32 V-時は来たれりとか何とかかんとか
ソロ行動でのパフォーマンス向上のためにはどうしたらいいのか。
ここ数日その課題について考え込んでいる華花と蜜実であったが、今のところ有効な手立ては全く思いつかず。
そも、そんなことを考えているだけで気が滅入ってしまった二人は、半ば現実逃避気味に、ハロワのプライベートルーム内で、抱き合うようにしてだらけ切っていた。
「ハーちゃぁん……」
「んー……?」
「現実的なはなしー、ソロ行動とか無理なんじゃないかなぁー……」
「そうかもねー……」
「そうだよー……」
「そうそうー……」
互いの温もりに優しく溶かされたかのように思考は停止し、低下しきった知能指数では、解決策など思い浮かぶはずもない。
「ハーちゃーん……」
「ミツぅー……」
「ハーちゃぁーん……」
「ミーツぅー……」
「「……んぁ?」」
そんな、もはや名を呼び合うだけのbotと化しつつあった二人が、どうにか血の通った生物へと引き戻されたのは、フレンドの一人から届いたホログラムチャットの通知音によってだった。
「んー……クロノちゃんからだー……」
「あー……一応出た方がいいのかなぁー……」
botからナマケモノへと進化(?)を果たしたハナとミツは、のっそりと緩慢な動きでコンソールを開き応答ボタンをタップ。すると目の前にホログラムとして現れたのは、病的なまでに白い肌を何やらゴシックな装いで包んだ、小さな女の子の姿だった。
〈久しぶりね、二人とも〉
「おひさー」
「久しぶりー。元気してた?」
〈ええ、いずれセカイを掌握せんとするこの身……何時如何なる時においても、常に万全のコンデションに仕上げてあるわ〉
二人の言葉にチャットの相手は、些か大仰な……或いは、身に覚えのある者が聞けば全身がむず痒くなってしまうような、どこか十四歳めいた香りを漂わせる口調で返す。
「クロノちゃんは、今日も世界観にじみ出てるねぇ―……」
「そうねぇー……」
クロノと呼ばれた彼女は、アバターは10歳ほどの幼い女の子。
襟元や袖口をレースで飾る白いシャツに、コルセットでシルエットを魅せる青のワンピース。やはり二段のレースに彩られたスカートから伸びる細い脚は、厚手の黒ストッキングと、膝下近くまであるブーツでしっかりガード。
少しだけ青みがかった黒髪は背中に長く伸びていて、しかし前髪は左目だけを頑なに覆い隠していた。
そんな彼女の、露わになっている赤茶の右目に映っているのは、ベットの上でだらだらごろごろと抱き合っている、どこか気だるげな百合乃婦妻の姿であり。
少しばかり眉間にしわを寄せながら、クロノは見た目相応に幼い声と、見た目不相応に不遜な言い回しで、二人を嗜めた。
〈……貴女達の方は、元気、とは言い難いようだけれど?〉
「あー……これはちょっとした倦怠期だからー」
「気にしないでぇ―……」
ここでの倦怠期とは『なんかあれなんで一旦全部忘れてしばらく二人でだらだらしてよう期』のことである。言うまでもなく。
〈言葉は正しく使うべきだと、私は思うのだけれど……〉
「まあまあー……」
「で、わざわざホロチャットでだなんて、どうかしたの?」
見知った間柄であるのをいいことに、ベッドの上でミツを抱いたまま用件を問うハナ。その言葉を受けてクロノは、少しばかり釈然としない様子ながらも、二人の醜態は一旦捨て置いて本題に入った。
〈ええ、かねてよりの計画……その準備が九割方完了したわ。いよいよ私たち『クロノスタシス』が、歴史の表舞台に姿を現す日も近い……〉
滔々とした、しかし愉悦と中学二年生イズムを隠しきれない物言い。
「おぉー……やっとかぁー……」
「これで私たちも、手伝いが出来るってものねぇ……」
クロノが口にした計画、とやら。
[HELLO WORLD]黎明期、ただ一つのことを夢見てこのセカイに足を踏み入れた彼女は、その悲願達成のために今まで、長きに渡る雌伏の時を過ごしてきた。
そして、秘密結社などと自称する彼女主導のクラン『クロノスタシス』もまた、これまでただ黙々と、目的の為に準備を進めてきた。
どうやらそのシークエンスが遂に完了し、計画を実行に移す時が来た……ということのようであった。
〈フフ……盟友たる貴女達の活躍も、期待しているわよ〉
その計画の助っ人として、かねてよりクロノは百合乃婦妻と繋がりを築いており。今こそその力を借りようと、こうして連絡をしてきた次第なのだが。
「おおー……」
「まかせろー……」
〈…………期待していいのよね……?〉
どうにもやる気の感じられないハナとミツの応答に、一抹の不安を抱いてしまうのであった。
「だいじょーぶ。わたしたち、やる時はやる系女子だからぁー……」
「そうそう。今はその時じゃないけどー……」
〈……今すぐに、というわけではないけれど、現実世界で数えて一ヶ月後辺りを考えているわ。だからそれまでには、倦怠期とやらを抜けておいて欲しいものね〉
「一ヶ月後ね。了解ー……」
「あいあいさー……」
本当に分かっているのか疑問を覚えてしまいそうな返答であったが……まあ、一ヶ月後となれば夏季休暇の真っ最中。であれば、かなり余裕を持って臨めると二人は考えていた。
「宣戦布告は近いうちに?」
〈ええ、慣例に則ってね〉
「ルールはー?」
〈相手方が拒否しなければ基本ルールで……まあ、拒否なんてしないでしょうけれども〉
「「りょうかーい……」」
〈……ねぇ、本当に了解しているのよね?〉
やはり心配を拭えないクロノの声。
ハナとミツも、これは流石に大丈夫アピールをしておいた方が良いか……などと考え、むくりと身を起こし、唐突に不自然なまでの決め顔を作って見せた。
「前にも話したし、知ってるとも思うけど。宣戦布告から開戦までの間に、両陣営共に野良の参加希望者が相応に出てくるわっ」
「布告のときのスピーチとかアピール次第で野良の人数は結構変動するからー、より大勢を味方に引き込めるような文言を考えておいた方が良いと思うよぉっ」
「特に貴方たちは表立った知名度はあまり高くないから。都市伝説的な噂は、私たちも何度か耳にしたことがあるけどっ」
「まぁ、秘密結社なんだから当たり前と言えば当たり前なんだけどねーっ。とにかく、相手さんに野良が流れ込んじゃうような事態だけは避けたいよねぇっ」
背筋も無駄にぴんと伸び、心なしか言葉尻にもやたらと力が籠っている。
〈……え、えぇ、そうね〉
そんな、あまりの変わり身っぷりに若干気圧されつつも、経験者としての二人のアドバイスを、クロノはありがたく受け取る。
〈野良の参加者に関しては、ある程度味方に付けられる算段はあるわ。まあ、この私から滲み出る女帝の如きカリスマ性があれば、策など無くとも皆傅くとは思っているのだけれど〉
「ハンさんみたいにー?」
〈……そこまでは求めてない、かしらね……〉
「あはは……ていうか、今日はそのハンさんは?」
〈今もすぐそこにいるわよ。私の事を視〇……失礼、あー、じっと見つめているわね〉
件のハンなる人物はハナとミツの視界には入っていないものの……今日も今日とて『倫理コード』で規制が入るようなワードで言い表したくなるほどの熱視線を、クロノの幼い肢体に隠す様子もなく浴びせているらしい。
「「あ、そう……」」
見えねども相変わらずな知人の様子に、さしもの二人も何とも言えない苦笑いを浮かべるしかなく。
〈ロリコンで癪だけれど、側近としては申し分ないのよ……〉
「……秘密結社のリーダーも楽じゃないんだね……」
「クロノちゃん、がんばー……」
今までの不遜な態度とは打って変わって、どこか疲れたような顔をするクロノに、少しばかり同情してしまうハナとミツであった。
〈……んんっ。兎に角、計画の実行は約一ヶ月後。最終的な日程が確定したらまた連絡するわ〉
「了解」
「楽しみにしてるねー」
〈ええ、遂に始まるのよ。この私の、『クロノスタシス』の名がセカイに轟く戦いが〉
不敵な笑み、伸びた背筋。
揺れる前髪の隙間から覗く右の瞳は、乳白色に淡く煌めいていて。
〈――第十二次『セカイ日時計』簒奪戦の日は近いわ――〉
[HELLO WORLD]のセカイに、また一つ、新たな歴史が刻まれようとしていた。
次回更新は2月1日(土)を予定しています。
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