39 V-第十二次『セカイ日時計』簒奪戦 4人でなら、4人ですら
戦場の最前線では、大型のモンスターや、ごく一部の廃プレイヤーたちが他の介在を許さぬほどの激しい戦いを繰り広げている。
そこは、まさしく魔境とでも呼ぶべき、此度の大戦で最も激しいエリアであることは誰の目にも明らかではあったが……しかし、戦いの場はなにも、激化する最前線のみという訳ではない。
『レンリ』の支配する荒野の中央からはやや離れた位置で、『クロノスタシス』陣営の『ティーパーティー』もまた、彼女たちの戦いを繰り広げていた。
「うおぁっ!?」
身の丈に迫るほどの幅広な大剣で、眼前に迫る敵プレイヤーの攻撃を何とか受け止めるフレア。
「この人、っ、結構強い人かもっ!」
中肉中背ながらも大槌によって力強い一撃を見舞ってきたその男が、自身よりも数段上のレベルであることを察知した彼女は、すぐさま声を張りそのことを周囲の味方陣営へと伝える。
様々なレベルのプレイヤーが混在する戦場においては、高レベルプレイヤーが低レベルプレイヤーたちを単騎で蹴散らす様などが散見しそうなものであるが……
実際のところ、ここまで敵味方の入り乱れる大規模な集団戦ともなると、そんないわゆる無双めいた活躍など、そう簡単に出来るものでもない。
数人の格下にかまけている間に、さらに多くの敵プレイヤーから、或いはある程度実力のある相手から襲われる。
戦場で慢心などしようものなら、大抵の場合はそうやってあっさりと退場させられてしまうのが常であり、大規模戦の経験のあるプレイヤーの大半は、レベル差に甘えることなく常に生存を第一に考えて行動していた。
逆に言えば低レベルプレイヤーたちも、乱戦の最中だからと大物狩りを狙うような者は、当然ながら早々にゲームオーバーになってしまうもの。
自身より強い敵と遭遇した際には、すぐにその旨を周囲に知らせてより強いプレイヤーとスイッチし、自身は同格以下の露払いに徹する……といった、良い意味で臆病な立ち回りをする者たちこそが、低レベルながらも生き残り、戦場において自陣に貢献出来る優良プレイヤーと成り得るのである。
「誰か変われる人いない!?」
フレア率いる『ティーパーティー』もハナとミツからの助言通りそのセオリーを遵守し、4人での小隊行動を維持しながらも、決して無茶な戦いはしないようにしていたのだが。
「すまん!今はちょっと無理だ……っと!」
ここは混乱と闘争が渦巻く戦場。生き残るための定石は確かにあれど、セオリー通りにはいかない状況が、必ずどこかで起きてしまうもの。
「こっちも手が離せねぇ!!」
周りにいる高レベルの味方プレイヤーたちは、それぞれ同格の敵との戦いに忙しく、すぐにスイッチ出来る状況にはなく。
「マジかぁ……☆」
当然ながら、眼前の敵プレイヤーに待ったなど通じるはずもない。
「やるしかない感じっすか!?」
「そうかも!!」
いよいよもって、格上と正面から戦う覚悟を決める時が彼女たちに訪れていた。
「では、致し方ありませんね……せめて、精一杯戦わせて頂きましょう……!」
こちらは4人、あちらは1人。
数の上では有利であっても、レベルや経験の差が大きいとなれば、覆されてしまう可能性は十二分にある。
それが分かっているからこそ4人は、自分たちの此度の戦いの終幕を予見し、それでもなお、せめて少しでも抗うべく闘志を燃やす。
「うぐぐぐぐっ……!」
腰を落として大槌による初撃を受け止めたまま、何とか膠着状態を維持していたフレア。その右後ろから白ウサちゃんが身を躍らせ、すらりと伸びた右足による回し蹴りを放った。
「おらぁっ☆」
「おっと」
しかしてその一撃を、敵プレイヤーは手に持った獲物に反する俊敏な動きであっさりと避ける。回避のためのツーステップで開いた僅かな距離を、今度は一歩で縮めながら、白ウサちゃんの伸び切った足を狙って、長く伸びた大槌の柄を突き出してきた。
「させません!」
それを受け止めるのは、さらに後ろから差し込まれたノーラの錫杖。ガチンッ、という音と共に長物同士がぶつかり合い、一瞬の硬直を見せた。
……そう、鍔迫り合えたのはほんの一瞬。
レベル差に基づくSTR値の差や体勢の問題から、ノーラの錫杖はあっさりと力負けし地面へと叩き伏せられてしまう。
それでも、その一瞬で白ウサちゃんを守ることには成功し、さらにはフレアの背後から撃ち出されたリンカの銃弾によって、大槌使いの男は追撃を断念し後退を余儀なくされた。
一旦距離を置くことに成功し、4人は一つ息を付く。
フレアは大剣を構え直し。
白ウサちゃんは自慢の脚を貫かれかけたことに肝を冷やしながらも、態勢を整える。
リンカがスキルによって銃弾を再装填した時には。
既に、錫杖を握り直したノーラの眼前にまで、敵は迫ってきていた。
「、っ!」
彼女でなければ、受け流せなかったかもしれない。
「……へぇ」
現実での武術の経験がなければ、大槌によるその一撃はノーラの脳天を打ち砕き、大ダメージとスタン効果で、彼女を行動不能にまで追いやっていたであろう。
辛うじて反応し、大槌の柄に添えるようにして差し出された錫杖。
片足を一歩引き身を斜めにすることで、大槌はその錫杖の上を滑るようにしていなされ、辛うじてノーラはダメージを免れていた。
「アンタ、経験者か?」
受け流された大槌の頭部は地面へと身を沈め、しかしその接地面を軸にして、男は再び柄の先端を突き出してくる。
「嗜む程度に、っ、ですがっ……!」
身を大きく仰け反らせて回避するノーラの頬を鋭く尖った穂先が掠めていき、僅かばかりのダメージと痛覚へのフィードバックが、彼女の返答を荒げさせた。
「ハァッ!」
それ以上の追撃は許すまいと、フレアが大剣を大きく振り下ろしながら割って入る。その軌道は見え透いていて、ただ一歩後退するだけで躱されるものではあったが。
「……流石に4対1はやりにくいな」
先程と同じく、その背後から打ち出される二丁のリボルバーによる連射で、男は反撃を妨げられていた。
ハナとミツのように、極限まで洗練されているわけではない。レベルも技量も足りていない。
だからこそ数で補う。4対1という人数差を生かして、4人で4人を補い合う。
そうしてようやく『ティーパーティー』は、格上のプレイヤー1人に対して、何とか戦況を維持出来る状況にあった。
「こちとらパーティーなんですぅっ!許せっ☆」
リンカが再びリロードに入る最中、白ウサちゃんが敵の眼前に躍り出る。
長い手足を駆使した打撃は、躱されいなされ受け止められ、大きなダメージには繋がらないものの、少しの間、敵の攻勢を留めることは出来ていた。
その間にノーラも再度態勢を立て直し、二人がかりで男にインファイトを仕掛ける。
「戦場に許すも許さないも無いさ」
やりにくい、などと言いながらも男は、さして苦しい顔も見せずに白ウサちゃんとノーラの攻撃に耐え続けていた。
一見、取り回しの悪そうにも思える大槌を巧みに振り回し、頭や柄、穂先を使ってこちらの攻撃をしのぎ切って見せるその姿に、『ティーパーティー』の4人はレベルと技量の差を痛感せざるを得なかった。
(魔法を撃つ暇がない……!そもそもこの距離では、皆さんまで巻き込んでしまいます……!)
敵の巧みな戦闘技術と自身の経験不足によって、本来魔法職であるはずのノーラはしかし、武器のみに頼った物理近接戦闘を余儀なくされており。
想定していた戦い方が出来ない、させてもらえないことも、力量差を感じてしまう一因となっていた。
4人でなら、ここまでは何とか耐えしのげている。
4人ですら、いなされ、未だ有効打を与えられない。
「……っ、ダメかぁっ……!」
サイドに回ったフレアの、不意を突いたはずの一撃すらも躱されながら。
彼女たちは皆一様に、焦燥と緊張に彩られた笑みを浮かべていた。
次回更新は2月26日(水)を予定しています。
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