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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
冬 百合乃婦妻と冬遊び
316/326

315 V-白閃

メンテナンスのことをすっかり失念しておりまして、この時間での投稿となってしまいました。申し訳ありません。


 戦闘開始から絶えず続く幾重もの猛攻。

 始まってからほんの一分にも満たないあいだにも拘らず、既に交錯した刃は十や二十では利かず、いなし躱した凶刃もまた同じく。

 しかしその濃密な60秒未満は、ハナとミツが『審判(Judgment)』の()を見抜くのには十分過ぎるほどの時間だった。


(背後、背後、側面、また背後――)


(――てことは次はっ――)


 背後、或いは(わたし)たちのあいだ。

 100%その通りに――という訳ではないが、ある種のパターンがある。

 勿論、前脚の爪による斬撃から強靭な後ろ脚での脚撃、果ては尾や角を用いたものに、角度やタイミング、どちらを狙うかまで加味すれば、攻撃のバリエーション自体は多岐に渡る。


 けれどもしかし、それでも確かに。

 『審判(Judgment)』の脳内では、『時よ止まれ(Verweile)』への警戒が常に渦巻いているようであり。絶対にハナの目に捉えられないようにと、彼女の真正面に飛び込むことを徹底して避けていた。

 故にこそ、その黒い獣身は捉えられることなく駆け回っているのだが……一方でだからこそ、その行動パターン自体はどうしても有限になってくる。


((――そしたら――))


 であればと、婦婦はおもむろに反対方向を向き、背をぴったりとくっ付け合わせた。

 こうしてあいだに入り込むという選択肢を奪ってしまえば、それだけで『審判(Judgment)』の行動を阻害できる。彼女の攻め手は、大雑把にミツから見た正面、左、右、二人の頭上の四択にまで絞られてしまうのだから。

 いや、空中では身動きを取るのが難しいというリスクを鑑みれば、安易な頭上からの飛び込みも憚られる。実質、三択。


 まだ攻撃らしい攻撃などしていないにも拘らず、場を主導権はもうハナとミツの手中に収まりつつあった。


「――なんだってあんな、身動きの取れない陣形を……」


 もっとも、遠巻きに観戦するギャラリーの中、戦局を見極め切れていない一部のプレイヤーからは、婦婦の真意を察せず心配するような声も上がっているのだが。まだ戦闘経験に乏しい者などからすれば、高速移動に対して自身らの動きを制限するのは自殺行為のようにも映るらしい。


「いや……どうせ目で追い切れねぇなら、ああやって守りを固めた方が……」


 勿論、中には分かっている……つもりの者もいる。

 どう足掻いても機動力では適わない相手に対しては、消極的ではあるがその場で耐え凌ぐのも一つの手段ではあるのだと。中・上級者にとっての常識で二人を図ろうとする者たちが。


(……口だけは達者なトーシローばっかり。よく集まったもんね……)


 『百合乃婦妻』の理解(わか)り手を自負するヘファにしてみれば、そんな輩共もまとめて、何も理解(わか)っていないと言わざるを得ないのだが。


 二人をよく知る者は、その向かい合わせな姿に思い出していた。少し前、触装形態について問われたインタビューで彼女たちが放った言葉を。 


 ――常夜のハロウィンに見せた合体とも見紛うあの姿は、感覚的にはただ、背中合わせに腕を組んでいただけだということを。


 その意味を知り、白蛇戦での縦横無尽な活躍を知れば、すぐに理解できるだろう。背中合わせの陣形もまた、今の二人にとっては攻めの姿勢でしかないことが。


(右を――)


(――塞いでー)


 今そこに来られたら困る、という地点にハナの視線を送ることで、瞬間的にではあるが更なる行動の束縛までやってのける二人。勿論その間、ハナの体の真正面はミツの流し目によってカバーする。


「――ッ――!」


 『審判(Judgment)』の方も、状況を理解しつつ果敢に攻め込んではいた。

 行動をコントロールされつつあると分かっていてもなお、彼女にできるのは速度と攻撃力で真っ向から切り伏せる以外にない。一度でも攻勢を止め距離を取ってしまえば、次に肉薄するまでに間違いなく囚われてしまうことなど、戦闘前の二人の眼付きから嫌というほど察せられてしまうが故に。

 無論、『審判(Judgment)』自身の愚直な気勢も合わさってのことではあるが。


(そろそろ絞れてきたねぇ――)


 ミツの右側面……と見せかけて、急激なステップで正面へと回り込む『審判(Judgment)』。姿勢を低くし足を切り落とそうと放った右腕の三本爪も、やはり読まれていたのか『連理』で難なく受け止められる。

 鍔迫り合えば『時よ止まれ(Verweile)』に捉えられてしまう。故にこそ今回もこれまでも、爪と刃の交錯はほんの一瞬のこと。直後には斜め後ろに数歩だけ下がり、そこからまた、姿が消えるほどの速度で再度ミツの右側へ回り襲い掛かる。

 ……本当であれば手薄になった左側面から攻めたかったところだが、それを見越したハナが、そちらへと視線を流していたが故に。


(――うん、次は多分……)


 誘導された形の『審判(Judgment)』を出迎えるのは、ミツの視線によって狙いを定められた、ハナの『比翼』。本人は顔を向けてこそおらずとも、どっしりと腰を落としミツの背中にも支えられたその右腕一本で、確かに『審判(Judgment)』の攻撃を凌いで見せた。


 互いのアバター操作を共有した背中合わせは、二人分の重量を有した上での細かな重心移動を可能にしており。それによって婦婦は今、高速での連撃にも動じない体幹の安定性を獲得していた。これもまた、ハロウィンイベント時に身に付けた妙技の一つである。


「――――ッ」


 『審判(Judgment)』の声なき叫びも、歯痒そうな色を孕んでいる。

 非常に明晰な思考回路を持つ彼女が焦るなどということはそうそうないが……しかしそれが故に、一太刀交えるごとに少しずつ見えない糸に絡め取られていくような感覚が彼女を襲う。


((――きっと、次は――))


 一手指すごとに、次のこちらの行動への予測精度が上がっていく。情報の処理能力という点においては、間違いなく自分に分がある筈なのに。選択肢を狭めこちらのスペックを十全に発揮させない婦婦の戦法が、『審判(Judgment)』をじわじわと追い詰めて――



「「――ここッッ!!」」


 遂に、婦婦の手が黒い獣を捉える。



「――!?」


 ミツが『連理』で真正面から爪を受け止め、それと同時に盾を手放していたハナの左手が、逆手の状態で『審判(Judgment)』の右手首を掴んでいた。針毛が食い込み僅かなダメージを受けるも、そんなことは知ったことかと、強く握り込んでいる。


「――ッ」


 即座にその手を振り払い、横方向に逃げようとする『審判(Judgment)』。しかしその挙動自体が確かなロス。ほんの僅かではあるその隙を逃すまいと、ミツが『白鱗の御手』を振るう。ここで初めて蛇腹剣としての姿を露わにしたそれは、まるで白い触手のように伸びしなり、半ば逃れかけていた獣の尾を絡め取った。それと同時に鋭い刃が針毛と噛み合い、がっちりとロックする。

 反射的な抵抗を受けるも、万全の強度を持つこの新装備が、そう簡単に引き千切られるはずもない。


((――今っ――))


 そのまま、後方へ投げ捨てる勢いで『白鱗の御手』を引っ張り――というか実際に、勢いそのままに手放して――、『審判(Judgment)』の態勢を崩すことに成功したミツ。しかしここからですら、『堕天獣躙形態』を以ってすれば逃れることは可能……な、はずであった。本来であれば。


 だがその瞬間、蒼碧二対の瞳が獣を射抜く。

 ミツが一瞬でも尾を捉えたことで、ハナが振り向くまでの時間を稼ぐことができた。


「――『時よ止まれ(Verweile)』っ!」


 ハナの視線とミツの詠唱、二つの条件を達成した霊石が、敵の動きを完全に停止させた。設定した慣性停止の有効時間は0.2秒。それだけあれば、必殺を放つには余りある。


(ミツっ)


(ハナっ)


 高度同調の影響か、可愛らしい渾名も今は身を潜め。

 ただ短く鋭く互いの名を呼ぶ、それこそが刹那に交わされる符丁。



「「――『比翼連理(ユナイト)』ッ!!」」



 白く煌めく一閃と、手向けのような、チンという小さな金属音。


「――、――」


 今度こそ間違いなく、『審判(Judgment)』の――天人種の首がぼとりと落ちる。いかな天使様と言えども、急所に受けてしまえば、一撃必殺の理からは逃れられない。


(みごと)


 称賛の言葉が胸の内からこぼれ出るよりも早く。『審判(Judgment)』のその体は、黒い獣の姿のまま、光の粒子となって消えていった。



「「――――ふぅー……」」


 現実時間にして、僅か五分足らずでの決着。

 その間にハナとミツが放ったスキルは、僅か三つ。



「「「「…………うおおォォォォォォォォォッッッッ!?!?!!!!!!」」」」



 一拍遅れて声を上げる野次馬たちの騒ぎようときたら、逆に婦婦の方が冷静になってしまうほどであった。


 お読み頂きありがとうございました。

 次回更新は2月8日(水)12時を予定しています。

 よろしければ、また読みに来て頂けると嬉しいです。

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