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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
冬 百合乃婦妻と冬遊び
315/326

315 V-黒獣


 ただでさえプレイヤー(人類)にとっては畏怖の対象だった『堕天獣躙形態』とやらだが、黒く染まっているというだけでその威圧感は更に何倍にも膨れ上がる。以前見たシンのそれも黒だったという時点で、察するべきではあったのかもしれないが。


(前より、更にAGIが上がってる)


(わぁお……)


 すぐさま『鑑定(アパライズ)』で『審判(Judgment)』の状態を確認し、頭に叩き込んでいたかつての『堕天獣躙形態』時のデータとの相違を確かめる婦婦。黒化した外皮だか外殻だかの影響によるものか、もはやその俊敏性は意味の分からない領域にまで達しており。

 しかしそもそもの話をすると、何だって黒くなっているのかと。


「……くろくなったりゆうは」


「「理由は?」」


 婦婦の疑問を察してか、『審判(Judgment)』本人が口を開いた。獣の姿になろうとも、声音は変わらず滔々と。


「『04』のしゅみだ」


「「……だよねぇ……」」


 吐かれた言葉は、一瞬だけ婦婦の身体を脱力させる。

 しょうもないと言えばしょうもないが、微笑ましいと言えば微笑ましい。確実に分かったのは、色は特に気にしなくて良いということくらいか。律儀にも待ってくれている『審判(Judgment)』の為にも、二人はすぐさま気を取り直した。


「何にせよ、やる事は変わらないか」


「うん。ガチって、たおーすっ」


 宣言と共に今一度眼前の強敵を見据え、強く意識する。彼の者を打ち倒すという目的を。共有する一つのゴール地点を。例え幾通りの道筋が有ろうとも、帰結する先は一つ。即ち、二人で勝つという未来を。



「「――『同調(トランス)』」」



 声を揃えて唱えた言葉が、二人の瞳に光を宿す。 

 これまでにも幾度か聞こえた、頭の中で鳴るカチリという音は、紛れもなくそのスキルが発動した証なのだろう。


 『獣化(フォールダウン)』ほど劇的な変化をもたらすわけではない。けれども確かに、ハナの左目は碧色に、ミツの右目は蒼色に。居並ぶ二対の瞳は、互いの光彩を取り換えたような輝きを見せていた。



「……あ、あれが……」



 ギャラリーの中の誰かがぽつりとこぼす。

 間違いなく発現した『同調(トランス)』スキルの最高峰、『完全同調(フルトランス)』状態が、見る者の心を捉えて離さない。それはある意味で、真正面から見据えていた『審判(Judgment)』すらも。


「――さいしょの『同調(とらんす)』すきるてきごうしゃにして、げんじょうゆいいつの『完全同調(ふるとらんす)』しゅうとくしゃ。さあ、わたしとたたかえ」


 待ちわびたとばかりに尻尾で一度地面を叩き。前脚を地面に引っ掛ける『審判(Judgment)』。婦婦が小さく頷いた直後には、その身体は凄まじいスピードで二人の元へと飛び掛かっていた。


(はや――)


 間違いなく他と隔絶したAGI値。素の状態ですらプレイヤー基準で最高峰だったそれは、ステータスを俊敏性と攻撃能力に集約させる黒い『獣化』によって、今や目で追うのも困難なレベルへと昇華されている。

 一瞬で目の前に現れた黒い獣の初撃――右前脚による横薙ぎを、ハナとミツはほとんど直観によって回避していた。


(――いねぇ)


 ハナは右後方、ミツは左後方と分かれて下がった次の瞬間には、左前脚による追撃が飛んでくる。自身を狙うそれをミツは『連理』で受け、衝撃でさらに三歩ほど後退。だがこの状況は早くも好機、ハナに背を向けている今ならばと、ミツは口を開き――


「――っ」


 しかししかし、彼女がスキルを使おうとするよりも早く、その獣はハナの視界から消え失せていた。ハナがその目でしかと捉え、霊石を持つミツが詠唱する――相手の動きを止められる『時よ止まれ(Verweile)』も、その条件を満たせないほどに素早く立ち回られては意味を為さない。

 だが一方で、かのスキルを用いなければ、必殺の『比翼連理(ユナイト)』を確実に当てるのは困難だろう。それほどまでに、ただ、速い。


(『比翼連理(ユナイト)』の為の――)


(――『時よ止まれ(Verweile)』の為の隙を)


 作らなきゃ。

 という言葉尻まで混ざった思考で、その糸口を探す……あいだにも、二度三度と異なる方向からの攻撃を受けている婦婦。常に動きを止めない『審判(Judgment)』の移動速度はどんどんと上がっており、もはや視界の端で僅かに捉えられるかどうかといったところであった。

 ……そのレベルの速さに対応できている時点で、婦婦も大概人間離れしてきているのだが。


「――――ッ」


 声無き呻きを上げる『審判(Judgment)』が、こうも露骨に高速移動に専念している理由は言わずもがな、『百合乃婦妻』の持つ慣性停止スキルを警戒しているが故。霊石を持たない方――ハナの視界に留まらないようにと、その黒獣はひと時たりとも動きを止めることはない。

 時に二人を外側から押し潰すように、時に二人の懐に入り込み食らおうと。

 ほとんど黒い残像と化した天使が、太陽の下を駆けまわる。


 ……人型かつ自分たちよりも遥かに速い敵との戦いは婦婦にとっても稀であり、あるいは通常時であればもっと切羽詰まっていたかもしれない。事実、脅威として正しく認識してはいる。が、しかし。


(フルパワーの『ブレイブイン』もかなり速かったけどー――)


(――あれより、もーっと速いね……っと)


 幾度も幾度も攻撃を凌ぐ最中にあってそんなことを考えられるくらいには、精神的な余裕は保たれたまま。静かな、けれども深く心地良い陶酔感が、繋がった二人の思考回路を循環している。

 頭の中で二言やり取りする間に、二人合わせて片手では足りない数の打撃斬撃を受け、しかしその全てを、目で追い切れずともいなし躱し受け切っているミツとハナ。傍目には、黒い影が絶えず襲い掛かっているにも拘らず、何故か二人共ダメージを受けていないようにも見えていることだろう。


「おっと」


 また硬質な衝突音が一つ鳴り、ミツがほとんど見もせずに右側面からの攻撃を『白鱗の御手』で受け流した。その際の体捌きが、視界の端に動く影を捉えていたハナ

によるものであることは、ただ二人にしか分からない。

 アバターの共有まで問題なく発現し、思考も身体も二人分が混然一体となったハナとミツ。この状態で常に互いの身体を視界に収めることで、片方が反応しきれない死角からの攻撃に対して、もう片方が文字通りその身を借りて対処することが可能になっており。それこそが、超高速で襲い掛かる『審判(Judgment)』と渡り合えている事由であった。


(とは言っても――)


(――防戦一方ー)


 ではあるよね、と。

 結びついた頭の中で頷き合いながら、反撃の隙を伺い続ける。

 今のところ焦りもなく対応できてはいるが、一撃でも貰えばそれで終わってしまいかねないことには変わりなく。『同調(トランス)』はステータスを直接引き上げるスキルではないのだから、数値に見える人と天使の絶対的な差は決して縮まらない。


(てなるとーやっぱり――)


(――いつも通り)


 長引けば長引くほど危険であることは間違いない。

 であれば結局のところ、方針自体は今まで同じく、短期決戦で。


 お読み頂きありがとうございました。

 次回更新は2月4日(土)12時を予定しています。

 よろしければ、また読みに来て頂けると嬉しいです。

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