314 V-今年の強敵は今年の内に
クリスマスが終わればもう、世間は慌ただしく年末年始への身支度をし始める。
まあ学生二人暮らしの華花と蜜実にとっては、リアルでやることなどそれほど多くはないのだが……一方で[HALLO WORLD]に生きる『百合乃婦妻』としては、やらねばならないことが一つ。
「――ようやくこのときがきた」
すなわち、天人種の一角たる『審判』との再戦。今年の強敵は今年の内に、という話である。
「待たせちゃってごめんねー」
長々と待たせてしまった事への謝罪、更にはわざわざあちらの方から『フリアステム』近くの草原にまで足を運んでくれたというのだから、その辺りまで含めて半ば胸を借りる形であるのは否めないが。
「かまわない」
すぐ目の前に佇む『審判』は淡々と答えるのみで、目鼻も口もない卵のような頭部からは、一見して感情らしきものは窺えない。
「つよいやつとたたかえるなら、それでいい」
最もその言葉からは、彼女の行動原理――或いは意思と呼べるようなものが過分に滲み出ていたが。
「そっか……にしても、ギャラリー多いね」
「ねぇ~」
淡白な返事がてら周囲を見渡すハナにミツが、いやさ『審判』までもが同意するように頷く。
普段はこの辺りを闊歩しているモンスターたちは、天人種を恐れてか今日はその姿をほとんど見せずにおり。代わりにと言ってはなんだが、今この草原は、此度の戦いをどこからか聞きつけた数多のプレイヤーたちで埋め尽くされていた。
わいわいがやがや……というほどうるさくはないが、しかし確かに、ひそひそと躱される声がそこかしこから聞こえてくる。
「まきこまれてもせきにんはとれない」
「それはみんな織り込み済みー……だよねぇ?」
「多分」
集まった者たちは誰からともなく自然と、三人を遠巻きに囲うように円を形作っており。距離こそ取ってはいるものの、街中の訓練場などとは違うのだから、この場のどこにも安全な観戦席などというものはない。
勿論みな、そんなことは承知の上でこの場にいるのだが。
プレイヤーと天人種が約束を交わしてまで取り付けた戦い。初めて彼女らの形態変化を引き出したかの婦婦が、今度こそ勝つと豪語してやまない一戦。熱心なプレイヤーほど直接観戦したいと思うのも当然で、またその人の円の中には、エイトにヘファ、クロノ・ハン・ケイネの婦妻、ウタ・カオリ師弟、『ティーパーティー』の面々まで、特に呼ばれたわけでもないのに婦婦の友人知人まで勢ぞろいであった。
また、当然ながら『視測群体』より派遣された観測隊もおり、その中には婦婦が白蛇戦で顔を合わせた特派員シャーリアの姿も。此度の戦いで得られるあらゆる情報をセカイに広めようと、その瞳には既に観測スキルが宿っていた。
……そしてそんな人だかりの中にあって、ひときわ目立つ存在が一人。或いは一体。
「――だいじょーぶっ!いざとなったら、ニンゲンさま達はあーしが守るからっ!!」
微妙に間延びした一人称、種族単位で様を付けプレイヤーを愛するその性根。『審判』と似たような外見ながら、より女性らしいシルエットを有する白黄の肢体。
「と、いうわけで!ハナたゃミツたゃがんばれー!『02』なんてボコボコにしちゃえーっ!」
言わずもがな、『ANGEL-03』こと『隣人』であった。
(たゃ……)
(たゃ……)
たゃとやらが何なのか、婦婦には未だ分かっていないところではあるが……まあ、そこは置いておくとして。同種である『審判』ではなく自分たちに声援を飛ばしてくる辺りやはり噂通り、そして以前に会った通り、ひと際変わった天人種であることが窺える。
「あいつはいるだけだ。てだしはしない」
ガチで戦おうとしているプレイヤーの邪魔はしない、という点も話に聞いている通りらしく、腰に手を当て野次馬共の前に出てこそいるものの、婦婦らとは一定の距離を保ったまま。あくまで観客の一人、ということのようであった。
(エネミーが観客っていうのもー)
(変な話ではあるけど)
内心ふたり言ちつつ……しかし同時に、二人の知るもう一人の天人種もどこからかこちらを観測しているのだろうと思えば、今更な気もしてくる。
「まあ、なんでもいっかぁ」
漏れ出たミツの言葉には、「戦えれば」という言外の枕詞が付いていて。
お喋りはこのくらいでと武器を取り出す婦婦に、『審判』も半身になって構えを取る。
「やるか」
「「闘ろう」」
最後の短いやり取りと共に、見守る『隣人』がタイミング良く声を上げた。
「――それじゃあ公平に!あーしが合図したげるねっ!」
『審判』と比べると幾分か丸みを帯びた、けれどもやはり手指の無い円柱状の右腕を、『隣人』が真っ直ぐに掲げる。動向を見守っていたプレイヤーたちも、いよいよかと声を潜める。
「準備は良い?いくよーっ?……よーい――」
一拍の沈黙。
固唾を呑むのは見守るプレイヤーたちばかりで、エネミーたる『審判』は勿論のこと、『百合乃婦妻』も少したりとも慄く様子はない。極々自然体のまま、『比翼』『連理』、『霊樹の防人』に『白鱗の御手』を携えて。
「――――はじめっ!」
「「…………」」
「…………」
けれども開始の合図は、両者の間に沈黙を齎すのみ。
少し踏み込めば刃が届く間合いで、互いに臨戦態勢に入ってはおれども。しかしその手を振るうことはなく。ただ睨み合う。
ギャラリーたちも雰囲気にのまれてか、沈黙を保ったまま。
「…………」
この静寂をどう感じたのか、『審判』は無言のままに小首を傾げ。対する婦婦は、まるで煽るようにふっと笑みを浮かべる。
「言っておくけど」
「通常形態じゃ、もうわたしたちには勝てないよー?」
初戦での苦い敗退は、その分婦婦に多くの学びを齎した。まず第一に、あの時『比翼連理』を躱されたのは形態変化の存在を知らなかったからに他ならなず。獣化による体躯や姿勢の変化まで勘定に入れれば、婦婦が二度も必殺を外す道理はない。
一度見た通常形態の速度であれば、今の自分たちならあの時以上に的確に対処できる。その自負が、忠告という形を取って二人の口から漏れ出ていた。
無論、それに則り初手から不意打ち気味に一撃必殺を叩きつけるのも勝ち筋の一つではあるのだが……今日この瞬間は、そんな味気ない幕引きの為にセッティングしたわけではない。
互いの全力を出し合う。もはや決闘じみた此度の戦いにおいてそれは最低条件であり、その上で勝ってこそ、高らかにプレイヤーが天使を下したと表明できるというもの。
故にこそハナとミツは誘う。堕天を。天の御使いの、なりふり構わない獣の姿を。
「……たしかに、そのかのうせいはたかい」
「「でしょ?」」
そして、表情の無いその顔から『審判』もまた同じことを考えているのだと婦婦には分かる。同じこの戦いを望んでいた者同士として。人間味あふれる天使を既に知っている身として。
「いいだろう。さいしょからぜんりょくでいく」
或いはそれこそが、本当のゴングだったのかもしれない。
小さく頷いた『審判』は直立姿勢のまま、紡ぐ。
「――『獣化』」
カシャカシャカシャンと、その身体が組み変わっていく。
すらりと伸びていた人型の体躯は前傾姿勢に。叡智の証たる二足歩行を半ば捨て、全身は鋭い針毛に覆われる。三爪に分かれた前腕と細く鋭い尾の先が地面を掠め、頭部は縦長に伸び牙獣めいたそれへ。二つに割れた天使の輪は、禍々しい大角へと転じていた。
ここまでは婦婦も一度見た姿。敗北を喫し、しかし高次の同調への糸口ともなった忘れがたいシルエット。けれどもその中にあって、一目で分かる以前との決定的な違いが一つ。
「――――」
即ち。
淡く輝いていた白黄の身体は、無月の夜を思わせる漆黒へと。
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次回更新は2月1日(水)12時を予定しています。
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