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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
夏 百合乃婦妻の夏休み
37/326

37 V-開戦の間際、戦場に立つ者たち


 そして、遂に訪れた第十二次『セカイ日時計(CLOCK)』簒奪戦当日。



「――では、事前にお話している通りに」


「了解」


「任せたまえー」


「ふふ、頼りにしているわよ」



 『クロノスタシス』陣営、その本陣の最奥にて、幾人かのプレイヤーが顔を合わせていた。


「にしても、何回聞いてもぶっ飛んだ作戦よね」


「ある意味めちゃくちゃ大雑把だよねー。後で文句言われそう、味方から」


 事前の打ち合わせの時から、都度そう思わずにはいられない今回の作戦に、しかし楽しげな笑みを隠しきれない百合乃婦妻。


「時統べる女帝の君臨は、鮮烈かつ圧倒的でなければならないのよ」


 二人と同じく多分に愉悦の感情を含んだ口の端から、いつも通り大仰な言葉を漏らす首領、クロノ。


「我が主の威光を示すのに、これ以上のものはないかと。巻き込まれる(・・・・・・)同志たちへの補償も用意しております」


 そしてその傍ら、一見すると粛々と佇んでいるスーツ姿の長身の女性。


「貴女も、期が満ちるその瞬間までしっかり私を守り抜きなさい。いいわね、ハン?」


 仄暗い赤紫の髪を後ろで束ね上げ、秘書のようにクロノの隣に控えるその女性――ハンは、主からの最上の信頼を示す言葉に、身を震わせながら答えて見せた。


「勿論でございます。たとえこの命に代えましても、主の事を――その奇跡のような体躯を、可愛らしい御顔を、甘く澄んだ御声を、美しい長髪を、あぁ、その瞳を唇を頬っぺたをおててをおみ足を。この私が、守り抜いて見せましょう」


 顔色一つ変えず、ただ異様にギラついた鋭い視線と共に主へと投げかけられる、お世辞にも真っ当とは言い難い台詞の数々。


「……頼んだわよ。本当に」


 その声に頼もしさと恐ろしさを半々に感じたクロノには、色々な意味で念を押すように、そう返すことしか出来なかった。




 ◆ ◆ ◆




 中核を担うメンバーによる最終ミーティングの後、ハナとミツは大勢のプレイヤーたちが集う待機所を訪れていた。


「お、切り込み隊長さん方のお出ましだ」


 二人へ向けた誰かの言葉に、周囲のプレイヤーたちも、にわかに熱気と闘志を帯び始めていく。


「どーもどーもー」


「よろしく」


 適度に周りへと声をかけ、士気を高めるハナとミツの姿は、まさしく戦の最前線に立つ遊撃隊長のようであった。



 強大なアイテムを巡る大規模戦闘である『セカイ日時計(CLOCK)』簒奪戦は、[HELLO WORLD]内のPVPイベントの中では珍しく、運営によってルールが定められている。


 一つ、戦場は時計塔周辺街(クロックシティ)及び、その近辺にある荒野のみとする。


 一つ、簒奪戦は開始時刻を設定し、それ以前及び決着後の敵対陣営に対するいかなる攻撃も禁止とする。


 一つ、簒奪戦中、参加プレイヤーのデスペナルティは免除される。ただし、一度ゲームオーバーになると、簒奪戦中はリスポーン不可となる。


 一つ、『VRシステムに関する安全基準法』に則り、簒奪戦が現実時間での6時間を超過する場合には一度全ての戦闘を中断し、一定時間後に再開、或いは別途決着方法を用意するものとする。


 その他諸々、etc.



 両陣営による会談の結果、今回は時計塔周辺街(クロックシティ)からほど近い広大かつ平坦な荒野が戦場として指定されており、両陣営ともにその両端で待機し、戦闘開始時刻と共に戦火が交わるという、分かりやすい合戦の様相を呈することとなる。



 開戦の時まで、今しばらく。


「うおぁぁ、やっぱ緊張してきたー……」


「ヤバい、めっちゃ手が震えるっ☆」


 分かりやすく緊張を示すフレアと白ウサちゃん。


「えー、自分は早く戦いたくてウズウズするっす」


「ええ、いざこの日を迎えてみると、何だか始まるのが楽しみになってきましたっ」


 対して、元より緊張とは無縁なリンカと、なんだかんだ言って本番に強いノーラは、初めての大規模対人戦闘に期待の色を見せ始めていた。


「接敵して、勝てなそうな相手だったら引いちゃっていいから」


「そうそう。強そうな人は、強そうな人に任せておけば大丈夫ー」


 ハナとミツも『ティーパーティー』の面々と合流し、彼女たちの緊張やら何やらを解すべく、他愛もない雑談に花を咲かせていた。



「――あ、ウタさんだぁ」



 と、少し離れたところに見知った顔を見つけたミツ。

 一言挨拶でもしておこうと、大きく手を振りながら声をかける。


「おーいっ、ウタさーん!」


 声の先にいたのは、さながら流浪人のような簡素な和服に身を包んだ、二人の着流しの女性。

 そのうちの一人、実は先程からハナとミツのことを熱烈に見つめ続けていた、長い両結びおさげの女性が、名を呼ばれビクリと肩を跳ねさせた。


「……!……!」


 焦ったようにぺこぺこと頭を下げ、グレーのロングおさげを揺らしながら、ウタと呼ばれた彼女は人混みの中へと走り去っていく。隣にいた黒髪の女性の、呆れたような視線を背に受けながら。


「お互い頑張ろーねーっ!」


 逃げ行くウタに向かって、慣れた様子で激励を飛ばすミツとハナ。

 そんな二人に対して、黒い長髪をうなじで一つに束ねた女性は丁寧に一礼……したのち、ウタを追いかけて人の波へと消えていった。


「逃げてったけど……」


 その二人、特にウタとやらのあまりにスピーディーな脱兎っぷりに、フレアもそう零さずにはいられなかったのだが。


「あの人、いつも逃げていくのよね」


「昔から知ってるけど、未だに会話したことないんだよねー」


 どうやらそれは、彼女たちにとっては平常運転のようで。


「恥ずかしがり屋なんすかね?」


「多分そんなレベルじゃないと思うぞっ☆」


「熱心なファンの方、なのでしょうか……?」


 ノーラの考え通り、件のおさげ流浪人は、コアなファン過ぎるが故に会話すら碌に出来ないような人物なのであった。



(ウタさん、貴女、本当に逃げるのですね。向こう(・・・)では毎日顔を合わせていたというのに)


(それとこれとは別ですよカオリさん……!こっち(・・・)で百合乃婦妻と話すなんて、ワタシにはとても出来ませんって……!)


 ……少なくとも、このセカイにおいては。



 とはいえ、そんな昔ながらの知人にも、今までとは違う点が一つあり。


「でも、今日は知らない人と一緒にいたねぇ」


「弟子が出来たって噂は、本当だったみたいね」


「よかったねー」


「これであの人も、ぼっち代表とか、孤高のソロプレイヤーとか呼ばれずに済む……かな?」


 二人の知る限りずっとソロで活動していたウタに、何やらフレンドだか弟子だかが出来たことをその目で確かめ、妙な親心めいた安心感が芽生えるミツとハナであった。


「えぇ、そんな呼ばれ方してんのあの人……」


 当人が去った後に明かされるあまりに不憫な通り名に、フレアは少なからず同情してしまっていたのだが。


「――またの名を『暴虐(ギラファ)』。女神様方の最古参ファンにして、お二方の関わる大きな戦場には必ず駆けつける戦闘狂(バトルジャンキー)ですね」


「うわでたっ」


 と、その背後にいつの間にか佇んでいたエイトの姿に、フレアが思わずそんな声を上げてしまうのも、致し方の無いことだろう。


「ご機嫌麗しゅう女神様方、『ティーパーティー』の皆様」


「やっほー」


「エイト、来てくれてありがとう」


「いえいえ、このエイト、女神様方のお声掛けとあらば、何時如何なる場所にでも駆けつける所存に御座います」


 先日、ヘファとの同席に難色を示していたことなど棚に上げてそんなことを宣うエイトは、今日も今日とて信者感全開であり。

 さらにその後ろには、彼女とデザインを同じくする修道服に身を包んだ、なにやら只者ではなさそうな一団が控えていた。


「なんかヤバそうなやつらいるっすね……?」


「もしかして、噂の『第一異端審問部』ってやつかなっ……正直めちゃ怖いぞっ☆」


 クランの運営理念上、職種やプレイスタイルを問わず、廃人から初心者まで様々なプレイヤーが集う『一心教(The one's)』。

 その中でも選りすぐりの信仰心と戦闘力を兼ね備えた廃人たちによって構成された実働部隊、『第一異端審問部』が此度、教祖及び女神たちと共に、簒奪戦の最前線に立つ手筈となっていた。


「第一部隊のみんなも、来てくれてありがとうねぇ」


「今日は一緒に頑張りましょう」


 ミツとハナの言葉にも、ただ頷き一つで返す『第一異端審問部』の面々。


「おおぅ、無言の圧がスゴイ……」


「なんと言いますか……プロ(・・)、とでも呼ぶべき貫禄がありますね……」


 男女入り混じりつつも統率の取れたその佇まい、まさしく実働部隊と呼ぶに相応しい姿に、『ティーパーティー』の4人も思わずたじろいでしまっていた。


「……」


 実際には、皆一様に感激し過ぎて言葉を失っているだけであったのだが。


「では、我々も所定の位置に付くとします。女神様方、どうかご武運を」


「「お互いにね」」


 恐れ多くもかけた激励の言葉に、揃って返してくれる二柱の女神。

 その様に今一度気を奮い立たせながら、エイト及び『第一異端審問部』のメンバーたちは、少し離れた位置へと向かっていった。



「さ、いよいよ始まるよ」


 程なくして、遂にその時が来た。


「よーし、がんばろー」


 一度、ぎゅっと手を握り合わせて。

 それからその手を、己が獲物に持ち変える。 


〈――定刻となりました〉


 今日この日、セカイで最も静かな瞬間。

 荒野に集った誰も彼もが声を殺し、しかして闘志に火を点す、ほんの一瞬の静寂。



〈それではこれより、基本ルール:殲滅戦による第十二次『セカイ日時計(CLOCK)』簒奪戦を開始致します――〉



 それを破る無機質なワールドアナウンスによって、戦いの火蓋が切って落とされた。


 次回更新は2月19日(水)を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

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