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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
春 百合乃婦妻はゆるゆると
322/326

322 R-ある春の穏やかなひと時


「たんじょびぃ~」


「おめでと」


「いぇあ~」


 誕生日である。

 蜜実の。


 両手で作ったピースサインを自身の頭上、華花の目の前へと向ける蜜実。

 例によってソファで膝枕形態であった。



 ――年度末考査も終わり、自由登校期間となって少し。

 一応、数日に一回は登校しクラスメイト達の様子を眺めたりはしつつも、基本的には長期休暇期間よろしくのんべんだらりと家に籠っている蜜実と華花。そんな二人の気分に合わせるように、季節の方も気が付けば、割合過ごしやすいそれへと変じてきていた。


 そんな最中に訪れた蜜実の誕生日。リアルで祝うのは二回目だが、一回目と――そして華花の誕生日とも――やることは概ね変わらず、ただ、祝われる側が祝う側に甘やかされるのみ。

 少なくとも、こちらの世界においては。



 というわけで昼下がり、太ももの上に乗せた蜜実の額に、華花がゆっくりと指で触れる。少し目にかかっていた前髪を優しく横に流して、阻むものも無く視線を絡み合わせて。緩やかに緩やかに、あやすように瞳を僅か揺らして見せれば、それこそ小さな赤子のように、視界の真ん中にあるそれを追う蜜実。


 目線は合わさったまま、右に、左に、ゆっくりと、ゆっくりと。



「――私たちもさ」



 時間感覚など半ば忘失した戯れに耽ることしばらく、華花がおもむろに口を開いた。小さな囁き声、自然、返す蜜実のそれもいつも以上に間延びしたものに。


「うん~?」


「大学生になって、収入源ができたらさ」


「ん~」


 二人で決めた展望を踏まえながら。一年後、或いは半年足らず先にある、今日と同じ日へ思いを馳せる。


「もうちょっと、ちゃんと祝ったりするのかな?」


「んぁ~……」


 勿論、今だって何の不満も不足も無いけれど。お金を使った、誕生日らしいことだってできるようにはなるわけで。

 とはいえ毎度毎度、自分たち自身の希望でただ一緒にいる時間をプレゼントにしているわけなのだから。大学生らしい誕生日的なサムシングが具体的に思い浮かぶかというと、まあ微妙なところ。


 ん~だのぬ~だの間延びした声を漏らしながら、あまり回っていない頭で考えてみる蜜実。その間にも華花の右手はこっそりと彼女の喉元へと忍び寄り、こしょこしょと顎の下をくすぐりだす。一方でまた、蜜実の呻きに連動する微細な声帯の振動が、華花のその指先を楽しませてもいた。


「……そうだねぇ~……」


「お?」


 やがて、何か思いついたらしい蜜実が言葉の体を成している鳴き声をあげる。


「たぶん、綺麗な夜景の見える高級レストランで~」


「ふふ、はいはい」


 まあ、すぐに華花に笑われてしまったが。


 そんなお高くてお堅い誕生日、自分たちの肌には合わない。まあ、ハロワの中でのごっこ遊びとしては、面白いかもしれないけれど。そんなニュアンスを自分から含ませていた蜜実の言葉が華花の笑いを誘ってしまうのは当然のことで。その耳元へ、華花の楽しげな吐息が落ちていくのもまた、本人の計画通り。


「……あ」


「ん~?」


「ハロワと言えば、今日はいつ頃入る?」


 そうしてあっさりと、口にも出していない共通思考から、二人の話題は次へとうつろう。


「ん~……?」


 いつも通りのゲーム三昧……とは違う、今日この日に据えた目的の為のログイン。

 こちらの世界では、毎度の如くまったりと過ごしているが。しかし今回はもう一つだけ、蜜実がプレゼントとして明確にねだったことがあった。それを叶える為に、頃合いを見てあちらへ行かなければならない。


 今日の主役は蜜実なのだからと全権を委ねれば、やはり緩やかに――ともすればどこか眠たげに――間延びした声が、華花の耳へと返ってくる。


「そぉ~だねぇ~……」


 脱力しきって横たわり、丸っこい目尻を細めるその姿は、まるで日向ぼっこを楽しむ家猫のよう。まあ実際今の蜜実にとってみれば、頭を乗せた太ももも、こちらへと優しく落とされる視線も、小さく柔らかな声も、華花のくれる全てのものが暖かな春の日差しさながらで。

 こうしていればいるほど良くなる機嫌のままに、身体を横向きにして華花の腹部へと鼻先を埋める。


「んん~」


「くすぐったいって」


 拒絶の意思など欠片も含まれていない苦言が、左耳から入り込み頭蓋の裏をくすぐってくるような。ピリピリと心地良い痺れに、ますますもって蜜実の意識は緩んでいった。


「ん~……そー……」


「そー?」


「そ~」


「そ~?」


「……のうち~」


「了解」


 伸びに伸びた、しかも全く具体性の無い返答にも、華花はただ肯定の言葉を返すのみ。元より今の蜜実にまともな思考能力などある筈も無く、そんなこと分かり切っている華花自身、ちゃんとした答えが返ってくるなど最初から思っていなかったのだから。このやり取りに、何らの問題は無いのである。


「いまはもうすこしー……こうしてるぅ~……」


「うん」


 舌足らずにすらなってきた蜜実の声にも、やはり華花は短く頷くだけ。腹部に埋もれる両目は既に閉じてられており、合わせて呼吸も、深くゆっくりとしたものへと落ちていっている最中。


「はなかちゃんはねぇ……」


「うん?」


「いいにおいだねぇ……」


「そうかな」


「そうだよぉ~……」


「そうかも」


「そぉ~……」


 微睡みを映すように、語尾もゆらゆら不確かに揺れる。そんな蜜実の頭を左手で撫で、同時に右手は背中の方へと回す華花。とんとんと本当に優しく、振動ではなく温もりを浸透させるようにして、その背を手のひらであやしていく。どんどんゆっくりになっていく拍動に同期させたペースで、心臓の動きすらも先導するように。

 とんとんから、少しも経たない内に、更に緩やかなとん、とんへ。


「ねちゃいそぉ……」


「うん、いいよ」


 辛うじて言葉を吐いている蜜実の口はもう、華花のシャツをもごもごと咥えつつあった。身体は完全に脱力し、手足はだらりと投げ出されたまま。そんな様子を見下ろしながら、華花はずっと微笑み続けている。蜜実と視線を合わせていた時から、もう表情も見えない今この瞬間も、ずっと。


「ちょっとだけねて……そしたら……むこうで~……」


「うん。向こうで、いっぱい遊ぼうね」


「ぅん……あそ、ぶ……ぅ……」


 うん、うんと、交わす会話のテンポすらも睡眠導入剤にして。

 蜜実が欲した[HALLO WORLD]でのプレゼント(お楽しみ)は、もう少しだけ取っておく。


「……すぅ……すぅ……」


「みつみ」


 吐息が寝息に変わった蜜実へと、ふわふわと柔らかい囁きが落ちていく。


「誕生日、おめでとう」


 さっきも言った気がするけど……なんて野暮な部分は口には出さないまま。

 視線の先、僅かに上下する左耳へと、華花は一度だけ唇で触れた。


 テーブルの上の手の届かないところに、デバイスは裏返しで置かれていて。

 だから今は、時間を知る(すべ)も必要もないままに。


 二人はもうしばらく、穏やかなひと時を過ごした。


 お読み頂きありがとうございました。

 次回更新は3月1日(水)12時を予定しています。

 よろしければ、また読みに来て頂けると嬉しいです。

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