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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
冬 百合乃婦妻と冬遊び
321/326

321 R-慌ただしい中、そうでもない中


 一般入試共通試験が終わってからは、蚊帳の外である華花と蜜実にも、何となく学年中が慌ただしい雰囲気に包まれているのが感じられた。自己採点、それを踏まえての志望校への出願、二次試験への備え――更にはその後に来る、学院内での年度末最終考査まで。

 一応申し訳程度にテスト勉強なんぞ始めてみた二人の脇で、一般入試組はかくもバタバタと忙しない。婦婦にできることは相変わらず((がんばれー))とエールを送るくらいだが、そもそもここまで来ればもう、外様の存在など気にもかけずに自ずから頑張るだろうという話。


 これらも終わればいよいよ卒業というのも相まってか、ざわついたような浮ついたような空気のまま過ぎるしばらくの期間の中で。華花と蜜実だけは、まるで周囲から隔絶されているかのように、いつもとさほども変わらない毎日を過ごしていた。




 ◆ ◆ ◆




「――ヤバかったね……」


「うん、やばかったぁ……」


 そうして日は経ち、気が付けば過ぎていた年度末考査。

 二日に分けて行われた卒業に係る最後の定期テストを終えた放課後に、華花と蜜実は何とも言えない表情で帰路に就いていた。

 別にテストが難しかっただとか、卒業が危ぶまれるだとか、そういう話ではない。一般受験組への考慮もあってか、試験内容は比較的簡単なものであるのが毎年の常であるからして。


 しかし、寒さも少しずつ和らいできたこの帰り道を、確かに婦婦は肩身も狭そうに歩いている。あとはテストの結果さえ明らかになれば、卒業式までの残りの期間は自由登校で、イージーイージー……な、はずなのだが。まるで何か悪いことでもしてしまったかのように、交わす言葉も小さく抑え気味に。



「……ちょっと接続(・・)しかけてたよね……」


「……うん、ちょっとだけねぇ……」



 言わずもがな、接続とは思考のそれを指し。

 それが今回、テストに挑んでいる真っ只中に起きてしまった――というのが、二人揃っての気まずい表情の原因であった。


 勿論ここは現実世界で、『同調(トランス)』スキルのある[HALLO WORLD]内ではないのだから。答案を共有するだとか、二人分の思考で答えを導き出すだとか、そのレベルの話ではない。

 けれども、何となくこう……折に触れリアルでも感じられた思考同調の片鱗が、まさに年度末考査の最中にもあったような。まあ確かに、「同じ目的を達する為」という条件は満たしていたが。


「流石に、ちょっとずるい気がしちゃったよねぇ……」


「ね」


 テスト攻略における実利は無くとも、何となしに罪悪感が湧いてしまう二人。曲がりなりにも卒業がかかっていたからか、或いは先の『審判(Judgment)』戦でまた密かに精度が上がっていたのか……何にせよ、まさかこんな弊害があろうとは婦婦の目を以ってしても見抜けなんだ。

 時々性格が悪くなるとはいえ基本的には善人、かつリアルでは小市民の域を出ないメンタリティな二人にとっては、意図せずズル未満の何かができてしまうという、ちょっとばかり困った出来事。


「とはいえ、説明できるものでもないし」


まさか「「(わたし)たちズルしました!」」などと名乗り出るわけにも――実際にズルしたわけでもないのだから――いかず。


「……とどのつまり。検証して制御できるようになるのが一番、かもねぇ~」


「ね」


 まあ今日の出来事を踏まえても、結局、やらねばならないことも変わらない。




 ◆ ◆ ◆




 そんなことがあったものだから、帰宅後もすぐにハロワにはインせず考え込んでいた二人。リビングのソファに並んで腰かけたまま、少しのあいだ無言の時間が流れるが……やがて、蜜実が視線を華花へ向け。すぐさま気付いた華花が言葉で返した。


「……おっけー、やろっか。なに賭ける?」


 何をなどと問わずとも、蜜実が何をしたがっているのかなどすぐに分かる。それこそ、思考の接続なんかしなくたって。


「じゃあー……負けた方が今日一日、ワンちゃんになります」


「あい」


 何やらい如何わしい条件をつらつらと述べながら、蜜実が左手をグーにして差し出した。寸暇も無く頷いた華花もまた、鏡写しのように右手を掲げて。


「「じゃーんけーん――」」


 綺麗に揃った真剣な声音。のち。


「「――…………」」


((……出せない……))


 膠着。



 ――例えば今のように、二人でじゃんけんをしたとして。

 その際に、両者とも絶対に勝ちたいと思えるような条件を付ける。するとどうか。「じゃんけんに勝つ」という目的が高強度で共有され、二人の思考は軽度な接続を発現させることとなる。


「「…………」」


 そうなればまあ、何となく、何となーく、相手が出す手が分かってきてしまうような。であれば当然、それに合わせてこちらの手を変え。しかしそうすれば、相手もそれを読み取り手を変える。またそれに合わせて手を変え、変えられ、変え――といった塩梅で、お互いに「ぽんっ」ができずに構えたまま膠着状態に陥ってしまう。

 冬休み期間の検証中に見出したこの現象を、二人は『ガチじゃんけん膠着(エターナル・ロック)問題』などと呼称していた。


「……はい」


「……引き分け引き分け」


 結局今回も両者根負けし、最後まで握りっぱなしだった拳を軽くつき合わせる。指の付け根、第三関節同士が接触するこりこりとした感触を楽しみ……かと思えばおもむろに、華花が手首をぐるりと捻った。180度回転し上向いた手のひらを蜜実の手指に宛がい、指と指との隙間を撫でるように、自身の指を這わせていく。


「……ん……もぅ……」


 すっかり巧みになってしまったその指使いを咎めるように、蜜実が吐息を漏らせば。煽られ、ますます調子付くようにして、華花の五指が妖しく蠢く。一見して、骨や関節など存在しないかのような軟体めいた動き。あくまで優しくソフトタッチに、けれども絡め取った蜜実の左手を決して逃さないように、全方位から。


「……えっちな指になっちゃってぇー……」


「それは蜜実のせい……や、ハロワのせいもあるかもだけど」


 去年のハロウィンイベントコスが触手型モンスターであったことは、まず間違いなく華花の指使いや体捌きに影響を及ぼしている。そんなことはお互い分かっていて、二人は今この瞬間の煽り煽られを楽しんでいた。


「……んぅ……」


 やがて、蜜実の指関節を完全に掌握した華花の右手は再び半回転し、今度は同じ向きで手の甲に覆い被さった。五指の間に自身の指を一本ずつ絡ませ、上から組み伏せるような構図。

 隣り合ってソファに座っているのには変わりないはずなのに、右手と左手のやり取りだけで、この瞬間の主導権が華花の方へと渡される。


「……同調の検証、するんじゃないの~?」


「これも一つの検証、でしょ?」


 蜜実の申し訳程度の抵抗は、二秒と経たずに棄却され。実際――とても人様に言えたことではないが――、リアルでの思考の接続が最も強まるのは、まあ、情事の最中であるからして。

 華花に言わせてみれば、これも立派な検証で。蜜実も、この場の口先以外では全面同意。


「んで、どうされたい?」


「どうして欲しいと思うー?」


 口には出さず、想いよ伝われと。

 視線すら合わせずに、ただ手指の感触だけに意識を向けて。


 年度末考査のおかげで、いつもより早く帰ってこれたのだから。いつも通りハロワに行く前に、ちょっと検証(・・)したって良いだろう。そうだろう。


 誰に言うわけでもない言い訳は、二人のあいだを音も無く行き交っていた。





 ――それから一週間と経たずして、二人の卒業要項満了が確定した。


 お読み頂きありがとうございました。

 今回のお話で三年次冬編は終了、そのままエピローグ的な春編を数話投稿し高等部編は完結となります。是非、もう少しのあいだお付き合いください。

 次回更新は2月25日(土)12時を予定しています。

 よろしければ、また読みに来て頂けると嬉しいです。

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