312 V-おお神よ
「神よ……何故、何故このような事に……」
それは、婦婦が未代達とのお泊りクリスマス会を楽しんだ数日後のことだった。
『審判』との決戦を年末にと定め、その最終調整に入っていたハナとミツ。しかし結局『完全同調』を任意に引き出すまでには至らず……まあ最強格との戦いであれば問題なく発現するだろう、という結論に至らざるを得なかった現状。
「「…………」」
一応最後に自身ら以外に『同調』スキルの最奥に至った者がいないかを確認しようと、二人は揃って情報拠点『視測群体フリアステム支部』を訪れていた。
実際のところ本当に『完全同調』習得者が表れたのならば、それはそれは大々的に話題になっているはずで。つまり無駄足だろうと分かっていながらも、婦婦は息抜きがてらにこの場所へと足を運んでいたのだが。
「おかしいじゃないのよ……こんな、こんな事って……」
役所のような『アカデメイア支部』と違い、冒険者たちの集うギルドをイメージしたこの『フリアステム支部』には、なんちゃって中世ヨーロッパ風RPG味の強い酒場めいたスペースが隣接しており。
「――何故!あのような百合ハーレムが成立しているのですか!!」
「――何で!ホントにガチの円満百合ハーレムになってるのよ!!」
そこでジョッキを手に飲んだくれていたアイズマンとアヤシンに絡まれた時点で、婦婦はここに来たことを本気で後悔しそうになっていた。
「…………何でって言われても」
「ねぇー……」
無理矢理に丸テーブルを囲わされ、嫌々という顔を隠そうともせず返す婦婦。この段階で既に、この知人らに遠慮配慮といったものは不要と断じていた。飲んでもいないのに下手な飲んだくれなどよりよほど荒れているのだから、気を遣ってやるだけ無駄という話である。
「――今だから言いますが、過程において悩む事それ自体までも本気で否定するつもりは無かったのです!複数の女性に好かれたとして、誰を選ぶのかを苦悩したとして!けれどもその果てには!最後には!きっちりと誰か一人を選んでくれるだろうと!私は彼女の善性を信じていたのです!なのに何故!?何故あんな悪逆非道の答えを出し、あまつさえそれが赦されているのですか!?神よ!我らが女神よ!!一体何故に!?」
「ちょっと何言ってるか分からない」
うるさい。
「――ちっがうでしょ!?百歩……千歩譲ってくっ付くにしてもさぁ!せめてひと悶着くらいあるもんでしょ!?今まで表面上は仲良しハーレムを装ってたけど、みんな無意識下に不満とかライバル意識とかを募らせてて!ある時ひょんな事から誰かが均衡を破りそうになっちゃってさ!!そこから友情のゆの字も無いドロドロギスギス怖ーい女の戦いってのがさ!起こるもんでしょ!?普通、そういうの8~9巻目くらいでやるもんでしょ!?」
「ちょっとなに言ってるのか分かんないかなぁ」
うるさい。
ここが喧騒上等荒くれギルドロールプレイ会場でなければ叩き出されていた程度には喧しい。二人同時に、全く方向性の異なる、けれども同じ出来事を原因とした愚痴を延々と垂れている。すなわち、未代の真・円満百合ハーレム形成への愚痴を。
しかも婦婦がウェイターから聞いた話によると彼女ら、少し前から毎日のようにここを訪れては二人で飲んだくれているらしく。受験が無いのを良いことに、一足も二足も先に(ダメな)大人の仲間入りでもしているつもりなのだろうか……と、ハナとミツの二人を見る目はこの瞬間にもどんどんと冷え切っていく。
「何であんな上手く行ってるんですか!?」
「おかしいでしょ!?」
「「しらんがな」」
思わず、過去一どうでも良さそうな声が出てしまう女神二柱。
かつてはショッピングモールでハンバーガー会談とまで洒落込んだ相手が、まさかここまで落ちぶれていようとは。
そういえばここのところ、未代から自分たちへこの二人の様子が語られることは無かったが……なるほど、語るのも憚られるほどに意気消沈していたというわけか……と妙な納得を覚え、しかしだからといって優しく慰めてやる筋合いもない。
もはやこれは過ぎたる話。今更どうのこうのと喚いたところで、少なくとも未代たちがしこり無くくっ付いたという事実は覆りようがないのだから。傍観者にしてアドバイザーにして友人であるハナとミツには、諦めて受け入れろと言う他ないのである。
「……そもそも、何故我らが教祖様はあのような百合ハーレムをお許しに……」
「負けたからでしょ」
本人が、ではないが。
(一方的に)勝負を挑みそして敗れたのならば、もはや自分のでしゃばる幕はない。アレで最後の引き際は弁えているタイプの女だと、付き合いの長い婦婦には分かっている。
……そもそも論で言うのなら、そもそも人の色恋沙汰に首を突っ込もうとする方がおかしいのだが。そんな正論が通用するような人間なら、最初から『一心教』などというキテレツ集団には所属していない。
そんなアイズマンからすれば敬愛する教祖が日和ったようにも見えてしまうのだから、更にショックが上乗せされている様子。まあ、憧れは理解から最も遠い感情だというのはあまりにも有名な話である。
「いや……そもそもで言ったらまず、何であんな上手い事、毛色の違う美少女を集められるのよ。お前はクソつまらんご都合主義ハーレムラノベの主人公かって話で――」
ターン制お気持ち表明バトルでもしているかのように、次いでアヤシンがまた長文で何やら言い始める。がしかし、既に対面するミツはこの辺りでもう、その魂の叫びを右から左へと聞き流していた。
(ていうかー……)
強いて気になる事を挙げるとすれば、それは話の内容ではなくこの二人が一緒にいるという絵面そのもの。
思想的に絶対に相容れないようにも思えるが、しかし今となっては毎日のように顔を突き合わせて飲んだくれているというのだから、何だかんだ仲良くやっているのだろうか。
「――はいはい。で、二人はいつの間にそんなに仲良くなったの?」
と、ミツの意図を汲んでハナが訪ねれば、示し合わせたかのように二人の顔が顰められる。
「は?誰と誰が?」
「アイズマンちゃんとアヤシンちゃんがー」
「神よ、冗談はお止し下さい。誰がこんな特殊性癖女と」
「はぁーん?……まあ、お堅い委員長様には分からないでしょうね。百合修羅場の素晴らしさが」
「分かってたまりますか」
「分かれ。いや理解れ」
「うんうんいいねぇー。仲良さげだよー」
「どっちもローブだし、白と黒で対称だし。良い感じ良い感じ」
剣呑な雰囲気を醸し出す知人二人に、某教祖と某鍛冶師のやり取りを思い出すミツとハナ。以前より良くも悪くも距離が縮まっているようで、それはめでたい話だとばかりにテキトーなヤジを飛ばしている。
「大体ですね、人の不和を見て喜ぶというその性根がまず――」
「何よ。複数人の愛憎が入り混じれば何かしら起きるのが普通で――」
やいのやいの言い争ってはいるがしかし、実際のところこの二人、主張は真逆だが手法はわりと似通っており。どちらも、良くも悪くも外野の立場を逸脱しなかった。勿論、口出しやそれとない誘導、発狂などは日常茶飯事だったようだが……それでも、本気で未代の行動を変える――或いは疎まれるほどの強硬手段に出ることは終ぞなく。それが彼女らの敗因であり甘さであり、また辛うじて残っていた常識的な部分でもある。
そう考えれば、こうして酒場で飲んだくれるくらいはまあ、別に良いんじゃないだろうか。
((……私たちを巻き込みさえしなければね))
という結論に達し、ヒートアップする二人を尻目にそっと席を立つハナとミツ。最上位勢としての技量を遺憾なく発揮し、極力気配を消しながら迅速にその場を後にする。
薄情などという考えは欠片も無く、むしろ婦婦にしてみれば、ここまで付き合ってあげたことに感謝して欲しいくらいであった。
「――と思いますよね、女神様方!――おや?」
「…………逃げたわね」
そしてアイズマンらが気付いた時には、すでに『百合乃婦妻』の姿は周囲の喧騒の中へと消えていた。
お読み頂きありがとうございました。
次回更新は1月25日(水)12時を予定しています。
よろしければ、また読みに来て頂けると嬉しいです。




