302 P-炎のエネミー
確かにそこは、熱帯林だったはずなのだ。
ぬかるんだ草原から連なる、高温多湿な木々の群れ。人を食ったような巨大フラワーも、奇声を上げる極彩色の巨鳥も、いかにもファンタジーな熱帯気候を好みそうなモンスター群で。
人間サイズでやたら好戦的なアリの一群を退けた時にも、明らかに妙な皮膚毒を持っていたであろう六本足のトカゲもどきを三枚に下ろした時も、このエリアの生態としてはまぁ、こんなものだろうと。
『比翼』と『連理』の切れ味を堪能しつつ、ハナミツ両名共余裕綽々といった塩梅。
だからこそ、異様な焦げ臭さと共に、林に籠る熱気の質が変わったとき。ある一定の区域に入った途端に、カラリと乾き切った熱さが肌を炙り始めたとき。
二人は『何かが居る』と勘付いた。
植生が変わったわけではない。
ただ、その全てが焼き尽くされているだけ。いつか見た枯れ木佇む沼地とは真逆の、全てを焔に呑み込まれ炭と化した末の灰色。
見上げるほどの常緑樹たちも、傘代わりになりそうなほど大きな葉を広げる多年草も、触れれば肌が切れそうなほどに攻撃的なシダ植物共も。三歩下がれば変わらずそこにいる何もかもが、その区域内では焼け落ちていた。
「……炎のモンスター?」
「に、してもー……」
ブーツで踏んだ石ころすらも焦げ付いている。まだ僅かに残り火を灯す、ほんのりと赤い木々の成れ果てが、まるで彼女らに警告するかのように佇んでおり。炎を繰るといえども並みのものではない――超常的な何某かの気配に、二人の表情も引き締まる。
そしてまた、その元凶たる存在も。自らが焼き均したテリトリーへの侵入者を感知し、すぐさまその姿を現した。
「――――ッッッ!!!!」
それだけで音波攻撃と紛うような咆哮と共に、空より降り立つ燃え盛る巨躯。誰に言われるまでもなく、一目で分かる暴威の化身。四つ脚に大翼、尻尾にカギ爪、赤い鱗と焔がその身を覆う、トカゲと言うにはあまりにも圧倒的な威圧感。
サービス開始から4年ほどが経過したこの[HALLO WORLD]において、天人種という例外を除いては最も強大なエネミーとして知られる存在。そんな野生種の中でも飛び抜けたモンスターの一角が、ハナとミツの目の前に立ちはだかっていた。
「――ド、ドラゴン!?ここドラゴンいるの!?」
「聞いてないよぉっ!?」
何分、龍種との直接戦闘は初めてな二人。
実のところ、確かにこのドラゴン――『焔翼龍』がこの地をテリトリーと定めたのはごくごく最近のことではあったのだが……とはいえ事前のリサーチ不足が招いたとも言える事態に、二人は興奮と動揺の入り混じった声を上げる。
「――――ッッッ!!」
呼応してか苛立ちからか『焔翼龍』の方ももう一声咆哮を放ち、次いで真逆に、大きく息を吸い込む挙動を見せた。
「「っ!」」
戦闘自体は初めてなれど、龍種の基本的な行動パターンは頭に入れていたハナとミツ。周囲の惨状からも容易に想像できる攻撃の予兆に、すぐさま行動を起こす。
三歩引けば、恐らく安全圏。
焼け野原と熱帯林がこうもはっきりと区分けされているのは、テリトリーの表明であると同時にゲームシステム的な救済措置でもある――すなわち、明確な『逃げ』が許されている可能性が高い。
そう思い至ってなお、二人は後ろではなく斜め前へと動いていた。
「――――ッッッッ!!!!」
直後、一瞬前まで彼女らがいた場所が灼熱に包まれる。丁度そこまでを射程限界として放たれた扇状の火炎放射が、揃って右前方に駆け抜けた二人を熱波に曝した。
「あっ……つぅいっ!?」
回避してもなお肌を焼く高温に、思わずミツが声を上げる。ほんの僅かにではあるが二人のHPは減少しており、その馬鹿みたいな火力に慄きながらも、しかし二対の脚は止まらない。
こういう強い敵というのは、戦ってなんぼなのだ。
戦闘狂じみた思考を知らず知らず共有しながら『比翼』『連理』を構える。
直撃を逃れた炎の勢いはすぐに止み、『焔翼龍』は向かってくる小さな存在へ目線を定める。やはりこの初撃は追い払うための警告のようなもの――そう納得できる程に、赤い瞳に宿る敵意はその勢いを増している。
「――ッ!!――ッッ!!」
ハナとミツは勿論のこと、『焔翼龍』にとってもまだ、両者の距離は少し開いている。故に、龍種として選ぶ攻撃はやはりブレスに類するものとなる。先の火炎放射とは異なる、しかしそれでも人間の身の丈ほどはある火球が、その口から連続して放たれた。
「おお~っ……おお、おぉっ!?」
「これ絶対、受けたらダメなやつっ!」
爆発音に負けじと声を張りながら左右に大きく動き回り、狙いを定めさせない二人。着弾点が焼け焦げ地が揺れるほどの火の玉など、まかり間違っても食らって良いものではない。飛んでくる炭化した瓦礫や火の粉を盾で払いながら、ハナが一歩先導する形で歩を進めていく。
そも、龍種のブレスなど大抵が一撃必殺に等しいとされているのだから。ガチガチのタンク職という訳でもなければ、まさに二人のように避けながら攻撃の糸口を探すのがセオリーではある。それを臆せず実行できるかどうかは別として。
「――ッッ!!」
そうして、都合十発ほどの火球を何とか凌ぎ切ったハナとミツ。既に『焔翼龍』との距離は、ブレスを用いるには少々近過ぎる程度には縮まっており。こうなれば後は近距離戦――に、持ち込めるかどうかといったところなのだが。
(……飛んで逃げる……とかはしないんだね)
(ねー)
内心危惧していた厄介な回避行動が見られないことに、一瞬の目配せで疑問を呈する二人。あちらもまた臆せず戦うことがポリシーなのか、はたまたもっと合理的な理由があるのか。
まあなんにせよ、近接戦闘に特化しているハナとミツにとっては有り難い話。いよいよ向こうが踏み込んでくれば爪の先が掠めそうな距離にまで至り、ここで二人はようやくスキルを使いだす。
「「――『加速』っ」」
目測を狂わせるための、短期加速のスキル。一気に懐にまで入り込んだことにより、伸びた首の先にある龍の瞳はその姿を一瞬見失ってしまう。地に付けられたままの前脚のあいだに入り込み、他の部位よりも大きく柔らい鱗で覆われた腹部へと。
(まずは――)
素の切れ味は如何ほどに通用するのか。クイックスキルの僅かなクールタイム中に、検証も兼ねた『比翼』の袈裟切りが『焔翼龍』へ繰り出された。
「「――おぉっ」」
比較的柔らかい部位、という点を差し置いても確かに通った剣先に、小さな歓声が二つ重なり。それとほぼ同時に、続けざまの『連理』の横薙ぎが上から重ねて切傷を残す。
腹部にはっきりと刻まれたバツ印。肌で感じ取ったそれにどれほどの怒りを覚えたのか、『焔翼龍』は首を曲げて懐を覗き込みながら、前脚をがむしゃらに振り回し始めた。
「っととぉ」
さらに奥へと踏み込み、カギ爪から逃れるミツ。次の一撃をハナが盾による受け流しスキルで凌ぎ、そのまま前脚の届かないところから反撃――
「うわっ!」
――と行く前に、『焔翼龍』は大きく翼を羽ばたかせた。重量巨躯をほんの二度の羽ばたきで浮かび上がらせるその力。発生した暴風に抑え込まれ、ミツとハナはその場で身を屈めるしかない。
僅か数秒の内に、絶妙に手の届かない位置まで上昇した焔の龍は、そのままホバリングするようにその場で羽ばたき続け、風圧で二人を抑え込んでいる。
(このまま逃げられるのは、やだねぇ……!)
(だね……!)
まあ当の本人たちは、この不利な状況ですらこんなことを考えていたのだが。
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次回更新は12月6日(火)12時を予定しています。
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