303 P-果敢なバディ
飛翔からそのまま逃走するのではないかという――かなり上から目線な――懸念を抱くハナとミツ。しかし『焔翼龍』は、そんなもの杞憂とばかりに高低入り混じった咆哮を上げた。
「――――ッッッッ!!」
途端、翼に纏っていた炎の勢いが劇的に強まる。その羽ばたきによって生じる風は熱風を超え、明確に炎を伴った赤き旋風へ。
「あっ――」
「――つぅぃっ!?」
まるで炙るように、竜巻状に調整された風と炎の猛威が二人を取り囲む。熱量自体は先のブレスほどではないようだが……しかしその場で耐えているだけで、HPはじりじりと減っていく。文字通り熱の籠った暴風の壁に、息苦しさすら覚えるほど。
(とりあえずーっ……)
(……脱出、だけど……)
当然、ミツたちとしてもいつまでもここに留まっているわけには行かない。目配せで意思の疎通を図りながら、しかしさてどこへ逃げたものかと考える。前後左右に抜けるには灼風の壁は厚く、また上から睨みを聞かせている『焔翼龍』が即座に追撃を仕掛けてくるだろう。
で、あるならば。
((――上っ!))
逃げではなく攻め。
ほんの僅かに手が届かないのであれば、その分をスキルで埋めてしまえば良い。
「『跳躍』っ」
極めてシンプルかつ軽度な跳躍の呪文が、一切の助走無しにミツの身体を跳ね上げる。飛翔するモンスターへの対策としては不十分な、けれどもこの一瞬、直上に留まる龍に手をかけるには十分なクイックスキル。
『五閃七突』を収納し空いた右手で、ミツは『焔翼龍』の左足に飛び掛かった。
「捕まえたぁっ!」
勢いそのまま、左手の『連理』を足の腱の辺りへ突き立てる。
「――――ッッッ!?!?」
上がる苦悶の咆哮と共に、風と熱の勢いが弱まり。機を逃すはずもなく直下から抜け出したハナの指先が、『焔翼龍』の顎の下へと向けられる。
「『閃光』っ!」
短い――とはいえこの瞬間には十分な――射程の光線が、一切のディレイ無しに焔翼龍の顎の下を焼いた。
「――――ッッ!?!?!?」
流石に龍種の強靭な皮膚を貫くことはできなかったものの……まさかこの状況から攻撃を仕掛けてくるとは思ってもみなかったのか、『焔翼龍』はダメージ以上の驚愕を受けている様子。
ひとまず脚に引っ付いている方をどうにかしようと、痛みに頭を振りながら勢い良く再着地を試みる。
「うぉっとぉ――」
地面と挟まれる寸でのところで剣を抜き飛び退いたミツだったが、着地した先では既に、その隙を狙った尾の一撃が待ち構えていた。頑強な鱗に覆われた太い尻尾が、彼女の胴へと横薙ぎに叩きつけられる。
「い゛っ!?」
辛うじて『連理』を立てて構え、防御の姿勢を取ることはできた。しかし純粋な質量の差から、その場で受け止めるなど出来ようはずもなく。
「ミツっ!!」
叫ぶハナから見て、『焔翼龍』を挟んだ遥か後方へと、ミツは勢い良く吹き飛ばされていった。
(うえぇ、良くないなぁ良くないよ)
尾の一撃自体はそこまで強力なものでも無く、武具の性能もあってそのダメージはHPの三割ほどを削るに留まっている。逆に言えば、ちょっとした反撃程度でこの威力という話でもあるのだが……何より問題なのは、ミツが戦線に復帰するまでの僅かな時間、ハナが一人でこの焔の龍を相手取らねばならないという事で。
「――うをぁっ!?」
案の定、攻勢に転じ思いっきり噛み付いてきた巨大な顎を、バックステップで回避する。鼻先を炎を纏った牙が通り過ぎていき、熱波を前にして背中に冷や汗が流れるハナ。
一瞬、距離を取ろうかとも考えるが……それこそ敵の有利な間合いになってしまうし、何よりミツとさらに離れてしまう。であれば結局のところ、取るべき行動は一つだけ。
(ミツっ、早く来て――!)
その場に留まり、『焔翼龍』の注意を引く。剣を振ればその顔に届くほどの距離で、牙や前脚による攻撃を回避しながらミツを待つ。
「ぐっ……『破刃』!」
どうしても回避の難しい攻撃は、スキルでどうにか相殺する。
破砕の力を高めた『比翼』の刀身で、右側面から迫る巨大な爪を弾き返した。その反動のまま左に二歩踏み込んで、続けざまの噛み付きを何とか回避。掠めて行った灼熱の牙が、HPをじりじりと削る。
「――――ッッッッ!!!」
直後、焦れたような叫びと共に焔翼龍が上半身を仰け反らせる。ひと際大きく分かりやすいモーションから予見されるのは、両前脚を使った大胆な踏み付けだろうか。
威力は高かろうが回避は容易。着地の瞬間にジャンプすれば地面の振動による硬直も防げる。そう考えて三歩引き、タイミングを合わせて地を蹴って――その最中ハナの目には、ひと際煌々と輝く焔の両翼が映り込んでいた。
(しまっ――)
失策を悔いるよりも早く。
『焔翼龍』の前脚が地を揺らすと同時、強烈な爆炎が下から上へと襲い掛かる。ブレス等と比べれば範囲はごく短く、龍の身体の一回り周辺といった程度。
当然、目の前にいたハナは直撃を貰う。
それでもなお盾での防御が間に合ったのは、その類稀なる戦闘センスが故。しかし地に足を付けていなかった為に踏ん張りは効かず、彼女の身体はダメージと共に斜め上空へと吹き飛ばされた。
(やっ……ばいかもっ!)
爆炎だけでHPは四割以上減らされ、これまでの熱ダメージの蓄積と合わさって、その残りは三割強といったところ。更には、身動きの取れない中空にあって、眼前のドラゴンはしかとこちらを睨みつけている。
あちらも、熱の放出を伴う攻撃によって一瞬の硬直が生まれてはいる。とはいえこの状況、ハナ自身には盾を翳して構えるくらいしかできる事は無く。次に強力な一撃が来れば、そんなものはお構いなしに焼き尽くされてしまうだろう。
「――『風刃』っ!!」
なればこそ。
戦線に復帰したミツが、地を焼く残り火ごと払うように風の刃を振りかざす。
「――――ッッ!?」
先程『連理』を突き刺された右脚の腱に、再びスキルによる不可視の攻撃が直撃した。思わず姿勢を崩した『焔翼龍』の後方、先の仕返しとばかりに、垂れる尾に足を掛け、一足に駆け上っていくミツ。
尾から背中へと踏み進むブーツの裏から、背面の鱗の硬さが伺える。
「わたしの嫁にぃ――」
不届き者に気付き体を揺するドラゴンだが、振動も両翼による熱気もものともせず、ミツは勢いそのまま突っ走る。翼の付け根を足場に跳躍、未だ振り向くに至らないその刺々しい頭部へと、両手で握った『連理』を直上から突き立て――
「――なにすんじゃぁー!!」
がきぃんっ!
「あれぇ!?」
――突き立てられなかった。
重要部位を守るべく発達した頭部の鱗は、如何な白銀製とは言えど何の補正も乗っていない剣が突き立つほど柔くはなく。これいける流れだと思ったんだけどなぁ……と哀愁を漂わせるミツの身体は、勢いを失いそのまま龍の首の上へと着地した。
無論、彼女が竜騎兵の夢を見られたのはほんの一瞬のこと。
「――――ッッッ!!!」
「おわぁっ!?」
人を乗せるなど容認するはずもない『焔翼龍』のがむしゃらな暴れっぷりに、ミツの身体は容易に振り落とされてしまう。
「――ほっ」
「――よっ」
流石に尻餅を付くような無様は見せず何とか着地。
結局ダメージはさほど与えられなかったが、こうして時間を稼いだお陰で、同時にハナの方も何とか地に足を付けることができた。
「――――ッッ!!!」
並び立つミツとハナ、正面から相対する焔の龍。
構図としては振り出しに戻ったようにも見えるが、二人のHPはどちらも残り少なく、『焔翼龍』の闘志は益々燃え滾っているような状況。
(ドラゴンってやっぱ)
(強いんだねぇ……)
周囲は振り撒かれた炎で更に熱気を増しており。陽炎すら揺らめく視界の中で、ハナとミツはさてどうしたものかと攻めあぐねていた。
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次回更新は12月13日(火)12時を予定しています。
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