324 V-情事
距離は眼鼻の先ほどまで縮まりながらも、互いに態勢を整えて。
「「……、……」」
一息、吐いた次の瞬間には、両者とも剣を振るっていた。
鏡写しのような太刀筋で『連理』と『比翼』が一度ぶつかり、直後、長剣の状態に戻った『白鱗の御手』を、『霊樹の防人』が弾き返す。反動で半回転した勢いから放たれたハナの横薙ぎ一閃は、しゃがみ込んだミツのつむじのすぐ上を通り過ぎ。かと思えばその頭部がそのまま、下から突き上げるような頭突きを繰り出した。
「――っと」
盾で受けるのも間に合わず、横っ腹にもろに食らった――ように見えて、後ろに跳ね衝撃を逃がすハナ。数歩分開いたその距離は、『比翼』『連理』では届かねども、ミツの右手であれば追い縋れる。無論、思考接続によって両者ともそのことを理解しながら、攻防を繰り広げている訳なのだが。
「よいしょぉっ!」
筒抜けである事など分かっていて、それでも迷わず『白鱗の御手』を振るうミツ。ハナがそれをどう捌くかもまた、自身の側に筒抜けなのだから。それを踏まえた次の一手、しかしそれもまた読まれているが故にハナには届かず、かと言ってハナ側からの反撃も都度、頭の中で分かってしまう。
(読めるし)
(読まれてる)
(次も)
(次も)
((その次も――!))
構図としては、リアルでの『ガチじゃんけん膠着問題』に近いモノではある。
しかし、お互いに手が出せなくなるあちらとは真逆。闘争心が極限まで研ぎ澄まされたこの状況に、二人は剣を振るうことを止められずにいた。
(この切っ先はぁ――)
(――二センチ届かないし。ブーツの先は――)
(――ギリギリで躱せるしー)
当たらない、防がれる。
双方向に100%筒抜けな中で、それでもどうにか相手を出し抜こうと思考を巡らせる。決着など付くはずもないひどく不毛な戦い。だが、『完全同調』による一種の高揚状態に陥った二人はもう、自分たちの欲求を止められずにいた。
即ち、永遠に切り結ぶという共通目的を。
「「――『弾刃』っ!!」」
やがて、完全に同じタイミングで放たれた刺突のスキルが、『比翼』と『連理』の切っ先同士を狂いなく衝突させる。双方の手に走る痺れるような衝撃。弾かれ直上に舞うふうふ剣には目もくれず、ミツが『白鱗の御手』を縦に振り下ろせば。半身になり小盾でいなしたその後ろで、ハナが右手に『五閃七突』を呼び出す。
「――っらぁ!」
ややも口悪く気勢を上げながら、まずは高速の刺突でミツを半歩下がらせる。胸を掠めた一撃目の終点からそのまま二撃目、顔面を狙って切り上げ――るも、更に一歩下がったミツは、躱すに留まらずその柄に左手をかけた。伸び切ったハナの右手から奪うように細剣を握り込みつつ、右手の蛇腹剣を振るって牽制。
「くぅ……!」
やむを得ず手を離した『五閃七突』が、翻って自身の方へと襲い掛かってくる。読めてはいれども避け得なかった展開、ハナが盾で受けた刺突は確かに、三撃目としてカウントされていた。
「あっはぁ!」
先の二撃の意趣返しでもするかのように、上機嫌な叫びを上げながらミツが切っ先を斜めに振り下ろす。『霊樹の防人』の側面に沿わせた……否、側面から横に押し退けるような四撃目で、ハナの胴体が曝け出され――
「――五ぉっ!!」
「――『光盾』っ!」
五撃目とそれに宿る六、七の刺突が、光の盾を串刺しにする。
「惜しいっ」
「ねぇっ!」
盾スキルは貫通はすれども、ハナの軽鎧を僅かに押す程度に留まった細剣のパッシブスキル。五閃を経てクールタイムに入ったそれに変わって、再び『白鱗の御手』がミツの攻勢の化身となる――その直前に、ハナが視界を塞ぐようにして『霊樹の防人』をミツへと押し付け。
「もらいっ!」
ここでようやく落ちてきた『比翼』と『連理』を、両手に握った。
「どっちかよこせぇーっ!」
小盾を叩き落としたミツが、『白鱗の御手』をしならせ、左側面からハナへと襲い掛かる。左手に持つ『連理』で弾くも、もはや扱いにも習熟したミツの蛇腹剣は、すぐさまその刃先を別角度から向けてきた。
「奪って見せろーっ!」
追撃を『比翼』で叩き落とし、叫び返すハナ。『五閃七突』にも注意を払いつつ、反撃の為に小さく踏み込む。
「『二振』っ!」
双刃のスキルで一気に圧をかけたハナが、そのまま縦に横にと絶え間ない斬撃を繰り出せば。ミツの方は一時、『五閃七突』と長剣に戻った『白鱗の御手』で受けに徹するしかない。
単純な双剣術の練度で言えばミツに軍配が上がるはずなのだが……思考が繋がりある程度の技量が流入していること、至近戦闘においての取り回しに優れたふうふ剣を持っていることから、ハナ側がやや優勢になっていた。
とはいえその最中も互いの手は全て伝わってしまっているのだから、やはり決着はつかないのだが。
「――っ!『軽足』っ!」
やがて、一人ではどうしても生じてしまう連撃の隙を縫って、ミツが後方へと大きく飛び退った。同時にハナが『閃光』で追撃を仕掛けるも、それも読まれ躱され、脇腹を掠めるのみ。
長剣では到底届かない、蛇腹剣に有利な距離まで離れたミツが右手を大きくしならせる。当然、距離を詰めようとハナが脚を上げ――
「そりゃっ!」
出鼻をくじくように、ミツが『五閃七突』を投擲。振り回している最中の『白鱗の御手』よりもよほど早く――もはやこんな扱いにも慣れたものなのか――一直線に獲物の心臓めがけて飛んでいく細剣。
「――っ!」
対するハナは咄嗟に、踏み出した右脚で落ちていた『霊樹の防人』の端を踏み付けた。勢い良く弾き上がった盾に空中で『五閃七突』が突き刺さり、同時にその影を潜るようにして、低姿勢で駆け込んでいく。
「いけぇっ――!」
しかしその頃にはもう、十分に勢いを乗せた『白鱗の御手』がハナめがけて襲い掛かっており。
「ぐぬっ……!」
受けた右手の『比翼』が叩き落とされるほどの威力に、分かっていても呻きが漏れる。
「もらいぃっ!」
手首のスナップで器用に剣先を繰り、零れ落ちた『比翼』を絡め取りながら、引き戻す刃で更にもう一撃加えようとしてくるミツ。この距離での戦闘はあまりに彼女に有利だと痛感させられたハナとしては、何としてでも間合いを詰めたいところではあるが……
「おらぁっ!」
勢い付いたミツの攻撃は止まらない。
回収した『比翼』を左手に握った頃には既に、まるで別の生き物であるかのように、右手の白蛇がもう一度牙を剥く。異様にリーチの長い刺突、前へと全力で踏み込んでいるハナに、それを回避する術はなく。
「――ぬぉぁっ!!」
だからこそ彼女は、泥臭い叫びと共に、握り込んだ左拳を突き出した。
そこにあった『連理』は、手品のように右手へとバトンタッチされている。
「ぁ……あぁっ……!」
刹那の思考を読み取り、感嘆の声を漏らしたのはミツの方。
同時、予見した光景が――ハナの左手薬指、『私達の誓い』が凄まじい接触音を鳴らして『白鱗の御手』を受け流していく様が、ミツの眼前に広がっていた。
(そ、それはもう――!)
確かに、流通する中で最高硬度を誇る一等級鋼材を用いているのだから、やってやれないことはないのだろうが。ほんの1センチにも満たないシルバーリングで刀身を受け流しながら、鬼気迫る顔付きでこちらに迫るハナを見てしまえば、もう。
(――濡れちゃうってぇ……っ!)
ミツの高ぶりは最高潮に達してしまうし。
(――それは、どうもっ!)
深く繋がっている状態なのだから当然、ハナにも伝播する。
「「――っ」」
そのまま、『白鱗の御手』が引き寄せられるよりも早くミツの懐に潜り込んだハナが、右手の『連理』を振りかざし。同時に握り込んだままの左手で、ミツの右手首へと殴りかかった。
「「――っ!」」
対するミツも、左手の『比翼』で剣戟を受け止め。同時、殴られるよりも先に『白鱗の御手』を離し、代わりにハナの左拳を右手のひらで受け止める。
「「……っ」」
剣同士と肌同士の接触音。
重なるそれらに聞き入るように、両者の動きは完全に停止した。
((――――やっ…………ばぁ…………っ))
唇が触れそうなほどの距離。
恍惚とした表情で見つめ合いながら、二人はぶるりと大きく身体を震わせ、そして。
〈――――ピッピッピーっっ!!!あのっ、お姉さま方っ!色々と大変なことになっちゃってますのでっ!!ひとまず強制ログアウトでーっ!!!〉
突如として響いた警告アナウンス――慌てふためくシンの声で、揃ってセカイから追い出されていった。
……まあ、その処置も当然のことであろうか。
この時蜜実と華花が感受していた高揚は、身も蓋も無い言い方をすれば……ほとんど性的快感に近いモノだったのだから。
ここに来て、また妙な扉を開いてしまった婦婦であった。
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次回更新は3月8日(水)12時を予定しています。
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