33 R-夏休みの課題
「えー、期末試験に向けて頑張っている皆さんに追い打ちをかける様で、先生も心苦しいんですけど……」
学期末、いよいよもって期末考査も迫ってきたある日の、放課後前のホームルーム。
言葉通り、どこか申し訳なさを漂わせた苦笑いを浮かべながら、担任 和歌は教壇に立っていた。
「夏休みが迫ってきているとなれば、当然休暇中の課題というものを出さなければならないわけでして……」
元お嬢様校とは言え、そこは遊びたい盛りの女子高生の巣窟。当然ながら、担任のその言葉に皆、悲鳴や溜息、抗議の声などを上げ始める。まあ既に、他の科目の教員たちからそれぞれの課題を申し付けられているため、今更ではあるのだが。
それでもなお、これ以上長期休暇を邪魔するものを増やしたくないという、生徒たちの切実な思いがつい口を突いて出てしまうのも、致し方ないといえよう。
「いや本当に、皆さんの気持ちは痛いほど分かるんですけど……学校側としては出さないわけにはいかないんですよ」
過ぎ去り青春の日々、和歌も眼前の生徒たちと同様、夏休みの課題などという無粋なものを押し付けてくる教員に恨みがましい視線を向けたものだったが……自身がその立場となった今では、あの日あの先生たちが断腸の思いで課題を出していたことがよく分かってしまう。
(教師は憎まれ役……とはよく言ったものね……)
なればこそ、若かれど教員の端くれとして、自分もその役を全うして見せよう。
そんな、無駄に大袈裟な気概でもって和歌は、自身の担当する科目であるVR実習の夏季休暇中の課題を口にした。
「えー、というわけで発表します。VR実習からの夏休みの課題は、『VR世界で挑戦』になります!」
「「「「挑戦……?」」」」
題目を聞いただけではよく分からない課題に、生徒たちは揃えて首を傾げた。
「どういう事かと言いますと……まあつまり、VR世界で何かしらに挑戦しよう、ということですね」
「先生、何の説明にもなってませーん」
情報量が全く増えていない和歌の説明に、かような声が上がるのも無理はないだろう。
「ですよね……とはいっても本当に、言葉通りの内容でして。VR世界で、例えば……そうですね、今までに経験のないこと、興味のあること、チャレンジしてみたいこと等々……各々目標を設定して、夏休み中にそれに挑む、といった内容になります、はい」
和歌の口から語られたそれは、課題、というにはどうにもアバウトというか。言うなれば、小学生の頃にあった、夏休みの自由研究めいたフリーダムさが見え隠れしていて。
そこに一縷の希望を見た生徒の一人が問う。
「ということは、内容は何でもいいんですか?」
「勿論、本人にとって簡単過ぎるものは挑戦とは言えませんが……この課題の趣旨はより多面的にかつ深くVR分野に関わっていくというものですので。皆さん自身にとって、実りのあるものであれば、その内容に貴賤は無いと考えています」
返ってきた和歌の言葉から読み取れるそれは、お堅い課題というよりも、文字通りの挑戦を促すもので。
「また、挑戦の内容次第では、複数人で一つの課題に共同で取り組むこともよしとします。勿論、評価は個々人毎に行いますが、内容云々ではなく、課題に対していかに真摯に取り組むことが出来たかが、評価のポイントになりますね」
思いのほか自由で融通の利きそうなその内容に、生徒たちは先程までとは打って変わって称賛の声を上げだした。
「先生さすが!」
「生徒の気持ちをよく分かってるぅっ!」
「美山先生最高!」
いっそ美しさすら感じるほどの手のひら返し。
やはり元お嬢様校に通う生徒ともなれば、手首のモーターも高回転、グリスも高品質なものを差しているのである。多分。
「そ、そうですか?へへっ……いやぁ、まぁ?先生も?まだまだ若いですから?皆さんの気持ちに寄り添えるっていうか?」
「いよっ!美人教師っ」
「やっぱり美山先生なんだよなぁ……」
「やだなあ皆さん、褒めても何も出ませんよ?へへっ、へへへへっ……」
(ヤバい……メチャクチャ気持ちいい……!……これが、生徒と信頼関係を結ぶということ……!)
どう見てもおだてられているだけなのだが、残念ながら和歌がそれに気付くことはなかった。
「……ところで」
と、ある種、異様な雰囲気に包まれる教室内で、平静を保っていた数少ない人物の一人である麗が、おもむろに声を上げる。
「この課題はどういう風に評価点を付けるのでしょうか?」
いくら自由度の高い内容と言えど、名目上課題として出している以上は、教員側はそれを評価し成績考査の一助としなければならない。であれば、自由かつ個々人の基準でこなせるVR実習の本課題にも、なにかしらの評価方法があるはずであり。
既にその方法に半ば思い至っている麗ではあったが、歓喜に沸くクラスメイトたちの手前、自身の憶測のみで皆を混乱に陥れるのは憚られた。
今の彼女に出来るのは、和歌に問い、彼女の口から真実を告げてもらうことだけである。
「ああ、それは勿論、レポート形式になりますね」
――瞬間。
絶望に呑まれた生徒たちの心が砕ける音が聞こえたとか、聞こえなかったとか。
「取り組んだ課題の内容、それに対してどういった結果を目標として設定し、どのようなアプローチをしたのか。挑戦後の実際の結果、過程や結果への考察、それらを踏まえての反省点、改善点、まあこんなところですかね……以上の内容をレポートにまとめて提出してもらいます。文字数は――」
冷静に考えて、この手の課題はその結果を文書にして報告するのが一般的であるのだが……二年二組の生徒たちは、告げられた課題の上辺の楽さに目を奪われ、舞い上がっていたがために、そのことに思い至れなかったのである。
そして、規定字数の多いレポートというものは、下手な課題などよりもよっぽど労力と苦痛を伴うもの。
そう、それは小学生の頃、数多の児童が絶望した夏休みの宿題、読書感想文のように。
「先生の……」
「先生のっ……!」
「鬼ーっ!」
「悪魔ーっ!!」
「「「「廃人ーっっ!!!」」」」
「え、えぇ!?何でですか!?」
本日二度目の手のひら返し。
やはり生徒と教師は、決して相容れない存在なのである。
◆ ◆ ◆
(生徒も担任も)右往左往する教室の一角、華花と蜜実はその狂乱から離れ、二人して思案していた。
「『VR世界で挑戦』ねぇー……」
「しかもハロワ推奨、と……」
今回の課題では、自宅でのVR機材の利用が困難な生徒用に、夏季休暇中も学内の施設及び機材を利用することが可能となっている。またそれと同時に、学院が教材としても導入している[HELLO WORLD]の利用が推奨されていた。
もちろんこれは、プライバシー保護にさえ留意していれば、生徒個々人のアカウントを用いることも許可されており。
課題設定をあくまで一人一人の裁量に委ねるというのも、そういった生徒間でのVR技量の差に配慮した故の措置でもある。
華花と蜜実にとっては、これ以上ないほどに慣れ親しんだ[HELLO WORLD]を用いての、大きな取り組みへの挑戦。共同作業可。それ以外の制限は特になし。
……で、あれば。
丁度、うってつけの予定が、夏休み中にあるじゃないか。
「決まりだねぇ」
「ええ」
黄金 蜜実、白銀 華花、両名のレポートタイトルは、
『[HELLO WORLD]第十二次『セカイ日時計』簒奪戦参加及びその戦術と勝利への貢献』
となることが決定した。
次回更新は2月5日(水)を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
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