねぇ」
ミツの言葉に込められているのは、一種のごっこ遊びのようなもの。
大戦の後、お抱えの鍛冶師に顔を見せる。その行為そのものに意味があり、ただそうしたいが為だけに二人はヘファの元を訪れたのである。
「いいじゃない。どうせ暇でしょ?」
高名ではあるが気難しく、不愛想で、気に入った相手からの依頼しか請け負わない。弟子や共同者の類もいない。そも、仕事ではなく趣味として鍛冶屋を営んでいるのだから、そのプレイスタイルを妥協することも一切ない。
そんなわけで、ヘファの工房は今日も今日とて、ほど良く閑古鳥が鳴いており。
「アンタらねぇ……」
そんな現状を揶揄するハナの言葉に、表面上は呆れたようなポーズをとるヘファだったが……
「……しょうがないわね。ほら、見せてみなさいよ」
その内心では、端からごっこ遊びに乗っかる気満々であった。
そうして三人は、店の裏の小さな工房へと向かい、
今しばらく、静かな時間を過ごす。
時折かちゃりと鳴るヘファの手元を、ハナとミツは顔を突き合せながら覗き込んで。
そんな二人の視線に心地良さを感じながらヘファは、預かった装備品を点検する……フリをして。
激動の後の、穏やかなひと時。
「――そういえば、送られてきたクリップ見たけど」
目線は手元へとやったまま、ヘファがふと呟く。
「結構、苦戦してたわね」
彼女は生産を専門としており、戦闘に関してはほとんど経験もないのだが。
長くハナとミツを見ていたが故に、二人の戦いに関してだけは、それなりに見ることが出来た。
「まあね。流石に強かった」
これまで戦ってきた数多のプレイヤー、モンスターの中でも、間違いなく最強の一角に名を連ねる者だった。そう考えながら婦婦は、今回の戦いで見つかった課題を解決すべく、眼前の友人に意見を求める。
「戦ってて思ったんだけどー、わたしたち、詰めを『比翼連理』だけに頼り過ぎなのかなぁって」
「……アレで倒せない相手っていうのも、そうはいないと思うけど……」
かつて件の双剣を打ち、生成されたスキルを目の当たりにした際の驚愕……というより呆れを思い出しながら、ヘファは続ける。
「今回のを見る限り、防御スキルを『比翼連理』で切り伏せて、別の大技で決める……ってルートも、確かにあって損はないかもしれないわね……そんなスキルがあればだけど」
流石は旧友、皆まで語らずともハナとミツの思考を汲み取ってくれる。
「そうそう、それで何か、良いアイディアとかないかなと思って」
「ヘファちゃん何かないー?」
「急に言われても、すぐには思いつかないわよ……」
そも必殺という点においては、『比翼連理』の右に出るスキルなどそうそうあるはずもなく。その威力を誰よりもよく知っている三人だからこそ、並大抵のスキルではどうも物足りなく感じてしまう。
「ま、そうよね。何か思いついたら教えてくれると助かるわ」
「こっちからも、何かと相談することになると思うから、その時はよろしくねぇ」
結局、すぐに答えの出る話という訳でもなく。
ゆっくり考えていこうと意思を示す二人の言葉に。
「……別に、改めて言わなくたって、アタシたちの仲でしょ」
視線を落としたまま、ぶっきらぼうに返すヘファであった。
「――そういえばあの子、ノーラも今回参戦してたのよね?」
少しばかりの気恥ずかしさを誤魔化すようにして口に出した、二度目のそういえば。
それは、以前ヘファが武具制作を承った、一人の将来有望新人プレイヤーについてだった。
「4人でパーティー組んで頑張ってたけど、結構強い人にやられちゃったみたい」
「今度ゆっくり、クリップ見せてもらおうかなぁって」
装備を新調してからは初の大戦、破れはしたもののそれなりに善戦したらしく……二人も、詳しく話を聞くのを楽しみにしており。
「……そ。今度、暇ならウチにも顔出すように言っておいて。装備の使用感とか改良点とか聞きたいから」
その武具を手掛けたヘファもまた、彼女のことを少なからず気にかけていた。
「なんなら別に、今日アンタたちと一緒に来てもよかったんだけど」
「あー、今日はねぇ……」
「なんか、エイトとお茶会?とか言ってたわね」
「……へぇ」
エイト、と。
その名を耳にした途端、ヘファの目が一層鋭く細まる。
「アイツとも交流あったのね……なんだってまたあんなヤバい女と……」
久しく見つけた将来有望な卵を、行き過ぎた宗教に染め上げられては堪らないと、苦言を呈する彼女であったが。
「いや、今日のはそういうのじゃなくって」
「恋愛相談?とかなんとからしいよー」
少しばかり首をひねりながら言うハナとミツの言葉は、ヘファが予想していたような怪しげなものではなかった。
「……相談相手、間違ってると思うわよ」
まあどっちにしろ、ケチは付けるのだが。
◆ ◆ ◆
ところ変わって学園都市『アカデメイア』。
商業区はとあるカフェの、オープンテラスにて。
教祖様と『ティーパーティー』の面々が初めて邂逅したその場所で、しかし今日顔を合わせているのは、エイトとノーラの二人だけだった。
かたや、教祖の名に相応しい、シンプルながら威厳を感じるような修道服。
もう片方も豪奢ではないものの、清廉さと、そして一抹の妖しさを感じさせるシスター風のローブ。
冬の入りで冷たく、けれども日は穏やかなテラスの雰囲気と相まって、一見すると非常に優美で敬虔な集いのように、見えなくもない。
「――ですから」
衝撃的な邂逅から始まり、百合乃婦妻に対する解釈一致、大戦前後での顔合わせ。幾度かの交流を経て二人はある程度親睦を深め、此度こうして、お茶会と洒落込むまでになったのだが。
「あの騎士様を真っ当な道へと戻すには、貴女が彼女を落としてしまうのが最も手っ取り早いのです」
実際にその場でなされているのは、お茶会……という名の恋愛相談……という名の、エイトからの押し売りに近いアドバイスめいた説法のようなもの、であった。
「お、落とすと言われましても……」
「貴女は我らが教団員にはあらずとも、我らが思想を理解している素晴らしいお方です」
白い湯気が香り立つティーカップを手に取りながら、エイトはノーラに向かって静かに、しかし確固たる意志を持って説く。
「だからこそ、分かっているはずです。あの騎士様――フレア様の現状は、あまりにも不誠実で不節操なものであると」
「あの、流石にそこまでではないのでは……複数人とお付き合いしている、と言う訳でもありませんし……」
『ティーパーティー』はそのような爛れたクランなどでは断じてなく、流石にエイトのその発言は、ノーラにとっては些か大げさに感じざるを得ないものであった。
……まあ、確かに未代は、見ていて時折もやもやしてしまうほど、異様に人に好かれやすい人物ではあるが……などという思いは、口には出さなかったが。
しかし、そんなノーラの小さな不満を知ってか知らずか、エイトは構わず、フレアの所業はあまりに許しがたい(当教団基準)と切って捨てる。
「何を言うのです!常日頃から美女美少女を3人も侍らせている人物が、真っ当な倫理観の持ち主であるはずがありません!」
「は、はぁ……」
思わずノーラも困惑してしまうほどに、恐ろしく過激な物言いではあったが……それくらい偏った思考の持ち主でもなければ、かような教団の長になどなるはずもなく。
エイトは、正しいと信じて疑わない自身の信念に基づいて、ノーラを力強く鼓舞した。
「ですから貴女の手によって……いいえ、愛によって、彼女を正しき道へと導くのです!」
その結果、眼前の貞淑なる乙女は、一気に顔を赤らめてしまうこととなったのだが。
「あ、愛と言われましても……そもそもわたくしは別に、フレアさんが好きだとかそういう事では……」
彼女にしては歯切れ悪く、ごにょごにょと尻すぼみに消えていく言葉に、エイトは思わず目を閉じ、両の手を結び、そして天を仰ぎ拝む。
「……おお、我らが女神様方よ……自らの本心すら知らぬ哀れな子羊に、どうかお導きを……」
「えぇっと……」
その女神様方なら今絶賛、いけ好かない鍛冶屋の前でいちゃついているところであった。
次回更新は4月1日(水)18時を予定しています。
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