35 V-天災の訪れ
『クロノスタシス』首領、クロノによる宣戦布告から数日後。
〈あー、なんか急に喧嘩売られて若干困惑してるんだが……〉
今一度運営によってジャックされた画面に映っていたのは、先日の可憐な少女の姿とは対極の、無精髭を生やした物ぐさそうな男の姿だった。
〈一応、俺が『知勇の両天秤』のリーダーって事になってるグレンだ。人望はあんまりねぇが……〉
ぼさぼさのくすんだ茶髪を掻きむしりながら、気だるげにそんなことを言う様子は、超大規模クランのトップというにはあまりに覇気のない姿であった。
〈ま、こう見えても売られた喧嘩は買う主義だ〉
容姿から漂うそこはかとないやる気の感じなさを自覚しているのか、そんな前置きを用意したのち。
〈今回も基本ルール、つまり殲滅戦で行われるわけだが……我々『知勇の両天秤』は、『クロノスタシス』を全力でもってお相手しよう〉
彼はクランの総意としての、防衛の意思を示して見せた。
現『セカイ日時計』管理クラン『知勇の両天秤』VS秘密結社『クロノスタシス』。
その構図が、今一度決定的となった瞬間であった。
〈……ただまぁ、相手方は自称秘密結社らしく、こっちもその規模がよく分かってねえもんで〉
当代管理クランかつ、歴代最長の管理期間を誇るだけあって、『知勇の両天秤』はゲーム内でも有数の超大規模クランである。しかしだからと言って、彼らはこの大勝負で慢心するつもりなど毛頭なかった。
たとえ相手が、よく分からない秘密結社などいう組織であっても。むしろ詳細が不明であるからこそ、準備は万全にしなければならない。
〈野良の参加者は大歓迎だ。戦いたいやつとか、ウチに恩を売りたいやつだとかは、ぜひ手を貸してほしい〉
何よりもまず人員確保。
そしてそのために必要なのは、より多くの人を引き付けるに足るエサ。
〈相手方ほどデカい褒美は出せねぇかもしれないが……〉
『クロノスタシス』ほど大胆なモノは用意出来ないけれども。
しかして幸運にも、それに負けずとも劣らない者が、『知勇の両天秤』陣営には存在していた。
〈その分こっちも、特別ゲストを招待してある。いやまぁ招待ってか、向こうから勝手に来たんだが……〉
グレン自身も、予想だにしていなかった、ある意味で規格外の人物。
〈俺もまさか、コイツが出てくるとは思っても――〉
〈やぁやぁやぁ!ご機嫌麗しくいかがお過ごしかなプレイヤーの諸君!〉
その人影はまさしく規格外と言う通り、グレンの言葉を遮るようにして画面端から現れた。
〈おい、まだ俺が喋ってる途中――〉
文句を言う彼を押しのけ、もうこれ以上待てないとでも言うように、スクリーンいっぱいにその身を晒す、一人の女性。
〈諸君の中には、ワタシを知っている人はどれくらいいるかな?それとも、みんなワタシの事なんて知らないかな?〉
褐色の肌を白衣で覆ったその立ち姿は、先日のクロノと同等か、あるいはそれ以上に自信の満ち溢れていて。一見すると白く、しかし揺れ動くたびに僅かに紫がかってきらめく長髪と、それ以上に色濃く主張するパープルアイが、どこか浮世離れした雰囲気を与えている。
〈しからば名乗らせていただこう!〉
左目にかけたモノクルをキラリと光らせ、それなりに大きな胸を張りながら、その女性は遂に名乗りを上げた。
〈そう、ワタシこそが時間の管理者!この時計塔の創造主!『混沌の先触れ』ケイネシス・クロクアンタとはワタシの事さ!!〉
数多、この演説を聞いていた者たちの間に広がったのは、一瞬の沈黙と。
それから、彼女の言葉を理解したのちの、大きな騒めき。
名は広く知られ、しかしてその身は神出鬼没。
[HELLO WORLD]黎明期以降は人前に姿を現すことすら滅多になかった件の天才が此度、あまりにもあっさりと、プレイヤーたちの眼前に佇んでいる。
〈いやぁ、どこ発祥かは知らないけれど、割と気に入っているから使わせて貰ってるよ。『混沌の先触れ』ってヤツ〉
それは、まさしく緊急事態といえた。
『セカイ日時計』の制作者でありながら、完成後のそれを奪い合う簒奪戦自体には、これまで一度たりとも直接関わってこなかったケイネシス。
精々が、管理クランが変わった際に顔を見せる程度でしかなかった彼女が今回、大衆の前に堂々と姿を現している。
それも、簒奪戦参加クランの片割れである『知勇の両天秤』の演説の場に。
〈ま、そんな事はどうでもよくってだね〉
それが何を意味するのか。
多くのプレイヤーが勘付き、固唾を飲みながら彼女の言葉を待つ。
〈――クロノくん、と言ったかい?いやぁ、キミは素晴らしいね!〉
しかしてケイネシスが口にしたのは、誰もが予想だにしなかった、そんな台詞だった。
〈時間そのものを欲するその姿、その熱意!ようやく見つけたよ……それこそが、ワタシの探し求めていたものなんだ!〉
何やら楽しげに、言葉に、仕草に、瞳に熱を灯しながら。
その頭の中に、簒奪戦などという言葉は1ミリたりとも残っていなかった。
〈だからこそ、見極めさせてほしい!キミが本当に、真に、一部の隙も無く、このワタシの理想に足る人物なのかを!〉
ただただ、語り掛ける。
数日前、鮮烈な宣戦布告でもって、自らの脳髄に、その姿を強烈に焼き付けた一人の少女に向かって。
〈そのためにワタシは、キミの前に立ちふさがろう!キミのその、時間への情熱が本物だというのならば!『セカイ日時計』の制作者であるこのワタシを倒し、それを証明して見せてくれ!!〉
幼くも雄大な彼女の言葉を耳にして、感じたこの高揚を。見つけた、という直感を。君こそが、という確信を。
証明して欲しい。他ならぬ君自身に。
〈もしキミが、本当にワタシの探し求めていた存在なのだと証明出来たら……その時は、ワタシはキミに、永遠の忠誠を誓おう!〉
アメジストの如く深い瞳を輝かせ……いや、もはや若干危ういほどにギラつかせながら、とんでもないことを宣うケイネシス。
突拍子もなく、けれども熱意と、本気であるということだけはひしひしと伝わってくるような。そんな異様な熱量でもって彼女は、そのまま捨て台詞めいた言葉を投げかける。
勿論、乞い焦がれてやまない少女、ただ一人へと向けて。
〈それでは、楽しみにしているよクロノくん!キミの熱意が、ワタシの脳髄を溶かし尽くしてくれる事を!!〉
勢いのまま、稀代の天災は白衣を翻して画面外へと消えていく。
いや、画面外どころか、鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌に、彼女はそのままどこかへと去っていった。
〈――あの女、言いたいだけ言って帰りやがった……〉
その背中を忌々しげに睨みつけながら再び姿を現したグレンが、そう恨み言を吐いてしまうのも、致し方のないことだろう。
〈メチャクチャにも程があるってもんだが……まぁ兎に角、『セカイ日時計』の製作者が表舞台に出てくることなんざ、今までには無かったことだ〉
レアケース中のレアケース。それこそ、この機を逃せば、次が有るとは保証出来ないほどの。
〈そんな戦いに、件の製作者と同じ陣営として参加できる……どうだ?何にも代え難い報酬だとは思わねぇか?〉
結局、熱に浮かされたようなケイネシスの口からは公言されなかった、彼女が『知勇の両天秤』陣営として、此度の戦いに参加するという事実。
それを認めるグレンのこの発言は、このセカイを深く愛するヘビーユーザーであればあるほど突き刺さる、強烈な殺し文句だった。
〈――俺たち『知勇の両天秤』の『セカイ日時計』の運用方針は今までと変わらねぇ。安定を第一に考えてる〉
『セカイ日時計』の一時使用権という利益か。
製作者と共に戦えるという名誉か。
〈現状に満足してる、『セカイ日時計』に振り回されたくねぇって奴らは、その現状を維持するためにも、俺達に協力してくれ〉
混沌を招く簒奪か。
調和を尊ぶ防衛か。
〈俺からは以上だ。出来るだけ大勢のプレイヤーが参加してくれる事を願ってるぜ〉
選べ、そして戦えと。
気だるげなその瞳が、雄弁に語っていた。
◆ ◆ ◆
某、匿名掲示板にて
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時 間 の 管 理 者
♰ 混 沌 の 先 触 れ ♰
演説に乱入して熱烈なラブコールかまして去っていく天才
『知勇の両天秤』のリーダーなんかそれっぽいこと言ってた気がするけど何も頭に入ってこなかったわ
これは天災ですわ
クロックの製作者ってあんな奴だったんか……
あくまで噂だけど、発想が突飛すぎて学会から追われた変人らしい
そんな奴がなんでハロワのセカイにいるんですかねぇ……
思考に実績が追い付いてない速過ぎた天才とかが時々、仮想実験場としてハロワで無茶苦茶やりだすんだよ
今回のクロック製作者とか、第二次簒奪戦時の人とか
運営も基本それを容認してるからタチが悪い
いやぁ第二次直後はマジで酷かったですね……
バグってんのかと思ったわ
時間速度4000倍とか気が狂ってるとしか思えない
結局あれ何が目的だったんだ?
不明
何かの実験目的だったのは確かだけど流石に運営が規制&口封じしたらしい
もはやハロワ都市伝説の一つと化してる
何それ怖……
たしかあの時も『百合乃』が簒奪者側に付いてたんだよな
マジかよなんなんあの婦婦
悪名高い第二回に『百合乃』が参加していた
今回『クロノスタシス』側に『百合乃』が付いてる
ここから導き出される結論は……
今回もだいぶ愉快なことになりそうってことだな
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次回更新は2月12日(水)を予定しています。
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