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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
夏 百合乃婦妻の夏休み
45/326

45 V-第十二次『セカイ日時計』簒奪戦 決着


 黄昏、と。

 ただ一言響いたそれは、戦場にある全てを飲み込んでいった。



 敵味方入り乱れ戦う、数多の戦人(いくさびと)たち。


 地を駆ける、或いは空を舞う、数多無数の超獣たち。



 例えば、一対多をものともせず打ち勝ち、更には今この時まで戦場で獲物を振るい続けていた、大槌使いの男も。


 例えば、凶刃と犬歯を剥き出しに、楽しげな笑みを浮かべながら無軌道に暴れまわっていた、暴虐も。


 例えば、接戦の末に相打った武人たちの、その戦いの爪痕も。



 一切合切が、ただ一瞬の閃光に覆われていく。




 ◆ ◆ ◆




 その一瞬が戦場を洗い流すまでの、刹那の時に。


「あぁっ……!!」


 ようやく目を見開き、眩しいほどに光り輝く魔法陣の上で堂々と立ち誇るクロノの姿に、ケイネシスは今度こそ確信した。


 彼女こそが。

 その小さな暴君こそが、『時の支配者』に相応しいと。


 (かざ)された白く細い右の手が、語り掛けているように思えた。

 この私に跪き、傅き、忠誠を誓えと。


「あぁぁぁっっ……!!」


 最早、自身に突き立つ武骨な(やいば)も。

 余力も尽き、『時間』が(てのひら)から零れ落ちていくことも。

 ケイネシスにとっては、もうどうだっていい些事。



「ああ、誓うよ!誓うとも!!君こそがワタシの――」



 迫り来る熱量に浮かされたかのような彼女の言葉を、ハンが最後まで聞くことはなかった。


 眼前の女の存在など、気に掛ける(いとま)もない。

 ただ感じるのは背後、麗しき主の偉大なる力。

 ちっぽけな自分になど、一瞬たりとも耐えることが出来ない、絶対の審判。

 それをこのセカイで、この戦場で、この自分こそが、最も早く賜ることが出来た。



 小さな主から与えられた望外の喜びに、二人の従者は感極まりながら消滅した。




 ◆ ◆ ◆




 或いは、万全であったならば。

 或いは、先の絶対的な一撃さえなければ。



 グレンは、生き残ることが出来たかもしれない。


(ははっ……こんなんマジで、都市伝説じゃねぇかよ……)


 迫り来る洛陽の光を生んだのは、戦場に疾く響き渡った言の葉。


 終末を告げるその文言が呼び出すのは、このセカイにおいて知る人ぞ知る、極めつけの浪漫砲。


 眼前で縮小し、限界まで密度を高めて主人たちを守る連理木の意図が、この刹那の時にようやく理解出来た。


 しかし、もう遅い。

 大樹の遥か向こう、敵陣の最奥から訪れる黄昏の陽をグレンが視認出来たのは、ほんの一瞬のことだった。




 ◆ ◆ ◆




「ぐ、ぅぅぅぅぅぅっっっっ!!!!!」


「くっ……!」


「うぅっ……!」



 身を縮め、エイト、ハナ、ミツの三人を守る繭と化した『レンリ』。

 その身どころか、辺り一帯全てを焼き尽くす『黄昏』の光を浴びて、そのHPが急速に失われていく。


 あまりにも強大な魔道の奔流は、大型モンスターを盾にしてもなお、それだけでHPが減少していくほどの衝撃を彼女たちに与えた。


 特にエイトは、使役する『ヒヨク』の消失及び消耗していく『レンリ』からのフィードバックにより、三人の中でもひと際大きくダメージを受けてしまう。


「エイト、頑張って……!」


「お願い、エイトちゃん……!」


 それでもエイトにとっては、それはこの上なく名誉なことだった。

 崇拝して止まない二柱の女神を、この連理木(りょううで)の中で、守ることが出来るのだから。


「う、く、あああああああぁぁぁぁ…………!!!」


 引き絞った口の端から、獣のような唸り声をあげながら、エイトはその身を二人に捧げる。


 洛陽の瞬間は、ほんの数秒程度。



「ぐぁぁぁぁあぁぁっっっっっ!!!!!!!」


「「っ……!!」」



 (またた)きの(のち)に、衝撃は止み。


 ハナとミツは、HPの半分以上を失った。



「――、――」


「エイト、ありがとう」


「エイトちゃんのおかげでわたしたち、勝てるよ」



 『レンリ』の身は音もなく崩れ落ち、『ヒヨク』は既に跡形もない。


「お役に立てたこと……この身に余る光栄です――」


 二体の使役獣からのダメージフィードバックによって、エイトのHPは全損した。




 ◆ ◆ ◆




 此度、クロノが放った一撃、『黄昏(ラグナロク)』。

 戦場の全てを覆い尽くすほどに強大なその一撃は、かつてロマンを追い求めた……否、追い求め過ぎた一人のプレイヤーが生み出した、魔法系最大最強の威力を誇るスキルだった。


 そのスキルを使用するのに、特殊な装備や卓越した戦闘技量は必要ない。

 熱意さえあれば誰でも手を届かせ得る浪漫として作られた『黄昏(ラグナロク)』がプレイヤーに要求するのは、膨大なSP量と、それ以外の全てを犠牲にしたINT値。



 そして、詠唱時間5時間超にも及ぶ長大な呪文の完全暗記。



 [HELLO WORLD]では、スキルを使用する際には必ず、何かしらの対価が求められる。

 それは時にSPであったり、ステータス水準であったり、特定の素材を用いた装備であったり。その他、何かしらの条件を満たすことであったり。


 強力なスキルであればあるほど求められる対価は大きくなり、そのため最上位と称されるスキル群の殆どが、卓越した技術や著しく難解な条件を使用者に要求してくる。


 そんな、セカイの根本原理の中にあって『黄昏(ラグナロク)』の開発者は、


「冗談のような威力を誇りつつ、なるべく単純で分かりやすい対価を支払う」


 ことを目指して、このスキルを作り上げた。


 希少な素材を用いた装備を用意する必要もなく、人間離れしたプレイヤースキルを要求されることもない。誰もが望めば手に入るような浪漫砲を、その人物は作りたかった。


 ……まあ結局、蓋を開けてみれば。

 意味が分からないほどのSP、INT値と、5時間分の詠唱文言暗記という、ぶっ飛んだ対価が必要な代物になってしまったのだが。


 それでも制作者本人は「分かりやすくて良いでしょう?」と、胸を張っていたとかなんとか。



 ではなぜ、そんなピーキーすぎるスキルをクロノは今簒奪戦に導入したのか。

 答えは明快。



 浪漫があるから、である。



 クロノは浪漫が好きだった。

 会社勤めの平凡な日常では有り得ないような、心躍るものたちが。


 だから彼女は、[HELLO WORLD]の世界に飛び込んだ。

 だから彼女は、『セカイ日時計(CLOCK)』という、時を統べるという浪漫に、誰よりも心惹かれた。


 浪漫を求めて戦うのならば、その手が(かざ)す武器もまた、最上の浪漫砲でなければならない。


 だからクロノは、『黄昏(ラグナロク)』を選んだのである。



「……ま、結果として上手くいったし」


「楽しかったから良いんだけどねー」


 ……例えその結果、彼女の一撃が敵のみならず味方さえも巻き込み、そのほとんどを屠ってしまったとしても。


「簒奪戦ではデスペナルティが免除されるのだから、実質的な損害はないわよ。ねぇ、ハン」


「ええ。それに巻き込まれた同志たちへ向けた詫び(・・)も、『クロノスタシス』側で用意してあります」


 堂々と言い切るクロノと、その横に澄まし顔で立つハン。

 全く悪びれる様子のない二人の姿に、ハナとミツは肩をすくめた。


「全く、炎上しても知らないわよ」


「そうだそうだー」


 既に簒奪戦の決着は付き。

 勝者たる『クロノスタシス』陣営中核メンバーは、荒野の初期待機地点にて再び顔を突き合せていた。


「あら、この作戦に賛同した時点で、貴女達だって同罪じゃない」


 メンバーの中で唯一、初期地点から一歩たりとも動かなかったクロノ。


「そりゃ、まぁ」


「面白そうだったし」


 その小さな勝利者の言葉に、最前線の立役者、百合乃婦妻はにやりと笑って見せる。


「……ただ浪漫砲を撃つだけでなく、その後のケアまで考えておられたのは、まあ……作戦と呼んでも差し支えないのでしょうけれど」


 その婦婦を守った影の功労者エイトも、結果的に上手くいった此度の戦略を、認めずにはいられなかった。


 『黄昏(ラグナロク)』は、威力や射程だけを見るとまさしく魔法系スキル最高峰のモノではあるのだが……


 その本質はあくまで、高威力の魔法攻撃でしかない。

 追加効果や特殊な性質等が付与されているわけではないため、特定条件下で魔法系スキルを完全にカットする『対魔法(アンチマジック)』系スキルや、極論、防御性能に極振りしたプレイヤーなどには耐え凌がれてしまう可能性があった。


 勿論そういった、『黄昏(ラグナロク)』とは別ベクトルでピーキーなプレイヤーなどそう多くいるわけではないものの、それこそ敵陣営リーダーのグレンのように、万全であれば生き残り得る者たちが存在していることも確か。


 だからこそ本作戦では、『黄昏(ラグナロク)』発動後にそういった敵プレイヤーを掃討する手立てとして、ハナとミツを始めとした一定数の残党狩りを用意していたのである。

 彼ら彼女らは予め、『黄昏(ラグナロク)』を受けても生存する手段を用意しており。不意の超広範囲攻撃によって壊滅した『知勇の両天秤(Librarian)』陣営に止めを刺す、という役割を担っていたのだが。


「あの赤銅の強者を先に無力化しておいたのは、良い判断だったわね」


 ハナとミツが、『比翼連理(ユナイト)』でグレンに『専守専衛(D-side)』を使わせた(・・・・)ことが、『黄昏(ラグナロク)』によって彼を打倒しうる結果に繋がった。


「あの人に『黄昏(ラグナロク)』を耐えられちゃったら、消耗した私たちじゃ結構厳しかったかもしれないから」


「後が楽になったし、あそこで使って正解だったねー」


 超威力の不意打ちを確実に通す。

 そうでもしなければ、負けていたかもしれない。


 それほどまでに、グレンという男は強く、堅牢で。

 セカイ最高峰クランリーダーの肩書は伊達ではないということが、直接刃を交えたハナとミツにはひしひしと感じられた。



「感謝するわ、皆。この礼は必ず…………今は、勝利を喜びましょう!」


「皆さま、お疲れさまでした」



 偉大なる首領の、可憐な微笑み。


 居合わせた面々の間で、わっと歓声が上がり。

 波及するようにして、『クロノスタシス』陣営全体へと広がっていく。


 戦いの最中とはまた別の、喜びに彩られた熱気が、その場には溢れていた。



 ――そして、そんな只中(ただなか)で。



(まだ、もっと強くなれるはず……ミツと)


(ハーちゃんと……一緒なら)



 勝利に沸く戦友たちに囲まれながら、二人は密かに、強く、手を繋ぎ合った。


 次回更新は3月18日(水)を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

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