325 R-高等部生として最後にするコト
そして訪れたるは、高等部生活最後の日。
……一応まあ、自由登校期間中に彩香女史との最後の面談があったりなどはしたのだが。やはり、特にこれと言って難しい話をするわけでもなく――先の婦婦での1on1のアレコレは流石に話せなかった――、控えめに乱入してきた和歌も交えて、ちょろちょろと言葉を交わして終わった次第。
それから数日、いよいよ今日この日を以って卒業を迎える訳なのだが。
正直なところ高校卒業にさしたる感傷も抱いていない華花と蜜実にとって、卒業式というのはどうにも、昼食後の午後の授業と同程度には眠たくなってしまう催しであった。
まあ一応、わざわざ門出を見に来てくれた両親らの手前、表面上はシャキッと振る舞ってはいたが。どちらも頭の中では、帰ったらどうするだとかこの前の1on1がどうだったとか、ふわふわゆるーい思考が揺蕩っていた。それが接続されていたかどうかも、不明瞭なままに。
兎角、有史以来続く伝統を聞き流し、何やら卒業式めいた別れと門出の曲を歌い、卒業証書授与も流れ作業的な気分でこなし。
「「――はっ」」
ふと気が付けば、式典もお開きに。
そうと決められているわけでは無いものの、生徒たちは何となしに皆、教室に戻り高校生活最後の歓談に耽っている。多くの者は家族を待たせているのだから、あまり長居するわけにもいかず。けれどもどこか名残惜しげに、もう少しだけと言葉を交わす。
或いは小さな友人グループ単位では、この後に卒業祝いと称して遊び散らかすのかもしれないが。少なくともこの三年二組では、クラス単位での卒業パーティーなどは執り行われず。
そのことも相まってか、ワイワイと賑やかでありながら、どこか寂寥感に包まれた教室……なのだが。
(……別に、卒業したって話す機会はいくらでもあると思うんだけど)
(ねー)
あまりにも無粋なその言葉、華花も蜜実も、口には出さない程度の良識は残っていたと言うべきか。
実際、二人にとって大半の友人知人は、会おうと思えばハロワで会えるわけで。何より、最も重要な自分たち二人の距離感も関係性も何も変わらないのだから、浸る感傷などくるぶしほどの深さもない。世話になった和歌、彩香女史といった教師陣ですら、あちらのセカイで繋がりは維持できる。
(まあ、気分の問題)
(なのかねぇ~)
というわけで、気持ち的に一歩引いたところからクラスメイトのやり取りを眺める二人。四方から聞こえてくるその声たちの中には、数日前に出たらしい合否発表の話題も含まれていた。
発表直後には、二人の元にも未代、麗、心に佳奈など仲の良いメンバーからは報告が来ていたし、クラスの全体チャットルーム内でも誰がどうなったかの情報は概ね流れてはいたが。
「んで、あんたらヤったの?」
「ヤっ、え、な、何の話?ね、佳奈っ?」
「さ、さぁ?何の話だろー?」
「いやめっちゃ声に出して言ってたじゃん。合格したらセッ――」
目標を達成し、ヤることはヤったのか問い詰められる心と佳奈。
「ママ、いい機会だしママのこと母さんに紹介したい」
「えー、流石にちょっと緊張しちゃうな」
努力が報われた反動か、およそまともではない会話をする子(同級生)と母(同級生)。
「……げ、元気だして?ほら、二次で第二志望は行けそうなんでしょ?」
「……そうだけど。一緒の大学行きたかった……」
「遠かないんだから、毎週会いに行くから。ね?」
メスガキ(同級生)に慰められる理解らせウーマン(同級生)。
(人の世は様々)
(だねぇ~)
なるほどこの雑多な光景は確かに、クラス皆が直接集まれる今だからこそ……なのかもしれない。悲喜交々な級友たちの姿に、ようやくちょっとだけ、そんな風に思えた華花と蜜実。会話に混じったり混じらなかったり、不意に飛んでくる言葉に答えたりしつつ、解散の流れになるまでは、教室の雰囲気に浸ってみる。
(――あ、未代たち)
(ほんとだ~)
ふと見降ろした窓の外、人混みの中で卯月&市子にもみくちゃにされている未代と麗を見つけ、ほへぇ~……と気の抜けた顔をする二人であった。
◆ ◆ ◆
「――さて、とぉ」
帰宅後、玄関のドアが閉まった瞬間に、蜜実の声がねちっこいものへと変わった。
狭い空間にいるのはただ、彼女と華花の二人きり。式典後に合流した両親は、もう既に帰路に就いている。
親バカであるが、同時にさっぱりしている時はさっぱりしている白銀家&黄金家。
卒業式後、遅めのランチを両家六人で囲んだ後には、明日香の「んじゃ、あたしらはちゃっちゃか帰りますかー」の一声を合図に、颯爽と超長距離快速へと乗り込んで行った。
というわけで蓋を開けてみれば、結局いつもよりも少し遅いくらいの時間には帰宅できた華花と蜜実。そうなればやること――何時に帰ろうとヤると決めていたコト――は一つ。
「華花ちゃん」
「はい」
「決着の時です」
「はい」
そう、シン・制服納めである。
二年を経て一勝一敗で推移するこの戦い、真なる制服との別れの日にこそ、白黒付けるに相応しい。
……大学生になってからもコスプレの一環で制服を着せようという目論見には両者とも目を瞑りながら、そんなことを考えている。というか、そんなことを考えながら卒業式をこなしていた。
「リアル女子高生も今日までかぁー」
「言い方が絶妙に変態っぽいよ」
玄関先、春・秋用の長袖制服のままの華花を、上から下から細部にいたるまでねっとりとした目で視姦する蜜実。
リアルで出会った当初は自分の方が主導権を握れていたはずなのに、ここ一年かそこらですっかり逆転を許すようになってしまった。過ぎた年末の、あの制服納め(ver.三年次冬休み)の体たらくはなんだ。自身をそう叱責し、今日この日の復讐を今か今かと待ち構えていた。今の蜜実からは間違いなく、何か言い知れぬ"圧"のようなものが滲み出ている。
本人にとっては、卒業式などよりよほど、高校生活の最後としての力の入れ所であった。
「……まあ、うん。好きにして良いよ、今日は」
「言われなくとも」
語尾の緩やかさも鳴りを潜め――即ち、それほどまでに本気なのだと理解らされる――、昏い情念の燃える瞳で、真正面に立つ獲物を射抜く蜜実。
一見して余裕綽々で受け止めているように見える華花だがその実、内心では、
(ああ……結局、強く出られると勝てないのかも……)
とか何とか、既に屈服の兆しを見せていた。
いや勿論、逆もまた然りで。例えば華花が攻勢に振り切れば、蜜実は逃れられることなく腰砕けになってしまう。そんな、互いが互いへの必殺足り得る構図ももう、すっかり定着してしまったが……それでもやはり、華花の脳裏には確かに焼き付いている。
――最初のキスも、最初の夜も、主導権を握っていたのは蜜実だった。
純然たる事実、火照る身体の、根っこの方に植え付けられた原体験。
だからこういう時、華花はどうしたって蜜実に勝てない。
「このスカート越しのJK太ももとも、今日でお別れかぁ……」
しゃがみ込んで足に頬擦りしながら、わざとらしく呟かれる気色悪いセリフも。
プリーツスカートの上からもも裏を撫で回す、執拗な両手指も。
「……、……っ……」
華花にとってはその全てが愛おしく、心預けるに相応しい。
「今日は……ううん、今日からもずーっと、華花ちゃんはわたしのものだからね……?」
「……うん……勿論っ……」
こんな時にようやく、ようやく。
今日が最後なのだと実感する蜜実と華花。関係も感情も何も変わらないが、けれどもコレができるのはこれっきりなのだと、上手く言葉にはできずとも、情欲塗れの本能で理解してしまう。
なんとも浅ましい婦婦ではあるが……まあ。
こうして、二人にとっての高等部卒業の思い出は、コレ一色に埋め尽くされていった。
お読み頂きありがとうございました。次回で最終話となります。
次回更新は3月11日(土)12時を予定しています。
よろしければ、また読みに来て頂けると嬉しいです。




