305 P-見出すユナイト
今はまだ身を守る為に振るっている長剣たちが、その身に宿す力。
それが何なのかは分からずとも、どうすれば引き出せるのかなら。激闘の最中にあって活性化した思考回路が、直感的に導き出してくれた。
同時に、等速で、点対称に剣を振るとは、すなわち。
「『鏡写しに』ってことでしょ!」
「そーいうことだーっ!」
それら全てを誤差0.5%以内に収める――成程確かにその条件は、困難かつ特異であることこの上ない。本来の姿として一人で振るったとて、到底満たせるものではないだろう。
しかし、自分たちであれば。ずっと二人で戦ってきた、バディプレイヤー最強の名を欲しいままにする私たちであれば。『無限舞踏』と呼ばれる戦術の祖であるならば。
やってやれないことは――
「「――ないっ!!」」
ひと際狂いなく揃った叫びと共に、ハナとミツは最後の攻勢に打って出た。HPは残り僅か、これまで同様攻撃をいなしながらも、これまで以上に貪欲に反撃の隙を伺う。見開かれた四つの瞳は、相対する者に恐怖を与えるほど微細に揺れ動いており。
事実その異様な雰囲気に気圧されたのか、『焔翼龍』は反撃の芽を摘もうとするような動きを見せた。即ち、ミツの『連理』を噛み砕かんと、その刀身に顎をかける。
「こんのぉっ!」
龍の牙、そこに灼熱の焔が宿っていてもなお、頑強さに優れる白銀の長剣はびくともしない。刀身を伝う熱にHPをさらに削られながら、それでも手を離そうとしないミツの心も、同様に。
「離すかぁっ……!」
いつもの間延びした雰囲気も鳴りを潜めた、腹から絞り出すような声。痺れを切らした龍は剣の無力化を諦め、代わりに首を大きく反らせた。剣ごとミツを後方へと放り投げて戦線離脱させ、その間にハナを仕留めようという寸法。
「「――っ」」
その時。
これこそが勝機と、二人が目配せを交わし合う。
ミツは『焔翼龍』の馬鹿力に逆らわず、その身を宙に浮かばせて。けれどもその口が剣を離す瞬間に、手首をスナップさせ投げられる勢いを可能な限り殺す。
「――よしっ……!」
結果、その身体は龍の頭の直上をふわりと舞った。左手に握った『連理』が、ほんの一時、彼女に翼を授けたように。
「――今っ……!」
それと同時に、ハナが大きく身を屈めながら左へとステップを踏む。ミツの影に支えられ、『比翼』と共に地に根を張って。
今、二人の間にあるのは、肩透かしを食らい目を瞬かせる焔の龍の首。
『比翼』と『連理』に、それぞれの両手を乗せて。
「「行くよっ――!」」
ほんの瞬きの間だけ、時が止まったかのように。
彼我の身体の動きが、手に取るように分かった。
「「――うんっ!!」」
合図も応答も声を重ねて、二筋の剣閃が走る。鏡写しに全く同じ速度で、ただ『焔翼龍』の首を終着点として。この時点で二人にはもう、『阻まれない』のその意味が直感的に理解できていた。
その帰結へと至るべく、声高に、楽しげに叫ぶ。
「「――『比翼連理』っ!!!」」
ちん、と。
刃と刃の触れ合う涼しげな音が、燃え盛る炎の轟きすら断ち切るように小さく鳴った。二人の手に伝わるのは、切ったというにも曖昧な、ただ二振りが寄り添う姿に戻ったのだと分かる僅かな感触。
「よっ……とぉ」
ハナの左隣にミツが降り立ち、そして。
「――ッ――、――……」
焔の龍は、声すら上げずに絶命した。
ぼとりと落ちたその頭の、瞳は既に虚ろに濁り。どれだけ強大な存在であれど、首を落とせばこうもあっさりと命の炎を失ってしまうのだと、意思も無く雄弁に語っていた。
一拍置いてその巨躯が崩れ落ち、大きな翼が力無く地に付く。纏っていた焔も、その勢いを急速に失っていき――
「「……?」」
――いや、違う。
何かがおかしいと勘付いたハナとミツの目の前で。
かの龍の炎は失われるのではなく、まるで吸い込まれるように、灰と木炭に塗れた黒い地面へと呑み込まれていく。
まさしく火を入れた竈の如く、モノクロの大地に赤が芽吹く。
さながら脈打つ血管の如く、脈動し鳴動し、そこに何かがいるのだと知らしめる。
間近に立っていた二人の両脚にも、熱と振動が伝わってきていた。
「え、な、何?倒したよねこれ?」
「と、思う……けどぉ……!」
先の二振りは間違いなく、眼前の龍を亡骸に変えたはず。そう思いながらも、ハナとミツの本能がまだ終わりではないと告げている。
炎の血脈が大地へ浸透するにつれ、『焔翼龍』の身体は朽ち褪せ、色を失い灰となる。いっそ幻想的ですらあるが、しかし終焉と呼ぶには、流れ出る赤はあまりにも鮮明に。
「……や……っばいかもぉ……?」
「かもっ!」
強まる振動に悪寒を覚え、ハナとミツはその場から大きく飛び退く。幾度かのバックステップで、奇しくも最初に龍のテリトリーへ入った時とほぼ同じ位置まで後退。この時点で二人は既に、自身らの身体を苛む反動の重さを感じ取っていた。
「ど、どうす――」
轟、と。
大きく一度、爆音が響く。
それと同時、横たわる『焔翼龍』の足元から火柱が立ち昇った。受け継いだ焔の血で以って、抜け殻と化したその身を焼き弔うように。青空すら焦がす炎熱を経て、それが姿を現した。
否、それはずっとそこに居た。
かの龍が一度も退かず守っていたその場所で、暖かな灰の揺り籠に埋もれただ微睡んでいただけ。ただ母の窮地を知って目覚め、母の死を以って火をくべられた。
灰の大地が仇なすように『五閃七突』が弾き飛ばされた、その原因を今以って知る。
「――――ッッッ!!!!」
それは――血脈を継いだ次なる焔翼龍は、怒りに燃えた叫びをあげる。
「「……うそぉ」」
声音は高く、体躯は先の個体と比べて一回りほど小さく見える。けれどもその大翼は紛う事無く焔を纏い、母親と良く似た荒々しい顔は、既に怒りの火煙をくゆらせていた。
「こ、れは…………まずいのではっ!?」
「まずいねぇ!!」
その姿が陽炎による幻惑などでは無いと確信したハナとミツは、先代との戦いで見せたプライドなどあっさりと火にくべ、背を向けてその場から逃げ出そうとする。『比翼連理』の反動により全てのステータスが大幅に低下しており、普段の俊敏さなど見る影もない鈍重な足取り。スキルも全て封じられ、何よりHPは残り1割あるかないかの満身創痍。
倒したのは事実なんだからもう良いだろう。
そう考え、二人はすぐ後ろにあった灰と緑の境界線を越えた。途端に肌を覆うじっとりとした湿気。しかしこの熱帯林に戻りさえすれば、焔翼龍は襲ってはこないはず。
ほっと胸を撫でおろし、安全圏から振り返って見れば。
「――――ッッ……!!」
一歩二歩、いやさ三、四、五歩と。次代の『焔翼龍』がこちらへと歩を進めている。ゆっくりと、しかし確実に。まるで、自身の射程を確かめるように。
「「…………うそぉ」」
逃げる敵は追わないなどと言うのは母の定めたルールであり、それを越えて大きく羽ばたくのは子として当然のこと――的なニュアンスが、その瞳に宿っていたかは定かではないが。
「――――ッッッ!!!」
兎角、母のそれより細く直線上に放出された火炎放射が、足の止まった二人に迫り。
「――『レンリ』ッ!!」
二人の良く知る声と名前が、幾重もの蔦と枝葉の障壁となってブレスを遮断した。
「……エイトぉっ!」
「……エイトちゃぁんっ!」
振り返れば密林は既に、植生を無視したような湿地帯らしからぬ大樹『レンリ』の支配下にあり。二人の元へ、真新しいローブを身に纏ったエイトが駆け寄ってくる。その間にも、飛来したふうふ鳥『ヒヨク』が軽やかな身のこなしで『焔翼龍』を足止めしていた。
「――女神様方の戦い、拝見させて頂きました。龍をも屠るあの一撃、まさしく愛の結晶と呼ぶに相応しい」
ちょっと手が空いたので神々の後をつけていた信徒が、優美なるドヤ顔で二人の前に身を躍らせる。
「アレのお相手はわたくしにお任せを」
「分かったお願いーっ!」
「私たちほんとにヤバいからマジで死にそうだからっ!」
今や密林の原住モンスターと遭遇するだけでも危うい二人にとっては、どちらが女神なのか分からないほどありがたい。
「お気を付けて――――さて」
距離があるとはいえ龍に背を向け、姿勢を正したまま女神二柱を送り出すエイト。きっちり視界から消えるまで見送ったのち反転、ばさりとローブをはためかせながら、鋭い威容を視線に乗せる。
その姿はさながら、尊き神の意志を継ぎ、裁きを下す神官の如し。
他方、ひとまず『ヒヨク』を振り払った『焔翼龍』も、仇の味方をする女を標的と定めた。
「――さあ来なさい……森も空も、神威すらも。今はこのわたくしと共に在る!」
「――――ッッッ!!!」
……こうして、恥も外聞も無くひーこら逃げ帰ったハナとミツ。
当然ながら、二人がエイトの勇姿を直接目の当たりにすることは無く。
しばらくして生還したエイトの「テイムしてきました」という言葉に、ただただ称賛の言葉を贈るのみであった。
鍛冶屋は手のひらを返し、『比翼』『連理』のスキルを気持ち悪いくらいに褒めちぎっていた。
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次回更新は12月27日(火)12時を予定しています。
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