40 V-第十二次『セカイ日時計』簒奪戦 暴虐の凶刃、武人の鈴影
慢心せず、臆病であること。
一騎当千、孤軍無双、俺TUEEEE。そんな夢物語にうつつを抜かさず、堅実に立ち回ること。
それこそが、この超大規模集団戦において生き残り、自軍に貢献するための鉄則。
それを守らないのは、セオリーを知らない初心者か、自分の実力を過信した二流以下の者か。
それでもなお我を通せる、廃人級の実力者か。
或いは。
セオリーなど端から頭に無い、極まった戦闘狂か。
「あぁっ……!、はぁぁぁっ♪」
戦場を無秩序に駆け回るその暴威は、一見するとみすぼらしくも感じる質素な和服に身を包んだ、灰髪の女性の形をしていた。
「ほらほらほらぁぁ!!、逃げてばかりじゃぁっ、つまらないですよっ!!!!」
異様に反りかえった二振りの長刀と、後ろで二つ結びにされた長いおさげを振り回しながら、その女性――ウタは、目に付いた敵プレイヤーへと片っ端から切りかかっていく。
「オイ誰か、アイツを止めろ!!」
「無茶言うな!あの『暴虐』だぞ!?」
「近寄りたくないですぅ!いやマジで!!」
「くそ、どいつもこいつもビビりやがって……仕方ねぇ、ここは俺――ガッ、ッ!?」
振り下ろされた右の長刀の外刃が、一人の男性プレイヤーの脳天に叩きつけられる。刃物とは思えないほどの鈍い打撃音を響かせながら、男はスタン状態になり昏倒した。
「あはぁ♪あと3人もいるじゃないですかぁ……!」
「「「ヒィッ……!」」」
倒れ伏す男の先、ニタリと笑いながらこちらを見やるウタの姿に、言い争っていた他のプレイヤーたちまでもがスタンしたかのように立ち竦んでしまうのも、無理もないことだろう。
「2人目ぇ、お手合わせ願いますっっ!!!」
荒々しい踏み込みと共に、先とは反対の手に握った長刀を左側から雑に薙ぎ払う。
次の獲物と定めた男へ向けられたそれは外刃ではなく、大きく湾曲した刃の内側であり。さながら死神の大鎌が如く迫る内刃は、慌てて後退しようとした男の側面及び後方から、抱き込むようにしてその右半身を切り裂いた。
「いぎぃぃぃいぃぃ!?!?」
重量と鋭利さを兼ね備えたその斬撃は、仮想現実と言えども相応のショックを彼に与える。
「もーらいっ♪」
痛みとダメージによって強張った身体の上、恐怖に引き攣る頭が刈り落されたのは、その直後のことだった。
「「ヒィィィィィ!?」」
ごとりと落ち、虚ろに目を見開きながら消滅する知人の頭部を見て、恐怖しない人間などそうはいないだろう。
残った男女のプレイヤーは、あまりの恐ろしさに、身を寄せ合いながらその場にへたり込んでしまった。
「あら、戦意喪失ですか……」
その姿に少しばかり残念そうな顔をしながらも、ウタは決して、その凶刃を緩めることは無く。
「では……対戦、ありがとうございました」
嫌に礼儀正しい台詞と共に、左右両の内刃で挟み込むようにして、二人の頭を切断せしめた。
「さあ、次の方……ッ!はぁっ♪良いですねぇ、ワタシは不意打ち大歓迎ですよぉ!!」
断頭の直後、隙を見て背後から切りかかってきた他のプレイヤーに対しても、彼女は全く気を害するそぶりもなく、それどころかますます笑みを深めながら、次なる敵に応戦する。
内刃は鋭く、外刃は剛健。
通常の刀剣とは真逆の作りをした、反りの強い一対の長刀『鋏蟲』を手に、ただひたすらに戦場で暴れまわる。戦術もセオリーもないその狂気染みた姿こそが、ウタが『暴虐』と渾名される由縁であった。
「く、そっ……!なんなんだよこの女っ……!!」
二合、三合と打合うも、ウタの凶暴過ぎる気迫と確かな実力に、その男性プレイヤーは早くも劣勢に立たされ始める。彼は決して弱いプレイヤーではなく、むしろその至近にいた中では実力者に数えられる人物ではあったのだが。
「……!……グゥッ……!!」
どうにか粘るも七合目、遂に押し負け大きく弾かれてしまった自身の西洋剣に引っ張られる形で、彼の胴は無防備にその身を晒してしまう。
「ァハッ……♪貰ったぁ!!!」
その一瞬の隙を、彼女が逃すはずもなく。
先の男女と同じように左右から内刃で挟み込まれる形で、男性の胴体はあまりにも容易く両断された。
「ありがとうございました!」
上下に二分割されそのまま光の粒子となって消える相手に、目だけで一つ礼をすると、ウタは次なる獲物を求めてすぐさまその場を後にする。
戦いの最中、彼女よりも晴れ晴れとした気持ちでいる人物も、そうはいないだろう。
倒れ伏す相手に感謝を。
一撃を耐えた者に敬意を。
切り結んでくれた猛者に友愛を。
立ちはだかる全ての者に、彼女は畏敬の念を絶えず抱いていて。
だからこそその顔は獰猛に歪み、吊り上がった口の端から垣間見える犬歯と見開かれた薄茶色の瞳は、ギラギラと異様な輝きを灯していた。
「さあ!さあ!!さあ!!!次のお相手はどなたですかぁ!?」
(この間のスタンピードには、参加し損ねてしまいましたからね……!)
彼女にとって、この世で最も尊いモノは百合であり。
彼女にとって、この世で最も滾るモノは闘争である。
だからこそ彼女は、[HELLO WORLD]を、そして百合乃婦妻をこよなく愛している。
だからこそ彼女は、百合乃婦妻のいる戦場に、必ずその姿を現す。
……現実世界での衝撃的な邂逅によって、先のスタンピードには馳せ参じることが出来なかったのだが。
まあとにかく、ウタは百合の花を愛して止まない淑女の中の淑女であり。
しかして至上の花々に触れることは決してなく、その外縁を駆け回り、尊さと闘争に身を浸す。それこそが彼女――和歌にとっての、人生最大にして最高の娯楽なのであった。
(今日は思う存分楽しませてもらいますよ……!何せこの為に、有給まで取ったんですからね!!)
本人的には満面の笑み、周囲からしたら獰猛極まりない肉食獣の顔付きで、彼女は今日も戦場を駆け巡る。
「……で、あんたが噂の、『暴虐』の弟子って奴か?」
そうして、そこかしこに爪痕を刻む暴虐、その影に付き従うが如く後を追うは、もう一人の流浪の女性。
「ええ。確かに私は、彼女に師事を仰いではおりますが」
「のわりにはマトモそうだな」
濡れ羽の烏を思い起こさせる、僅かばかり青みがかった黒髪をうなじで一つに束ねたその姿は、声をかけたプレイヤーの言葉通り、あの『暴虐』の弟子とは思えないほどに理知的で、冷たく研ぎ澄まされていた。
「まるで彼女がまともではないかのような言い草ですね」
「逆に聞くが、あんたにはあいつがマトモに見えるのか?」
「……まあ、少しばかり舞い上がっているだけでしょう」
「いや、舞い上がってるのは俺たちの命の方だよ……」
楽しげな叫び声と共に、次々に敵を葬り去っていくウタへと目をやり、男は苦笑いを浮かべながらそう返す。
「……で。貴方は、私と楽しくお喋りでもしたいのでしょうか?」
そんな彼の敵対関係にあるとは思えないような態度に、ウタの弟子――カオリが投げ返したのは、少しばかり皮肉の籠った言葉だった。
「まさか。……ただまぁ、正直あんた、そう簡単には勝てる気がしねぇんだわ」
先程から会話を続けながらも、その立ち姿や、腰に差した一本の大太刀に掛けられた右手が、彼女が常に臨戦態勢であることを物語っていて。
ウタとはまた違った、静かにして確かな威圧感。
実力者であるが故にそれを鋭敏に感じ取っていた男に、不用意に襲い掛かるという選択肢など取れるはずもなかった。
「貴方の方が、レベルや経験値は上だと思うのですが」
「こっちのセカイではな。……あんた、リアルでいったい何やってんだ?」
彼我程度のレベル差であれば、ともすれば覆されてしまうのではないか。男がそんな懸念を抱いてしまうほどに、カオリの佇まいは猛者と呼ばれる者たちのそれ。
何か尋常ならざる本性を隠しているのではないかと、彼が思わず問うてしまうのも、無理からぬことであった。
「……そういった詮索はマナー違反に当たるかと」
「そうだな、失敬失敬」
軽い調子で謝りながら、男はいよいよもって戦いの予兆を感じ取る。師たるウタが無尽蔵に暴れ回っている最中に、弟子のカオリがいつまでもただ佇んでいるわけではあるまいと。
「少なくとも、私はこのセカイにおいてはまだまだ半人前。胸を借りるつもりで、挑ませて頂きます」
遂に、獲物が抜かれた。
音も無く、しかし、りんという透き通った音色がこれ以上ないほどに似合うような、洗練された抜刀。
ウタのもの以上に長く、けれどもそれほど反りの強くはない、傍目にはただの大太刀のようなそれは、カオリという人物が構えるだけでまるで無類の業物であるかのようにも見える。
「いざ尋常に――ってか?」
いつか見たジャパニーズサムライドラマ。フィクションめいたそれが確かなリアリティを持って眼前に佇むその瞬間、彼の脳裏にはドラマで聞いた言葉が思い浮かんでいた。
「そのような大層なものではありませんよ」
一瞬、ふっと小さな笑みを浮かべ。
(……成程こいつぁ、『武人』とでも呼ぶべきか……)
「……では、不肖の身ではありますが――参りましょう」
そうして彩香は、静かに一つ踏み込んだ。
次回更新は2月29日(土)を予定しています。
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