304 P-崩れるバランス
三者相対しての膠着は一瞬のこと。すぐさま再び、『焔翼龍』の方から牙による攻撃が飛んできた。
「――っとぉっ」
噛み付きを左右に展開して躱し、続けざまに迫る左前脚の爪を『霊樹の防人』で受けた辺りで、ハナはその小盾の限界が近いことを知る。
(いや、むしろ――)
良く耐えた方だ、と感心すらしてしまうほど。
先の爆炎を正面から受けたことで表面は炭化し、今の一撃でぼろぼろと黒い破片が崩れ落ちていくような有様ではある。しかしそれでも爪の一撃を確かにいなし、盾の形は保ったまま。木製武具でありながら炎に対してここまで対抗できる時点で、やはり並大抵のものではない。
とはいえ、これ以上は。
今に砕けるとも知れないこの盾をこれ以上酷使してしまえば、修復に支障をきたしてしまうかもしれない。そう考えたハナは一歩引きながら『霊樹の防人』をストレージに収納。右手で構えた『比翼』を逆袈裟に振るって、『焔翼龍』の右前脚への反撃を試みる。
(切れはした、けど……)
浅い。
前腕に当たる部位の鱗もそれなりに強固で、受け流し直後の姿勢からでは有効な一撃は与えられなかった。それは、頭を挟んだ対面から首を落とそうとしていたミツも同様で。
(懐に入らないと、ダメっぽいねぇ……!)
攻撃を当てやすい部位はそれだけ鱗が厚く硬く、最上位の素材を用いた長剣ですら、通常の一撃ではダメージになりにくい。先のように腹部にまで潜り込めばその限りではないが……しかしそれこそ先のように、熱波と暴風から始まる攻撃をもろに受けてしまうわけで。
(これちょっと、こっちの火力不足気味かも……!)
『閃光』も、隙を狙って当てても一瞬怯ませる程度の効力しかなかったことを考えると、クイックスキル類も費用対効果はあまり良いとは言えない。通常の斬撃も交えた小刻みな連撃で押し切るには、ドラゴン側のノックバック耐性が大きな壁となる。
シンプルにタフ過ぎる。
今までに経験してきた所謂「硬い敵」とは一線を画する一個体としての頑強さに、二人の額をより一層の汗が濡らす。
「正面からだとぉっ、全然ダメージ、ぃっ……!通らないねぇーっ……!」
「ねっ!横はっ、翼で――」
「――焼かれるーっ」
「懐はっ――」
「――踏まれるーっ」
「後ろはっ――」
「尻尾怖ぁ、いぃーっ!」
龍の頭を間に挟んで、躱しいなし申し訳程度の反撃も加えつつ、そんなやり取りを交わすミツとハナ。両サイドからの大声に苛立ちを募らせているのか、『焔翼龍』の威嚇めいた低い唸りが時折混じっていた。
「一応っ、『双刃相閃』ならっ……とぉっ……通るかもしれな、いっ……けどぉっ!」
「うんっ、でー……もっ、倒し切れるかという……とぉっ!?」
似たような思考回路から同じような糸口を見出す二人だが、同時に、それだけでは厳しいだろうという予見までもが脳裏で揃ってしまう。
二刀を有するミツの高火力スキル『双刃相閃』で以ってすれば、確かにこの炎のドラゴンの鱗を突破することはできるかもしれない。しかしそれでも、相当上手くヒットさせなければ、HPを削り切るには至らないだろう。
更に言うならばこのスキルの制約として、近接系の中では長めの詠唱が完了するまでの間、ミツは攻撃も防御も回避もままならない無防備な状態になってしまう。龍種の間近でそんな隙を晒して、盾を失ったハナ一人で守り切れる確証はない。
「あっつっ……!」
「うをぁーっ!?」
とはいえ、こうやって近接戦を挑んでいるだけでも、両翼や掠めて行った牙に纏った炎の余波で、じわじわとHPが削られていくのだから。何かしらで以って現状を打破しなければ、このままではジリ貧の末に敗れてしまう。
やはりリスクを承知で『双刃相閃』を使い、何としてでも頭部ないし首にヒットさせて逆転勝利を狙うべきか。
実のところそう多いわけでもないスキルを洗い出しながら、勝ち筋を手繰ろうとする二人。まだ少しの逡巡を抱えつつも、やはり『双刃相閃』かと、ミツが覚悟を決めようとしたその瞬間。僅かに生まれた意識の空白を狙うかのように、彼女の足元で異変が起きる。
「――っ!」
目の前のドラゴンが何かした様子もなく。ただ、地面を覆う黒炭や灰までもが害意を向けてきたかのように。足元に転がっていた炭化した倒木が、何かの弾みに先端を跳ね上がらせ、ミツへと襲い掛かった。
「――え、ちょっ、なにぃっ!?」
下から突き刺すように伸びてきたそれを辛うじて躱すも、完全に避け切れなかった彼女の右腕を枝の一端が掠めていく。意識外からの攻撃は手に持っていた『五閃七突』を捉え、そのままはるか後方へと弾き飛ばしていった。
「うそぉっ!?」
「大丈夫!?」
「だいじょばないかもっ!!」
二人にしてみれば、まさに青天の霹靂。運悪く、としか言いようのない事象。突如として武器が一つ減り、またそれは、逆転の可能性を秘めていた双剣スキルの使用を封じられたことを意味しており。
「「……どーしよっ……!!」」
嘆きの叫びは、悲しいくらいにぴったりと揃っていた。
慌ててハナがヘイトを稼ぎ、即座に態勢を整えたミツが、再び反対側から切り付けてすぐさま負担を分散させる。その間にも二人の思考回路は、動揺を動力にめまぐるしく回転していた。
(や、やっぱりもう……お腹を狙いまくる……?)
(潜り込んで切って『加速』で逃げる、を繰り返して……いや、でもっ……!)
ここからチクチクとヒット&アウェイ戦法を取るには、残りのHPが少な過ぎる。熱波の影響によりミツのHPは残り三割ほど、ハナに至っては二割と少しというところまで追い込まれており。それを知ってか知らずか、『焔翼龍』の気勢もますます荒く攻撃的に、回復アイテムを使うこと自体が隙を晒すことになりかねない状況。
たった一度有効打を貰っただけで、気が付けば敗色濃厚になっている現状に、まさしく身を以って龍種の恐ろしさを知った二人。
……それでもなお、勝機を求め考えを巡らせる辺り、相当な負けず嫌いであることが窺えるのだが。
「何かっ、何かない!?効きそうなスキルとか!!」
「うぇ~っ……!何か、最近覚えたけど忘れてる超強いスキルとかぁ……!」
「最後に覚えたのは『光盾』!」
「だめだぁっ!」
スタンピング――爆炎を伴わない通常のもの――を数歩引いて躱し、ミツへの噛み付きを毛先を少し焼かれながらも凌ぎ、ハナが反対から頭の付け根を狙って振り下ろした『比翼』も、鱗を断ち切るには至らず。
タイムリミットのように目減りするHPを意識しながら、二人して何とか光明を見出そうとする。
何かないか。
自分たちが忘れているだけで、この場をひっくり返せる可能性を秘めた都合の良いスキルなどが。いや、そんなものが有ったらハーちゃんが忘れるわけないでしょと、分かり切った帰結に至りながら各々が身を守るために、『比翼』と『連理』を振るい――
「「――あっ」」
その刀身の輝きから、つい先ほどの記憶が思い起こされる。
煌々と照る『焔翼龍』の姿が、烈火の如く怒りを露わにしていた、鍛冶師の姿を呼び覚ます。
一旦置いておこう。
そうしよーそうしよー。
自分たちが放った言葉はつまり、そのスキルをまだ試してすらいないことの表れ。使うことを想定せず、また自分たち自身が覚えたものでもない為、今の今まで忘却していたソレが。唯一の『通じるか通じないかすら予測できないモノ』として、二人の意識の上に昇ってくる。
――ようやく思い出したか。
そう言わんばかりに、いや、最初からその存在を主張していたかのように。二人の握るふうふ剣は戦いの最中も、ずっと褪せること無い輝きを放っていた。
「「……よしっ」」
そも、今日ここに来た目的は何だったか。
そう、この新装備『比翼』『連理』の試運転である。
なればこそ。
製作者をして死にスキルと称したこれを。
発動条件も、その末にある委細不明な『阻まれない』とやらを。
どうせなら試してやろうじゃないか、と。
二振りの、一縷の望みを――やけくそとも呼べるモノを――強く握り直し、二人の顔に笑顔が戻る。本能に根ざした、狩る側としての獰猛な笑みが。
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次回更新は12月20日(火)12時を予定しています。
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