46 R-二人きりの祝勝会
「「かんぱーいっ!」」
朗らかな二つの声と共に、ちんっとガラスの触れ合う音がリビングに響き渡る。
隣り合ってソファに腰掛ける華花と蜜実、その手のグラスに注がれた紅く透き通った液体は、今日この日の為にデパートで購入され、開封の時を今か今かと待ちわびていた、少しばかり上等なシャンメリー。勿論、ノンアルコール。
「改めて、おつかれさまー」
「お疲れ」
『セカイ日時計』簒奪戦終了後、諸々の後に二人が[HELLO WORLD]からログアウトした時には、既に夜も頃合いで。
いつもであればもう寝支度を始める時間に近かったものの……幸いにも百合園女学院は、先日から夏季休暇に入っているのだから。
折角のめでたい日、翌朝の心配もないとなれば、少しばかり夜更かしをしてしまうのも、無理からぬことだろう。
「いやぁ、楽しかったねぇ」
本日幾度目かの簡潔な感想を述べながら、蜜実がテーブルにグラスを置く。
簒奪戦勝利記念……というよりも、華花と蜜実の初リアル祝勝会だからという理由で奮発したシャンメリーの微炭酸が、グラスの中で小さく、ぱちぱちと拍手のような音を鳴らしていた。
テーブルの上にはそれと並ぶようにして、軽食やお菓子の類が広げられている。夕飯というにはいささか偏りがあるようにも見えるが、今日くらいは良いだろうと、二人は揃ってそれらを用意していた。
夏休み、祝い事、そして咎める者もいない。
誰にも見られることのない、学生らしい偶の不摂生は、まるで二人だけの小さな秘め事めいていて。
それがアルコール代わりに、グラスの中を芳醇に満たしていく。
「そうねぇ。陣営単位で見れば、無事に勝てたことだし」
これまでの華花と蜜実は、大きな戦いやイベントの後には、プライベートルームで二人きりの祝勝会をするのが常であったのだが。
今や二人も同棲する身。
そうなれば、現実世界で勝利を喜び合うのもまた一興と言えよう。
かくして、此度の簒奪戦の立役者たる百合乃婦妻は、ゲーム内での大々的な祝勝会を早々に抜け出し、リアルでの逢瀬と洒落込むことにしたのであった。
もっとも、開け広げられたお菓子や、二人が揃って着ている無地Tシャツ&ズボンというラフな格好からは、お高く留まった様子は微塵も感じられなかったのだが。
「あの人、グレンさんだっけ?強かったなぁ」
華花の左肩に寄り掛かりながら思い起こすのは、二人で挑み、それでもなお敵わなかった強敵との闘い。
五時間以上にも及んだ今回の大戦で、二人がその殆どの時間を費やして戦い続けた男は、まさに頂点の一角に君臨するプレイヤーと言っても差し支えない強さであった。
「あんなに長く戦ったのは久しぶりかも」
元々が攻撃的な戦闘スタイル、『比翼連理』という一撃必殺を身に着けてからはなおさら、二人の戦いはその多くが短期決戦であり。それこそ現実時間換算で四半日近くも同じ敵と刃を交え続けるなど、さしもの百合乃婦妻でも、そう経験のあることではなかった。
「それで倒せなかったのは、ちょっと悔しいけど」
そう言葉を続ける華花の顔には、けれども蜜実と同じく笑みが浮かんでいる。
勝てないのは悔しい。悔しいのは、楽しいのだから。
「うん、あの人、長期戦慣れしてる感じだったねー」
蜜実の言葉を皮切りに、お揃いの笑みを浮かべながら、二人は今回の戦いを振り返っていく。
「回復系アイテム使うのも早いっていうか、こう、小さな隙に小刻みに上手く使ってた感じ」
「その辺のPSは結構、差を感じちゃったねぇ」
「私たち、あんなにアイテム消費すること自体そう無いしね……」
例えば、戦闘中の小技の技量差であったり。
「『比翼連理』で仕留められないの、悔しかったなぁ」
「今回は割り切って、それで勝ちに繋がったから良かったけど」
「エイトちゃんも助けてくれたし。でも、個人戦ならあそこでほぼ詰みだったよねぇ……」
「『比翼連理』以外に、ああいう受けスキルを吐かせるプランを持っておいた方が良いのかも」
「もしくは逆に、『比翼連理』で吐かせた後に倒す……サブフィニッシャー的なのがあってもいいかもー?」
「なるほど、確かに……『比翼連理』ならどんな受けスキルでも確実に相殺以上には出来るわけだし、そっちもアリか……」
「とはいえ、『比翼連理』はクールタイム大きいからねぇ……この辺は、みんなの意見も聞いてみたいなぁ」
例えば、此度自分たちだけでは叶わなかった詰めの一手であったり。
「エイトには、ホントに助けられたよね」
「本人は、ただ肉壁になっただけーって言ってたけど、そもそもずっと近くにいてくれたおかげで、わたしたちが2対1に集中出来てたわけだし」
「それに、やっぱり『レンリ』の干渉範囲の広さは凄かった」
「『ヒヨク』も、多分またステ上がってたっぽいしねー」
「今また二人だけで戦ったら、正直結構しんどいかも……」
例えば、その身を挺して勝利へと繋いでくれた、敬虔なる教祖のことであったり。
「未代ちゃんたちも、楽しめたみたいでよかったねぇ」
「なんかメチャクチャ強い人に4対1でボコられた……って言ってたけど、どんな感じだったのか気になる」
「クリップ撮ったらしいし、これはぜひぜひ見てみたいっ」
例えば、強者に敗れ、それでも笑顔を浮かべていた友人たちのことであったり。
「クロノ、無事『時の簒奪者』?とやらになれたのは良かったけど……おまけで変な人までくっ付いて来ちゃってたわね」
「クロックの開発者かぁ……なにか面白い戦い方とか教えてくれないかな?」
「高次元過ぎて参考にならなそうな気もするけどね……」
「近いうちにゆっくりお礼したいってクロノちゃん言ってたし、その時に色々聞いてみよー」
「ハンさんが荒れてないといいけど……」
例えば、戦の首謀者と、その膝下に傅く者たちのことであったり。
「そういえば、やっぱり今回もいつの間にか居なくなっちゃってたねぇ、ウタさん」
「まあ、散々暴れまわってたとかキルしまくってたとかの話は、あっちこっちから聞こえてたけどね。いつも通り」
「お弟子さんも、結構な格上相手に1on1で相打ちだったとか」
「早くも渾名付いてたわね」
「『武人』だっけ。かっこいいねー」
例えば、碌に会話すらしたことのない旧知と、その弟子のことであったり。
ちょっとした軽食やお菓子をあーんしながら、二人は今日一日を振り返る。
「あー、やっぱり面白かったっ!」
「蜜実、今日はそればっかり。まあ、私も楽しかったけど」
語り合いたいことはいっぱいあって、ありすぎて時々、言葉が上手く纏まらなくて。でもそれが二人には、どうしようもなく幸せに感じられた。
ぶどうジュースに酩酊成分なんて入ってはいないけれども、グラスを傾けるたびにその幸せが、ふわふわと広がっていくような。
手に取ったビスケットやチーズを相手の口に運んでいくごとに、広がる幸せが互いに干渉し合って、もっと大きくなっていく。
更けていく夜をものともせず、むしろ時計の針が進むにつれて、どんどんと、心の内側で、言いようのない熱が目を覚ましていった。
グラスを内側から叩く微炭酸の弾ける音が、少しづつ二人の距離を縮めていくような。
その唇がなおさら赤く色づいて見えるのは、シャンメリーのせいだろうか。
「それにね。簒奪戦自体も、楽しかったんだけど……」
半ば無意識のうちに、或いは話せば話すほどに。
その身体はより近く、隙間なく、ぴったりとくっ付いていく。
だというのに、蜜実の頭はいつの間にか、華花の肩から離れていて。
気が付けば二人は身を傾け合い、ソファの真ん中で正面から見つめ合っていた。
「こうやって、華花ちゃんと直接祝勝会ができるなんて、ちょっと前までは考えたこともなかったから」
抱き合うを超えて、互いにもたれ掛かり合っているような、そんな状況下で。
ふと、どちらともなく気が付いた時には。
「なんでだろ、すごく、すごく嬉しいんだぁ……」
蜜実が、本当に嬉しそうにそう呟いた時には。
「そうだね……私も今、なんか、すっごい、幸せ……」
華花が、その言葉を噛み締める様に返した時には。
「「……、っ……」」
見つめ合う二人の距離は既に、限りなくゼロに等しかった。
次回更新は3月21日(土)を予定しています。
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