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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
夏 百合乃婦妻の夏休み
36/326

36 R-私たちの夏はこれからだ!


「えー、我々教師陣は夏季休暇中も、基本的には学院にいますので」


 いつもよりも幾分か早い時間から行われた、授業後のホームルーム。

 既にデータでの成績表配布も済まされ、今、和歌の口から述べられているのは、まさしく今期最後と言える連絡事項の確認であった。


「課題や授業内容について疑問がありましたら、事前にアポさえ取っていただければ、出来る限り対応するつもりです」


 長期休暇前に、学院側から生徒たちに徹底しておかなければならない最低限のことなど。


「それから、同じく課題や授業等に関わることで課外活動を行う際には、事前に学院側に申請が必要な場合がありますので、その点にも留意しておいてくださいね」


 とは言え、毎年度、毎学期ごとに教員から聞かされているだけあって、その内容は二年二組の生徒たちにとっても最早聞き飽きたものであり。


「えーっと、それから――話が長い?あ、はいすいません」


 それが分かっている和歌は、誰に言われたわけでもないのに謝りだす。


 まあ、文句こそ言わねど、うずうずそわそわと話が終わるのを待っている生徒たちの姿を見ていれば、謝罪の言葉が勝手に口を突いて出てしまうのも致し方ないことだろう。

 これが彩香女史であれば、そんな浮ついた雰囲気など立ち姿だけで一蹴してしまうのであろうが。


「皆さんに限って妙なことはしないとは思いますが、休暇中だからといって羽目を外し過ぎないように」


 まだ若く、よく言えば生徒に近しい、悪く言えば甘い和歌は、眼前の生徒たちの気持ちを汲み、話を手早く終わらせることを選択。


「以上です、かね?……はい、ではこれにて、前期最後のホームルームを終了いたしますっ。皆さん、楽しい夏休みを!」


 そんな締めの言葉を皮切りに、わっと花が咲いたような歓声が教室中に広がり。

 二年二組の生徒たちは遂に、夏季休暇というユートピアへと足を踏み出した。



「ね、ね、どっか遊びに行こうよ!前期修了の打ち上げ的な?」


 早速、生徒たちの中でもアクティブな一団が声を上げる。


「カラオケ行きたーい!」


「あたしもー!」


「先生も行くー?」


 解放されたテンションのまま、冗談半分で和歌を誘う彼女たちであったが。


「気持ちだけ受け取ってきますね……でも、ここで逃げるワケにはいかないんです……ワタシにはまだ、業務(やること)が残ってますので……」


 そんな生徒たちを見る和歌の表情は、慈愛と、哀愁と、若かりし頃の自身の影に彩られており。何かとても眩しいものを見るように細められたその目は、齢24にして既に歴戦の社会人(せんし)のそれであったという(生徒談)。


 近しいと言えども、やはり生徒と教師の間には、残念ながら越えられない壁というものが存在するのである。


「あっ……」


「先生、その、頑張って……」


「夏休み中に学院にも遊びに来るから、元気出して……」


「いや、遊びには来ないでくださいね……」


 気持ちは嬉しいが、教師としては窘めざるを得ない。

 そんな複雑な心境でもって入れた突っ込みを最後に、和歌は今の自分にとっては少々眩しすぎる教室を後にした。



「んでんで?」


 そんな、生徒たちにとっての真の夏の訪れに沸く教室内の一角。


「お二人さん、成績の方はいかがだったでやんす?」


「試験の方は、それほど難しい物では無かったと思いますけれど」


 その雰囲気に当てられてか、明らかにネイティブではない訛りのような何かを含ませた未代と、いつも通り楚々とした落ち着きを見せる麗が、華花と蜜実へと話しかける。


「うん、まぁ」


「思ったほど悪くはなかった、かなー」


 ここで言う成績とは、特にVR実習の科目についてを指しており。

 また、蜜実の発した悪くはなかったという言葉も、中の上程度であろうという予想を上回る……すなわち、それなりに良い成績を修められていたということを示していた。


「おー、よかったじゃん」


「喜んでいい、のかしら……」


「推薦入試を狙うのであれば、成績は良いに越した事はありませんからね」


「来期はもっと頑張らないとねー……」


 先日行われた学期末の学力考査。その内の一つであったVR実習の実技試験は、生徒たちが思っていた以上に簡単……というより、より基礎的な部分に重点を置いたものであった。


 仮想現実世界での基本的な身体(アバター)の操作、試験官に指示されたアクションを正確に、素早く行うことが出来るか、等。

 それは、担当教員(和歌)の普段の言動の端々に見え隠れする戦闘狂(バトルジャンキー)っぷりから、強力なモンスターとでも戦わされるのではないかと考え、それなりに実技の練習に勤しんでいた二年二組の生徒たちからしたら、若干物足りなさすら感じてしまうほどであり。


 試験が簡単で良かったと喜ぶ自らの思考が、和歌的なそれに密かに染まりつつあることを、今はまだ自覚出来ていない二年二組の生徒たちであった。


「まー確かに、流石に来期はもっと難しくなってくるだろうしねぇ」


 現状、百合園女学院のVR実習授業は二年次から執り行われるカリキュラムとなっており、その前期の授業内容及び実技試験が基礎的なものになるのも頷ける話である。

 故に今回の実技試験では、流石の華花と蜜実も、ペア行動でなくとも好成績を収めることが出来たのだが。


「授業も、当然ながらより高度なものになってくるでしょうし」


 一方で麗の言葉通り、後期以降もそんな優しいものになると考えるのは、楽観が過ぎるというものだろう。


「そうそう。だからやっぱり夏休みの間に、ソロでもある程度動けるように特訓を……」


「特訓をー……」


「特訓を?」


「「……やっぱ無理だー……」」


「あはは……」


 沸き立つ周囲に反して、憂鬱の種に頭を悩ませる華花と蜜実。

 友人としては目標に向かって頑張って欲しいが、いちファンとしてはソロ訓練など必要ない……そんな相反する心情を抱えた麗にとって、揃って一つの机に沈み込む二人の様子は、もはや苦笑するしかないものであった。


「まぁまぁ。成績は良かったんだし、今日くらいは楽しいことだけ考えてもバチは当たらないでしょ」


 突っ伏しながらも肩を寄せ合う華花と蜜実を慰めるように、未代は努めて明るく言う。その言葉に二人も、折角の夏季休暇なのだからと気を取り直し、これから訪れるであろう楽しみに思いを馳せ始めた。


「夏と言えば……」


「プールー」


「夏祭り」


「怪談ー」


「帰省」


「ハロワし放題ー」


「家でゴロゴロ」


「昼寝し放題ー」


 半分以上がインドア系な辺り、流石はゲーム廃人といったところであったが。


「二人も、暇だったら遊びに来て」


「お泊り会とかもしたいねぇ」


「はい、是非!」


「おうさー」


 初体験となるパジャマパーティーの予感に心躍らせる麗、その一方で未代は。


(だいじょぶかな……遊びに行ったら真っ最中(・・・・)でしたとか、泊ってる横でなんか始まったり(・・・・・)とかしないよね……?)


 夏は解放的な気分になるらしいしなぁ……と、二人の営み事情(・・・・)を知らぬが故の一抹の不安を、内心で勝手に抱いていた。


「――ま、その前にまずは簒奪戦だけど」


「楽しみだねー」


 夏休みの初めの方に行われる第十二次『セカイ日時計(CLOCK)』簒奪戦。

 目下最初のお楽しみに思いを馳せる華花と蜜実の顔付きは、知らずどこか獰猛なそれへと変わっていく。


「お、おう、気合入ってるね……」


「やっぱり、大規模戦はワクワクしちゃうよねぇ」


「ええ、特に私たちは、戦線のど真ん中に立つから」


 熾烈な戦場に身を投じ、己が力を振るうことが楽しみで仕方がない。そんな気持ちを隠そうともしない辺り、流石はゲーム廃人といったところであろう。


「対人戦、楽しみですけれど、緊張もしてしまいますね……」


 そう零す麗や未代たち『ティーパーティー』の面々も、『クロノスタシス』陣営として此度の簒奪戦に参加することになっていた。


「あたしも簒奪戦は初めてだけど……レベルとか全然足りてないと思うけど大丈夫なのかしら」


 基本的に物怖じしない方である未代も、ここまでの大規模戦闘となれば、流石にいつも通りと言う訳にもいかないようである。


「そんなに気負わなくてもいいよー」


「数は多いに越したことは無いから」


 どちらかの陣営が全滅するか、リーダーが降伏宣言するまで終わらない殲滅戦では、たとえレベルが低かろうと、より多くのプレイヤーが戦場にいることそのものが、戦いの流れに影響を及ぼす場合も多い。

 それを知っているからこそ、二人は『ティーパーティー』にも声をかけたのである。


「デスペナも免除されるし、いい経験になると思うわ」


「お祭りは人が多い方が盛り上がるしねぇ。終わったら、みんなで打ち上げとかやろー!」


「おっ、いいねぇ」


「お二人の活躍、楽しみにしていますね!」



「――せーんぱーいっ!!」


「おおっと?」


 と、会話も弾む一同の耳に届いたのは、幾度か聞いたことのあるハツラツとした声。



「先輩、夏休みっすよ夏休み!」


「知ってるけど」


 例によって子犬のように(しっぽ)を振りながら現れた市子と、それをいなす未代の姿は、3人にとってはもはや、ハロワ内でのそれも含めて見慣れたものになっていた。

 他のクラスメイト(特に百合修羅場厨)たちは、また何か面白いものが見られるのではないかと、密かに注目していたりするのだが。


「さあ遊びましょう!今すぐ遊びましょう!!何して遊びましょう!?」


 大きな瞳を常以上に輝かせ、未代の周りをぐるぐる回るその姿は、まさしく散歩を急かす飼い犬そのもの。


「落ち着け、落ち着け。今日は既に、向こうでウサちゃんさんから呼び出されてんの」


 ところがどっこい、主人は既に別の人物(ウサギ)と遊ぶつもりのようで。


「……じゃあしょうがないっすね。自分も向こうで合流するっす!」


 少しばかり不満気ながらも、身を引くという選択肢など端から持ち合わせてはいない市子であった。


「ではわたくしも、帰宅後に合流いたしますね」


「わたしたちはどうするー?」


「一応簒奪戦について色々教えておきたいし、一緒に良い?」


 同じ『ティーパーティー』のメンバーとして、その友人として。

 いつもと同じように、皆一様にこの後の予定が決まり。


「了解。んじゃ、向こうで集合……って、これいつもと変わんないじゃん……」


 結局のところ、いつもの放課後と変わりなく、彼女たちの夏休みが幕を開けた。


 次回更新は2月15日(土)を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

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