34 V-宣戦布告
〈さあ、今こそ時は来た!〉
ワールドアナウンスにて響き渡るは、幼い少女の声。
〈我々『クロノスタシス』が、遍くこのセカイに名を轟かせる時が!〉
ゲーム内のあらゆるモニターは今、運営権限によって全てジャックされ、その一人の少女だけを映し出していた。
〈この私の名を、このセカイに生きとし生ける全ての者達に知らしめる時が!〉
自信満々、傍若無人、唯我独尊。
そんな言葉たちが似合うような、これ以上ないほどに不敵な笑みを浮かべた、ゴシックな少女の立ち姿。
〈畏れよ、傅け!此度の戦い、そして勝利、栄光!その全てを手中に収める事を宿命付けられている者――それこそが、この私よ。民共よひれ伏せ!崇め奉れ!〉
あまりにも強気で、痛いほど鮮烈に。
彼女の言葉は、耳にするプレイヤー皆の心に鋭く突き立てられる。
静寂から騒めきが生まれ、それはやがて狂騒へ。
〈今ここに、『時間の簒奪者』クロノ及びその傘下『クロノスタシス』が、現『セカイ日時計』管理クラン『知勇の両天秤』に対して、宣戦布告を申し込む!〉
現実世界で数えて一年以上保たれてきた平穏が、遂に崩れるのだと。
このセカイの『時間』を懸けた戦いの幕が、切って落とされるのだと。
可憐な少女の咆哮が、そう告げていた。
〈さあ、第十二次『セカイ日時計』簒奪戦を始めましょう!〉
開戦の狼煙が上がる。
そしてそれは同時に、セカイの住人達に問いかけるものでもあった。
守護に回るか。
簒奪に与するか。
或いは静観――ただ成るように身を任せるか。
〈――彷徨える民共よ、我が元へ下りなさい〉
身の振る先に思考を巡らせるプレイヤーたちに、しかして彼女は、なおも言葉を投げかける。
〈私の目的はただ一つ、『時間』を手に入れること。それをどう使うかなんてどうだっていい。時計塔に……『セカイ日時計』に懸ける望みなど、在りはしないわ〉
その発言は、あまりにも常軌を逸していた。
これまでの簒奪者たちは誰もが皆、ゲーム内時間を操作することで、何かしらの利を得ようとしていた。
むしろ、それでこそ。
時を制御することで得られる莫大な利潤があるからこそ、『セカイ日時計』は奪い奪われの戦いを生み、これまで幾多の者達の手を転々としてきたのである。
〈もう一度言うわ〉
だが、彼女はどうか。
〈私が求めるのは、時間という概念。このセカイの『時間』を手中に収める事そのものが、私の望み。手に入れた後にどう使うかなんて、どうだっていい〉
過去、十一度の争い。その中でただ一人として現れなかった、ただ純粋に『時の支配者』という肩書だけを求める者。
それこそが自分であり、それだけが自分なのだと、彼女は声高に告げた。
故に、だからこそ。
〈この戦いで我が軍門に下り、そして戦果を挙げた者には、勿論、相応の礼をするわ。例えば――〉
利潤など、容易く手放せる。
〈――『セカイ日時計』の一時使用権利、なんていうのはどうかしら?〉
支配の副産物など、褒美としてくれてやる。
一貫して不敵な口角は、何の躊躇もなくそう告げていて。
それは、富を夢見る小さな者達にとっては、これ以上に無いほどの殺し文句だった。
〈あははははっ!さあ、行き場の分からぬ流浪の民達よ!我が元に集いなさい!〉
セカイのあちこちで立ち昇る、熱狂と歓声。
それを知ってか知らずか、小さな少女は背を反らせて笑った。
〈……ああ、そうそう。今ここで何を言った所で信用できない、という人もいるでしょうね。そもそも私のような小娘など知らない、という人も〉
さもありなん、と。
熱気に比例して高まる猜疑心。それすらも見透かして、彼女は頷く。
〈知らずとも当然。何せ我が秘密結社『クロノスタシス』は、並の人間には存在すらも秘匿されてきたのだから〉
今日この日の為だけに、水面下で活動を続けてきたのだから。だからこそ、この演説は鮮烈で、そしてどこか怪しげだった。
〈そんな疑り深い方々の為に、見せてあげるわ。我々が、信頼に足る勢力であることの証左を〉
言い終わるや、小さな女帝は静かに身を引き……入れ替わるようにしてモニターに映ったのは、同じ装いに身を包んだ、二人の少女の姿。
〈どうもー、百合乃婦妻の婦の方、ミツでーす〉
〈妻の方、ハナです〉
名乗らずとも、姿だけで大半のプレイヤーが気付き。そしてその名乗りで、残りのプレイヤーの多くも思い至る。
それほどまでに、いろいろな意味で名の知れた二人が、さも当然のように、そこに立っていた。
〈えー、今回の第十二次『セカイ日時計』簒奪戦、わたしたちもクロノちゃん陣営として参戦しまーす〉
〈以前からクロノとは交流があって、簒奪戦の時には手伝うって話をしてたので〉
〈自分で言うのもなんだけどー、わたしたちのお墨付きってことでー〉
〈こっちの陣営に付いたら、悪いようにはならないと思うわ〉
〈一旗揚げたーいとか、有名になりたーいとか、『セカイ日時計』であんなことやこんなことがした―い、って人はー〉
〈是非、『クロノスタシス』陣営まで〉
〈あ、エイトちゃんも暇だったら一緒に戦おーねぇ〉
〈よろしく〉
〈みたいな感じでー、百合乃婦妻の妻の方、ミツとー〉
〈婦の方、ハナでした〉
怒涛のPRを終え、嵐のように去っていく二人。
ごく僅かな登場なれど、この婦婦の太鼓判がプレイヤーたちにどれほど有効であったかは、彼ら彼女らの顔を見れば一目で分かることだろう。
〈――と、言う訳よ。私の言葉だけでは信用出来ないのなら、あの二人も共に秤にかけなさい〉
再び姿を現した幼い少女は、先程までと同じく、自信に満ちた立ち振る舞い。しかしてその言葉には、先程までにはなかった親しみが、確かに見え隠れしていて。
〈それから、『知勇の両天秤』陣営の演説にも耳を傾けて。その上で――〉
凄絶で、傲慢で、純真で、儚げで。
見る者を魅了するそれは、卑怯な程に可愛らしい微笑みと共に手を差し伸べる、幼い少女の姿をしていた。
〈――楽しみにしているわ。共に戦ってくれる事を〉
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某、匿名掲示板にて
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時 間 の 簒 奪 者
何だあの中二病女ァ!?
オイオイあの秘密結社のボスを知らねぇのかよ
俺も知らんけど
♰ ク ロ ノ ス タ シ ス ♰
久しぶりにヤバそうなやつ来たな
そもそも簒奪戦自体結構久々じゃないか?
まあ『知勇の両天秤』の統治に特に不満とかなかったですし
わざわざそれに反抗する奴がどんだけいるかって話だよなぁ
でも活躍したら個人の要望でクロック使えるんだろ?強いけどどこにも所属してないぼっち的にはアリなんじゃね?
現に『百合乃』は『クロノスタシス』についてるし
>強いけどどこにも所属してないぼっち
『暴虐』の悪口はやめろぉ!
実際『百合乃』がいる時点で『暴虐』が『クロノスタシス』に付くのは確定だろ
その『暴虐』だけど最近弟子が出来たらしいぞ
マ?
嘘つけあの『暴虐』にティーチングなんて出来るわけないだろ!
にわかには信じがたい
お前ら『暴虐』の事なんだと思ってるんだよ……
バトルジャンキー
めっちゃ強いコミュ障
流浪のロングツインおさげ廃人
『百合乃』の追っかけガチ勢
おい話逸れてんぞ
すまん
どっちの陣営に付くかって話だっけ?
俺は『クロノスタシス』側に付くぞ
クロノちゃん可愛いし
どうせ中身はおばさんだろ
おいやめろ
クロノちゃんはれっきとした中二病幼女なんだよ中身とかないんだよ
まだ何とも分からんけど
演説聞いた感じではなかなかRP上手いと思った
ロールプレイとかじゃないんだよ……クロノちゃんはホンモノなんだよ……
早速信者生まれてて笑う
逆に聞くけどいい歳した大人の女性が中二病幼女のRPしてるとかめっちゃ興奮しません?
私はする
なんだこいつ
性癖暴露はよそでやってね
まあ俺も嫌いじゃないけど
結局話逸れてるじゃねえか
とは言え現段階ではどっちに付くとも決められないだろ
だな
『知勇の両天秤』の演説次第
さてさてどうなることやら
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次回更新は2月8日(土)を予定しています。
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