319 R-終わりも近い(他人事)
年末年始の休暇など淡雪のように儚いもので。
婦婦がアイザらと面会してからほどなく休みも明け。
気が付けば、百合園女学院の二学期後期が始まってから数日が経過していた。
とはいえ、既に進路も確定している華花と蜜実にとっては、冬季休暇前と同様気楽なものである。勿論、年度末の最終考査に向けて多少なりとも気を引き締めなければならないが……それも、終始平均程度の学力はキープしていた二人にとっては最後の小山程度のもの。それさえ終われば自由登校期間、いよいよ以って卒業も近い。
――と、いうのはまあ、推薦合格者達の温い考えである。
一般受験組にしてみればまさしく決戦前夜。いやまだ前夜ではないが。とにかく、それくらいの追い込まれっぷり。一分一秒を惜しんでの勉強。詰め込み過ぎは良くないと分かっても勉強。隙あらば勉強。最早、とにかく不安を解消する為に参考書を開いているような者すらいる。
そんな三年次大多数の意を酌んでか、授業もそのほとんどが年度末考査への対策……という体での、受験への最終調整あるいは自習といった有様。
勿論、かような学内のご多分に漏れず、三年二組も独特の緊張感に包まれている。流石にこのタイミングで推薦マウントを取ってくるような鬼畜外道はクラスには存在せず、何のかんの言って生徒たちも、三年間で元お嬢様校の名に恥じないお淑やかさを身に付けていたようであった。
今、推薦合格組にできるのは、鬼気迫る表情で勉学に励む一般受験組を静かに見守ってやることくらいで。そうすると当然、彼女らの口からうわ言のように漏れる言葉たちが、スゥ――っと耳に入り込んでくる。
例えば、華花と蜜実の隣。
「……合格したらエッチ……合格したらエッチ……」
「……合格したらセックス……合格したらセックス……」
自身らが設定したクソデカご褒美に気炎を揺らめかせる心と佳奈。当然ながら周囲の者たちは、それ聞こえちゃってもいいやつなのかなぁ……とか何とか思っている。
……かと思えば教室の隅では、
「――ママ。むり。つらい。落ちたらどうしよう」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。あなたが頑張ってること、ママはちゃんと知ってるからね」
プレッシャーに押しつぶされそうになる我が子(同級生)を優しくあやす母(同級生)の姿も。横抱きに膝の上に乗せ、絵本でも読み聞かせるかの如く参考書を開いて見せるその様相は恐らくまともではないのだが、このクラスの生徒たちにとってはもう当たり前の光景になりつつある。
――であれば他方、一見して普通に勉強を教え教わっている別の二人組もまた、当然ながらまともな関係性などであるはずがなく。
「だーから、変に深読みすると逆にドツボなんだってば。ただ文中に書いてある真実だけを読み取れば良いの」
「ぬーん……」
今だ苦手とする文章問題の攻略法を、自身が既に攻略済みのメスガキ(同級生)に教わるメスガキ理解らせ一般受験生。腹立たしいことにこのメスガキ(同級生)は要領が良く成績優秀なため、その気になれば理解らせ一般受験生の勉強を見てやることすらできるのである。
しかし一方で、理解らせ一般受験生の方もその気になればいつでもメスガキ(同級生)を理解らせることができるので、実質的には理解らせ一般受験生の勝ちである。
(――これは、大和先生が釘を刺すのも無理ないか)
(だねぇ)
かつて彩香女史から受けた、一般受験組を煽り過ぎるなよという警告を思い返す華花と蜜実。成程確かに今の彼女らに推薦マウントなど取ろうものなら、この一年で築いてきたクラスメイトとしての友情など瞬く間に木っ端微塵になってしまうだろう。
(頑張れー)
(ふぁいとー)
一応は授業中だから……というよりも、級友たちの邪魔にならないようにとの理由から、心の中で静かにエールを送る二人であった。
◆ ◆ ◆
「――未代もそういう気遣いいる?」
「いらない」
ここにおわすは志望学部合格ほぼ間違いなしウーマンこと陽取 未代である。
放課後、麗と歩いている所にたまたま鉢合わせ、そんなことを聞いてみた華花への返事が何とも友達甲斐のないものであるのは、精神的にも成績的にも安定している証か。
「もうばっちり問題なしー……って感じ?」
「まあ、体調管理しっかりして。当日緊張し過ぎなければ大丈夫、だと思う」
なんてことの無いように言ってのける未代、その余裕具合ときたら最早、受験組という言葉の前に一般を付けて良いのか疑問すら覚えるほど。スーパー受検組とかにしておいた方が良いのではないかと、婦婦は頭の片隅で考えていた。
「麗の方――や、言わなくていい。どうせ大丈夫でしょ」
「未代さんに同じく、とだけ」
こっちもこっちで、基礎学力やら普段からの勤勉さやらは言うまでもないお嬢様である。
間違いなく自分たちよりも勉学に秀でている――今更疑う余地も無い二人を相手に妙な気遣いなど最初から無用だったと悟る婦婦へと、むしろ未代の方から問いが投げかけられる。
「お二人さんは、ここ通ってるってことは……大和先生と面談か何かで?」
「おお、ご明察~」
「未代も随分と察しが良くなって……」
「うるさいわい」
鈍感系女子代表だった頃からは想像も付かないほどの成長ぶりに、涙がちょちょぎれる蜜実と華花。おいおいと泣きながら(泣いてない)デバイスを見やる。
「というわけで良い時間だから」
「そろそろ行くね~」
「あいよ」
「ではまた」
気が向けばハロワでも会えるのだから、別れ際の挨拶もあっさりと。
普段よりも喧騒の少ない廊下を抜けて、未代と麗は階下へ、華花と蜜実は進路指導室へと向かって行った。
◆ ◆ ◆
そんなこんなで行われた、年明け最初の彩香女史との面談だが。
「――正直、もうこれと言って口出しする事も無いのですが」
というのが、彩香側の本音ではあった。
無論、冬季休暇中のリアルでの同調検証など、報告事項は有りはするのだが……成果に乏しいという意味でも、焦って成果を出すモノでもないという意味でも、強いてまで指導することも無いのが現状。
「こう言ってしまうと心苦しくもありますが、進路も確定し特に問題も見られないお二人の優先順位はどうしても低くなってしまいます」
「「はい」」
受験直前・直後共に、指導やケアが必要な生徒は多く、教師陣としてはそちらに労力を割かざるを得ず、勿論、華花らもそれは重々承知している。だからこそ今日の面談は手短に組まれているわけで。それでもまだこの場自体は設け続けているのは、彩香女史自身の興味もあってのことだろうか。
「私自身も寂しくはありますが、次回を以ってこの定期面談も終了となります。特に何をどうこうという物でもなく、最後の経過報告という形で」
ようは今日と同じく、ほんの少しの雑談のようなもの、とも言える。
「分かりましたぁ」
「次回までの間にも、検証は少しずつ続けておきます」
「ええ。卒業まで、そして大学入学まで、できる事に励んで下さい」
当たり障りのない言葉ではあるが、それを伝えるだけでもこの時間に意義はあった。そう微笑む彩香女史へと一礼し、蜜実と華花は十分ほどで進路指導室を後にした。
言うまでもなく、いつも通り、今日も帰ってハロワである。
お読み頂きありがとうございました。
次回更新は2月18日(土)12時を予定しています。
よろしければ、また読みに来て頂けると嬉しいです。




