47 R-紅く、染まる
最初の口付けは、軽く触れ合わせるだけのもの。
どちらからともなく、すぐに唇を離して。
「はぁ、んむっ……!」
「……ぁ、んっ……」
間髪入れずに、貪るような二度目のキス。
「華花ちゃんっ、ん、あむっ……!」
「蜜実、ぁっ、蜜実ぃ……!」
華花の紅く湿った唇を、自身のそれで何度も食み、味わう蜜実。
常よりもなお甘く、そして僅かに残るブドウの酸味が、一層その唇を魅力的に感じさせていて。
甘噛みし、吸い上げ、舌でなぞり、華花の二つの花弁を、蜜実は自身の唾液で濡らしていく。
「はぁ、ぁぁ、っ……」
入り口を愛でられるだけで、華花はだらしなくその結び目を開いてしまう。いつもなら、その唇の隙間を割り開くようにして蜜実の舌が入り込んでくるのだが……
「あむっ……!」
今日の華花はいつにもまして積極的で、自ら蜜実の紅く濡れた舌を挟み込んだ。
「んっ、んっ、ふぁ……」
まるで甘い蜜を求めているかのように、その舌を唇で食み、ちゅうちゅうと吸い上げる。一心不乱に自分を求める華花の衝動が、快感と共に舌から伝わってきて、蜜実の心は堪らずぞくぞくと震えあがった。
そんなことをされては、こっちこそ、ますます欲しくなってしまう、と。
左手で頭を、右手で腰を掻き抱き、逃げられないようにしながら、蜜実はその唇をより強く深く押し付ける。
吸われるがままに目いっぱい伸ばした舌を、華花のそれに絡ませて。丹念に擦り込むようにして自身の唾液を与えながら、時には逆に、華花の甘く蕩ける粘液を舌先で転がして味わう。
そうして混ざり合った二人分の蜜を、互いの口内で循環させ、満たし、嚥下して。
繰り返せば繰り返すほど、それはまるで媚薬のように作用して、二人の心身を熱く火照らせていく。
「ふっ、ふー、はぁっ、っ、っ……」
「はぁーっ、はぁーっ……」
あまりにも長くキスしていたものだから、ふと気が付いた時には、二人ともすっかり息が上がってしまっていた。
唇を離してもなお、混ざり合った唾液の銀糸が架け橋となって、二人を繋いだままにしている。
そのことに目を細めて悦びながらも、蜜実はふと、視界の端にあるものを捕らえた。
「……ねぇ、華花ちゃん」
「なに、蜜実……?」
次なる攻勢に備え、息を整えようとしていた華花に、蜜実が目で指し示したそれは、紅く、甘酸っぱく、そして微量に弾ける液体。
右手は腰を抱いたまま左手でグラスを手に取り、中に入ったシャンメリーを自身の口に含む蜜実。その色情に彩られた瞳から、彼女が何をしようとしているのか、華花はすぐに察し、そして、喜んでそれを受け入れた。
「んっ……」
「ん、んぅ……」
くちゅりと、先程以上に甘酸っぱく。
零れないように、唇を隙間なく合わせて。
その紅く弾ける液体を、二人で共有する。
「ん、ふぅっ……」
二人分の唾液と混ざり合い、すぐに粘性を帯び始めたシャンメリーは、けれどもその微炭酸でもって二人の味蕾をくすぐり、舌と舌との接触をさらに促していく。
口内を満たすシャンメリーを揺蕩うようにして絡み合う二人のそれは、その紅い液体よりもなお紅く、なお甘い。
「ふーっ、ふーっ……!」
先程までよりも唇を密着させているものだから、空気の通り道なんてあるはずもなく。獣のように鼻息を荒げるほどに抜けていくブドウの風味は、先程までとは比べ物にならないほど愛おしい。
舌を絡め合うほどに、炭酸の弾ける音は小さくなっていき、それと反比例するようにして、水音が脳内に響いてくる。
くちゅくちゅという音はどんどん大きくなっていって……いや、それ以外の音を、二人の脳がシャットアウトしているかのような。
やがて、耳から入ってくるのは、お互いの鼻息と衣擦れの音だけに。
脳内に響き渡るのは、粘性を帯びたくちゅくちゅという水音だけに。
内も外も、二人が奏でる音だけで、二人の聴覚神経もが愛し合う。
「んっ、ぁむ、んっ……」
そうして少しずつ、少しずつ、大切に慈しみながら、二人は口内の液体を嚥下していった。
飲み込めば飲み込むほど、次の一口は唾液の比率と粘度が上がり、けれども同時にむせ返るような甘さすらも、増していっているような。
そんな極上の味わいに舌を躍らせながら、口に含んだシャンメリーを飲み干した時には、二人の顔は上気し、身体は汗ばむほどに熱く火照り。
口の中で熟成され、まるで本物のシャンパンにでもなってしまったかのように、たった一杯のそのぶどうジュースは、二人を酔わせ、燃え上がらせていた。
「はぁ、はぁ……」
「ん、ふぅ……」
長い長い口付けの後、ようやく唇を離した華花と蜜実。
すると、蜜実の口の端に僅かに残っていた紅い液体が、一滴、ぽたりと華花の胸元へと零れ落ちた。
「「ぁ……」」
白いシャツの上に色濃く作られた小さな染みに、しかし華花はどこか、悦楽のようなものすら感じていて。そんな彼女の表情と紅い染みとのコントラストに魅入られてしまった蜜実は、吸い寄せられるようにして、その一点へと勢いよく吸い付いた。
「あっ、蜜実ぃ……」
支え合っていた体の均衡は遂に崩れ、蜜実が華花を押し倒す形で、二人はソファの上で折り重なる。
「ん、んーっ、ちゅっ……」
けれども蜜実は、そんなことになど構いもせず、一心不乱に、白地に染みた紅を吸い上げる。
鎖骨のやや下、なだらかな丘陵の上に唇を強く押し付け、ちゅうちゅうと小さな音を立てるその姿は、一見すると赤子のようにも見えるかもしれない。しかしその瞳は色に染まり、唇の内では染みよりも紅く色付いた舌が、服越しに華花の肌を愛撫していた。
「っ、ふっ、ぅっ……」
自身の舌先で愛でられ、小さく息を切らせる華花の表情が見たくて、蜜実は唇を付けたまま上目遣いにその顔を見やる。
そんな蜜実の蠱惑的な瞳に射貫かれてしまっては、華花の身体はますます鋭敏になっていき、吸われる胸元を中心に、じんじんと切ない疼きが広がっていく。
(なんか、血を吸われているみたい……)
淫らに微笑むかんばせの下、時折覗き見える紅い染みと舌が異様に色濃く感じられて、華花はついそんなことを考えてしまい。
「……ねぇ、蜜実ぃ、もっと、もっと強く……!……噛んでぇっ……!」
半ば、自分でも何を言っているのか飲み込めないうちに、そんなことを口にしていた。
衝動的な、或いは本能的ですらあるその懇願に、蜜実の加虐心が揺さぶられないはずもない。
「ん、ふふっ……」
唇は付けたまま、微笑みだけで肯定の意を示すと、蜜実はその口を少し大きく開き。
そして。
「……、かぷっ……!」
その白く濡れる歯を、服越しに突き立てた。
「ぁ、はぁっ……っ!」
広がる淡い疼きを貫くように。
唇や舌とは対照的な前歯の硬さが、鋭さを伴う圧迫感が、華花の吐息をより一層跳ねさせる。
シャンメリーと唾液で濡れふやかされたシャツの生地越しに、歯を通して感じる肌の味わいに、蜜実もまたこれまでとは違う愉悦を見出していた。
突き立てられ、歪まされ、それでもなお歯を押し返そうとするその白い肌は、まるで必死に快感に抗う、華花の健気な抵抗のようにも思えて、だからこそなお一層、溺れさせてしまいたくなる。
いや、華花の心はもうとっくに、自身に覆いかぶさる甘い蜜に溺れてしまっているのだが。
そうでもなければ、こんな。
「蜜実っ、直接、ぁ、っ、ちょくせつ噛んでっ……!」
自ら誘うようにして、シャツの胸元を引っ張るなんてことは、しないだろう。
服越しではすぐに物足りなくなってしまった華花の懇願に、蜜実も同じく、一瞬だって耐えることなんて出来はしなかった。
自分が彼女をイジメているはずなのに、むしろ彼女に操られてしまっているような。
そんな感覚を頭の片隅で感じながらも蜜実は、はだけられた肌の魅惑に欠片も抗うことなく、服越しの愛撫で既に紅く染まっていたそこに、今度こそ直接歯を突き立てる。
「ぁ、あっ、あぁぁぁっ……!」
先程までとは段違いに鋭く、鮮烈な痛み。
より深く唇を押し付け、犬歯すら使って噛みついて来た蜜実の口撃に、華花はひと際大きな声を上げてしまった。
痛い。
犬歯の二点から広がる突き刺さるような痛みと、その内で肌に押し付けられ蠢く濡れそぼった舌。それらをやさしく包み込み、けれども決して逃がさないとでも言うように密着した唇。
痛くて、熱くて、ぬるぬるで。
愛おしくて、堪らなくて、気持ちいい。
甘い痛みが鋭い快楽を、柔らかな感触がやさしい悦楽を。
胸元の小さな一点でない交ぜになった快感が、華花をますます狂わせる。
「ふ、ふーっ、ふふっ、はふっ……!」
腕の中で、眉根を寄せて喘ぐ少女の表情はあまりにも煽情的で。
そんなものを間近で見せつけられた蜜実が漏らすくぐもった音は、荒い鼻息と笑みとが絡み合った、動物的なものへと変化していった。
もういっそ、ずっと口付けていたいけれど。
暴れ出して、制御出来ない呼吸のせいで、鼻孔だけでは酸素が足りなくなってしまって。
一時離れる名残惜しさを、少しでも薄れさせたくて。
唇を離すその直前、蜜実は。
「ふぅ、んんんぅぅぅぅ!!」
一番強く噛みついて、一番強く吸い上げた。
「ぁ、ぃっ、っっっっっ――!?」
ちゅぽっ、と。
大きく水音を響かせながら、唇を離す蜜実。
息を荒らげながら見下ろすその先には、自分以上に息を荒げ、身体を跳ねさせる華花の艶姿が。
「はっ、はっ……はっ、……っ、……」
浅く小刻みな呼吸と連動して上下する胸元にあるのは、紅く染まり、くっきりと残った小さな歯型。
「はぁ、あぁ……ふふっ……」
震える右手を持ち上げ、愛おしげにその痕を指でなぞる華花の視線は、快楽に呑まれた虚ろなそれで。
けれどもその目は確かに、蜜実に囁きかけていた。
――ねぇ、もっと、して?
次回更新は3月25日(水)18時を予定しています。
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