317 R-年を越すとかどうとかこうとか
「いま何分~?」
「47分」
23時の、である。
12月31日の、でもある。
そろそろ年も変わろうかという頃合いに、華花と蜜実はいつも通りリビングで過ごしていた。いや正しくは、いつもであればこの時間はもう寝室であれやらこれやらしていることも多いのだが……まあ、二人でべたべたいちゃいちゃしているという意味ではそれこそいつも通りと言えるだろう。
「もうちょいだねぇ」
「ね」
新年を今か今かと待ちわびている――というわけでもなく、一応、今年は年越しの瞬間をちょっとくらい気にしてみるかという程度の気持ち。昨年はそれこそ、情事に耽っていたら年が変わってしまっていたわけなのだから
テーブルにお菓子やジュースを適当に広げ、クッションを敷いた床に座って、大きめのどてらで二人羽織を満喫中。ネットサーフィンの為にデバイスを操作するのが前に座った蜜実の役割、そのミツを懐に抱き込んで餌付けするのが華花の役割である。
「ハロワ界隈は相変わらず、このあいだので持ち切りだね」
蜜実の右肩に顎を置いて、拡大投射された記事を眺める華花。このあいだの、とは言わずもがな、二人が『審判』を下したあの一戦を指していた。
「まあ~?ハロワ史上有数の~?快挙だからねぇ~?」
むふむふと得意げに笑う蜜実に追加のお菓子――みかん味のグミ――を与えながら、華花の表情筋もつられてドヤァ……気味に。ハロワ関連では普段から自信満々な二人ではあるが、今回の功績はいつにも増してその自尊心をくすぐりまくっていた。
「『黎明期より存在する最上位種――つい先日の周年記念を以って更なるアップデートまでもが果たされたかの天使が一柱。それを打ち破った天上への反逆者は、[HALLO WORLD]内でも最強のバディと名高い二人、『百合乃婦妻』であった』――ね。むふ」
かなり大仰な序文を読み上げ、やっぱり堪えきれずにむふむふ笑ってしまった華花。此度の自身らの偉業を取りまとめた様々なサイトや記事、果ては解説動画などを巡回しながら、二人はここ数日を過ごしていた。
『審判』との戦闘時間は五分にも満たず、ハナとミツのHPはほぼ削られていないまま、逆に『審判』のHPを一撃で全損させたというのだから、この点においても話題性は更に増し増し。ヘビーユーザーよりもむしろ、初心者やハロワに明るくない未プレイ勢のあいだでこそ、『有り得ないくらい強い敵を一方的に倒した』と盛大に囃し立てられているほど。
下手をするとゲームへの新規参入にすら影響を与えているのではないか……と、その辺りまで含めて、当面この話題が収まることはなさそうな勢いであった。
まあ本当に――単純に前例がないという意味でも――それほどのことをやってのけたのだから、多少は調子に乗ったって許されるというものだろう。事実として二人は今、鼻高々状態である。
「まぁ、でもー……」
しかし一方で。
もう一つの重要事項は、しっかりと頭の中心辺りに居座っている。
「私たちとしては、『同調』周りの方も重要ではあるんだけど」
「ねぇ~」
やはりというか何というか……天人種クラスの強敵と戦うという条件は、それだけであっさりと、二人の思考を完全に接続してみせた。
二人の思考が強い指向性を持って同じ目的へと向けられる――という条件の、「強い」という部分。
「やっぱりこう……かなーり意欲が高くないと駄目っぽいよね」
目的を達成したいという欲求が、並大抵ではない強さでその胸にある時。
「絶対勝つ!……とは思ってたけどー。簡単に勝てるとは思ってなかったよねぇ」
楽に達成できる目標ではなく、ある種の緊張感、良い意味での余裕の無さが付随する時。
そういう時にこそ、最大の同調が発現する。
……ということはまぁ、再確認できたのだが。
「ゲームの中ではまぁ、それでいいとして。や、戦闘以外でも『完全同調』できないかっていうのも、考えてはいくけども」
ハナとミツではなく、今ぬくぬくと二人羽織っている華花と蜜実としては。
「結局、今回のを現実にどれくらいフィードバックできるか、だよねぇ」
現実世界での同調についても、考えていかなければならないわけで。
勿論、長いスパンでの研究テーマなのだから、まだ高等部を卒業してもいない時分で大きな成果を出せという話でもない。しかししかし、冬休みに入ってからも特に検証が進んでいないとなれば、焦り……というほどでもない小さな燻りが二人の胸中にあるのも、無理からぬことであった。
「……とまあ。そんな話をしている内に年が明けていた訳なのですが」
「……本当なのですがー」
ふとデバイスの隅を見れば、時刻は0時4分。
華花に言われて初めて気付いた蜜実がデバイスをテーブルに置く。
「あけおめー」
「あけおめ。ことよろ」
「ことよろー」
新年の挨拶、終了。
結局のところ、しっかりしゃっきり年を越すだなんて、二人には土台無理な話であり。華花が蜜実の肩越しにその頬に口付ける、そんな形で、二人は四分遅れの年越しを迎えた。
「今年も蜜実はすべすべふにふに」
0時も超えたしもういいだろうとばかりに、華花の両手が蜜実の胸元に向かって行った。抱き込んだ――つまり身動きを封じた体勢のまま、下から掬い上げるようにそっと揺らす。正直なところお互いヤる気は満々だった為、両者ともにブラは付けておらず、どてらの下に着た冬用の防寒パジャマは柔らかく歪んでいた。
このまま少し、生地越しの感触を楽しもうか。そう考えた華花は右手で蜜実の胸を抱えたまま、左手を下ろしてへその辺りに触れる。ボタンをくりくりと押し付けて、柔い弾力を堪能する――その前に、蜜実が左手でその手を掴んだ。
「……どうかした?」
不思議に思って囁きながら、更に身体を押し付け顔を覗き込む華花。蜜実の方も、背中に当たるなだらかな双子丘が気になってはしまうが……しかしその前に、言わねばならないことがある。年が明けたら告げようと思っていた、重大事項が。
「先に、今年の抱負を伝えます」
「ほうふ」
畏ま……っているようでやっぱり緩いその表情から、一体何が飛び出してくるというのか。否さ勿論、蜜実本人にしてみればそれなりに真面目な話ではあるのだが。まだほとんど繋がっていない希薄な思考の接続では、口に出されるまでその考えは読み取れない。だからこそ華花も、静かに耳を傾け――
「今年は、運動をします」
――そして甦る、数多の記憶たち。
ふにふに。恥じらう蜜実。ふにふに。ふにふに。苦言を呈す蜜実。ふにふに。ふにふに。ふにふに。
一拍置いて、華花の脳内で全てが繋がった。
「……な……」
もにゅ、と思わず蜜実のお腹を掴む華花。と言っても指の先で摘まめる程度のものではあるのだが……昨年そんなことをしていたからこそ、蜜実はかような決意を固めたのであって。
「……そんな……」
こぼれる声も、ショックで小さく震えていた。
聞いたことで繋がってしまった思考が、奇しくも華花に伝えてくる。
止めても無駄だ、と。
「別に、がっつり痩せるぞーってわけじゃなくって。現状を、確実に、維持する為に。です」
言っている事には一理も百理もあり。
かつて似たようなことを口にした蜜実は、華花の攻勢で泣く泣く「現状維持」という結論を出し、華花もそれを良しとした。そして今、その現状維持の為にこそと、蜜実は確固たる決意を表明している。
「…………うぐ、ご……うごぉ……」
であればもう、華花の口からこぼれ出るのは、ただ名状しがたい呻き声のみである。当然ながらその心身の隙を逃すほど、蜜実の中の嗜虐性は衰えていない。
「えいっ」
「ぬ゛っ」
思いっきり体重をかけて背中で押し倒し、横たわった華花の上で身体を反転させる蜜実。カーペットの上に組み敷かれた華花の目に映るのは、影を纏い妖しく輝くたれ目が二つ。
「――と、いうわけで華花ちゃん。改めて、今年もよろしくねぇ……♡」
「……ひゃ、ひゃぃ……」
こうして新年初戦は、動揺を誘いペースを握った蜜実の圧勝で終わった。
同調が云々とかいう話は忘却の彼方へと消えた。
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次回更新は2月11日(土)12時を予定しています。
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