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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
冬 百合乃婦妻と冬遊び
301/326

301 P-変わったエリア

 機嫌良くヘファの工房を出たハナとミツは、そのまま都市間ポータルで『フリアステム』も飛び出し。遠く離れた土地の大熱帯林へと向かっていた。


「ここに来るのも久しぶりだねぇー」


「だいぶ変わっちゃってるし」


 近場の都市から、沼地……というには緑の多い豊かな大地を歩いていく。視線の先にある茂りに茂った熱帯林を見るのは初めてだが、しかし二人は確かに過去、この土地を訪れていた。


「あんなに枯れ果ててたのに」


「時にチカラは偉大だぁ」


 かつてアイザと、それからまだ名もなき天人種だったシンに出会った枯れ木林。それが沼地に変わり、やがてまた緑が芽吹き、そして湿気はそのままに森林へと蘇った姿こそが、今二人の眼前にあるものの正体。


 『セカイ日時計(CLOCK)』によって変遷した自然環境が、久方ぶりに足を運んだ二人の少女を、まるで異なる顔で以って出迎えていた。


「でも、ちょっと蒸し暑過ぎる」


「うん、湿気すごい」


 最も、どちらがプレイヤー(にんげん)にとって快適な気候であったかは、比べるべくも無いだろうが。


 しかし、感嘆半分愚痴半分な自然への感想など、今の二人にはそう長く続く話題でもない。その代わりに道すがら咲かせる雑談は、もっぱら自分たちの今後のことについてであった。


「――結婚式、楽しみだねぇ」


「ね」


 両親や仲の良い友人たちを呼んで、こじんまりとしたものを。そう考え幾人かに声をかけた最大のお楽しみが、二人の頭の大半を占めている。


 準備やスケジュールのすり合わせなど、諸々も都合で少しだけ間が開いてはしまうが。それは実際の日数というよりも、待ち遠しいという気持ちが時間を長く感じさせているだけであり。何ならこのじれったいような感覚さえも、二人にとっては愛おしい。

 一日平均十回ほどは「楽しみだね」「ねぇ」的なやり取りをしている辺り、相当な浮かれ具合である。道行く足取りも、るんたったるんたったと聞こえてくるほどに。湿気った地面の感触などものともせず、二足のブーツが軽やかに道を拓いていく。


「――あ、そういえば」


「ん~?」


 さらにさらに、そんな目下最大のイベント以外にも。その先にすら楽しみを見出しているのが今の二人。


「新居とか欲しくない?」


「ほしい」


 そういえばという言葉の裏で実は口にするタイミングを見計らっていたハナ、漠然とではあるが結婚後の生活をイメージしていたミツ。足は止めないまま、顔を見合わせて頷き合う。


 今現在『フリアステム』で間借りしている小さな共有ルームも、勿論悪くは無いのだが。折角、『ふうふ』になるのだから。こう、借家ではない自分たちの家を持ちたいと考えるのも、そうおかしなことではないだろう。


「となると、お金がいるね」


「ねぇー」


 かの街は、全てのプレイヤーの初期スポーン地点――つまり人気の高い都市である。当然ながらそこに一軒家を立てるとなれば、相応の資金は必要になってくる。


「部屋の大きさとかは、今のところと同じくらいで良いかな」


「うん。あ、でもー」


「なになに」


「撮影スペースとかがあったら、楽しいかもねぇ」


「……確かに」


 ふと口にしたミツの言葉に、ハナも思案し頷いて見せる。


 数年前に入手して以降、人目に付く場所への持ち出しを禁止されている『全能の百腕(ヘカトンケイル)』は専らマイルーム内でのみの使用に留まっていた。折角の超高性能撮影特化アイテムも、これでは半ば宝の持ち腐れのようなもの。折角新居を構えるのなら、アレを活かせるような空間もあったって良いのではないか。

 そう思えば、色々と案も湧いてくる。


「そしたら、背景を色々弄れる感じがいいかな?」


「おぉ、部屋全体をホロスクリーンにするとか~?」


「良いね」


「よきよき。小道具とかも置きたいよねぇ」


「椅子。椅子は絶対いる」


 メインの部屋そっちのけで、撮影室の話で盛り上がることしばし。元より生活空間はワンルームで良いかと考えていたので、後回しになってしまうのも致し方無いことか。


「……や、そっちも大事なんだけど。メインの部屋のことも決めないと」


「……そうだったぁ」


 どうやら、話題が返ってきたらしい。返ってきたというよりも、あちらこちらを行ったり来たりしているようなものではあったが。

 やはり二人共、どこか浮足立っているような感覚があるようで。話しながらも足取りは軽く、それに合わせて口も軽やかに、顔には終始笑みが浮かんだまま。


「テーブル」


「お客さん来るかもだしー……四人がけ?六人がけ?」


「おっきい方が何かと便利……なのかな」


「じゃあ、ソファはー?」


「二人がけ」


「だねー」


「「あとは……」」


 数秒の黙考。


((ベッド、とか……?))


 少々口にするのが憚られ……いやさ、ベッド自体はただの家具に過ぎないのだが。新婚婦婦の新居にとなれば、まあ色々と妄想も膨らんでしまうモノである。二人共、そういうお年頃なのだし。

 勿論[HALLO WORLD]は健全なゲームであるからして、結婚して一つ屋根の下に住んで同衾したとして、それで何がどうというわけでもない。完全に気持ちの問題である。


(……ま、まあこれも追々決めるとして)


(別に、マイルームにベッドがあるのは変な話じゃないしー……)


 お互い黙りこくったまま、しかし会話の流れや相手の雰囲気から、何となしに考えていることも察せられるというもの。気恥ずかしさにはにかみつつ、一先ず口には出さず仕舞いに。


「……とにかく、お金がいるね」


「そうだねぇ」


 代わりにこくりと頷き合うのは、先にも出た世の真理についてであった。何はともあれ金である。


 例えば山分けにしたバディカップの賞金などは、相応の額が結婚式の費用に充てられている。それでもまあ、普段から散財する方でもないし、今からでも工面すること自体はそう難しく無いだろう。


「じゃあ、いっぱい狩って」


「いっぱい売って」


「「稼ぐっ」」


 モンスターを狩りまくってしまえば――などと物騒な、しかしこのセカイでは極めて一般的な思考によって、二人の足は更に軽やかに進んでいく。


 新装備の試し切りも兼ねて、目的が明確に定まった。

 丁度良い塩梅に、熱帯林の目の前に辿り着いている。鬱蒼とした木々の奥からは、既にギャーだのキエーだのキョッキョッキョッキョッ……だの、得体の知れない鳴き声が胡乱な合唱を奏でている。


 きっと妙ちきりんなモンスターだらけ、つまり売れそうな素材がごろごろ転がっているのだろう。などと深まる二人の笑みは、先程までの可愛らしいものから、獲物を狩る獰猛な獣めいたそれへと変わっていた。


「よぉし」


「狩るぞーっ」


 声音だけは、遠足にでも行くかのような気軽さで。

 研ぎ澄まされた二振りの白銀剣をそれぞれ握り。

 

 先に待ち受けるものなど、まだ何も知らない少女たちが、そこに足を踏み入れる。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回更新は11月29日(火)12時を予定しています。

 よろしければ、また読みに来て頂けると嬉しいです。

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