300 P-妙なスキル
「――できたわよ!!!!!!!!!!!!!」
完成報告……という割には何故だかキレ気味な声音が、応接間に木霊する。叫んでいるのがこの工房の主――ヘファなのだから、まあ、咎められる者など誰もいないのだが。
新装備の完成を知らされて行ってみれば、どうしてか店主がキレ散らかしていた……などという状況に、とんと心当たりのないハナとミツはただ首を傾げざるを得ない。
「「どしたの」」
「どうしたもこうしたも……何なのよこのトンチキな素材はっ!」
素材、と言いながらもテーブルに置かれているのは、既に完成済みの二振りの長剣。鏡写しのように対を成す双剣として作った……というよりも、その性質故に双剣にならざるを得なかった白銀の剣たち。ヘファの憤りの目は、その柄の先に取り付けられた宝玉のようなモノに向いていた。
「あの女、どういう育成の仕方してるわけ!?」
あの女とは言うまでも無く、最近二人のアンチから信者へと転身したばかりの要注意人物、エイトを指しており。双剣『比翼』『連理』を彩る、太陰図の如く蒼碧合わさった宝玉こそ、彼女のテイムモンスター『ヒヨク』『レンリ』からドロップした素材であった。
「どう……って聞かれても」
テイム済みのモンスターからも条件次第では素材が入手できる、というのが[HALLO WORLD]の基本仕様ではある。あるがしかし、流石にドロップアイテムの性能調整まで自由にできるという訳ではなく。『ヒヨク』『レンリ』から得られた素材の文句をエイトに向けるのも、あまり建設的とは言い難いのだが……
「何でこんなピーキーなスキルが生えてくるのよっ!!」
「どうどう」
「落ち着いてー」
そんな理屈で納得できるなら、最初から彼女は偏屈な鍛冶屋になどなっていない。
「まったく、折角のめでたい代物に……!」
ソファにどかっと座り込み、腕組み足組み憤る。
ヘファが声を荒げているのはひとえに、この『比翼』と『連理』が二人の結婚を祝して制作した記念すべき装備だからであった。
第二回バディカップ優勝→『レンリ』戦→プロポーズという一連の流れを経て結婚しようとなったのがつい先日の話。結婚式を執り行うその前に、まずは二人の友人 兼 後見人(自称)として結婚祝いを贈らねばならないと、ヘファが奮い立ったのも当然と言えば当然のことか。勿論、祝いの品一番乗りウーマンになりたかったという感情も過分にある。
ハナ・ミツとしては結婚指輪の制作を依頼した時点で十分だったのだが、ヘファの方が「指輪と結婚祝いは別でしょ」と頑として譲らず。そのまま畳みかけるように「バディカップの優勝賞品、一等級鋼材も持て余してたし」「アンタらレベルの廃人が、いつまで経っても無銘の長剣なんて振り回してちゃ恰好が付かないし」とか何とか理由を並べられてしまえば、その熱意に押されて頷いてしまうのも致し方ないことであった。嬉しいことには、違いないのだし。
そこに、結果的には結婚の立役者と言えなくもないエイトも「ではゲン担ぎという事で、『ヒヨク』と『レンリ』の素材も是非ご活用下さい」などと口添えしてきたのが、まさかこんな事態を引き起こしてしまおうとは。
ヘファの中ではこの時点で、エイトの評価が『元アンチ現厄介信者』から『マジで碌なことしない超厄介信者』にランクアップしていた。ダウンかもしれない。
なおその超厄介信者、今は立ち上げた新興宗教の勢力を拡大すべく、ちょっと引くほどの熱意で教えを広めまくっている。本当に元陰キャだったのかと疑ってしまうほどの謎の求心力でどんどんと人を集めており、その手腕とアレな言動で、本人の知名度も鰻登りに高まっている現状。
あんな女が式の牧師ポジを務めることに、正直なところヘファは今から全力で反対したい気分であった。
しかしそんな自称後見人の内心など露知らず、ハナとミツは『比翼』と『連理』を手に取り無邪気に喜んでいる。二人掛けのソファから立ち上がり、肩を寄せ合ってその曇りなき両刃を立てて持つ。
「――や、ほら。白銀の剣って時点でかなり強そうだし」
「デザインもすっごくいい感じー。わたしたちは文句なしだよぉ」
片翼を模した鍔と、柄から伸び翼に絡みつく蔦のような装飾。二刀並べてみて見れば、翼はそれぞれ左右に伸びて、ふうふ鳥として完成するようなデザイン。そこに、それぞれ半分に割ってくっ付けた――とてもそうしたとは思えないほど完璧な球を成す――蒼と碧の装飾物。
二人にしてみれば、文句のつけようなどあろうはずもない。
「そりゃ、見た目は良いけど……」
一等鋼材、白銀による強度と軽量さ、勿論のこと切れ味も申し分ないレベルなのだが。そう言った基礎性能の方ではなく銘を頂くモンスターの素材によって発現した妙なスキルの方に、ヘファのヘイトは向かっている。
まず以って難解な発動条件、そしてそれを満たした末の能力は、ただ『阻まれない』などと言う委細不明なもの。説明するのも馬鹿馬鹿しいとばかりに、鍛冶師は肩を怒らせていた。
「確かに、難しいこと書いててよく分からないではある」
「えっと……同時に?等速で?点対称に?剣を振る……って、言われてもねぇー」
こうかこうかと二人して軽く剣を振ってはみるものの、いまいちぴんと来ない。しかも仮に発動できたとして、SPを大量消費する上にステータス大幅低下&スキル使用禁止のデバフまでかかるというのであれば――
「――まあ、このスキルは一旦置いておこう」
「そうしよーそうしよー」
どちらにせよ、クイックスキルを小刻みかつ交互に連打する自身らの戦闘スタイルとは噛み合わない。そう結論付け、シンプルに高性能な長剣としての運用を考える二人。元より武具としてのオーダーもそうだったのだから、不都合など無いと言えば無い。
「死にスキルってのが嫌いなのよっ、アタシは……!」
まず、使えないスキルが生えていることそのものに納得が行っていない。そんなヘファにしてみれば、出来ることなら作り直したいほどなのだが……白銀は貴重な素材。流石にもう二振り打てるほどは、ハナもミツも余らせていない。
だからこそこうして泣く泣く……というには怒気多めに、二人に渡す羽目になってしまった。
「とりあえず、試し切りしてくるねぇ」
「よく切れそうだし、そんなに気を落とさないで」
今一度礼を告げミツが『連理』を、ハナが『比翼』を、それぞれストレージにしまう二人。もうすぐこのストレージも共有のものになると思えば、何かを出し入れするだけど楽しい気分になってくる。
本人らは気付いていないが、笑みを向け合うハナとミツの姿がなければ、ヘファは更に不機嫌さを噴出していただろう。
「じゃあ明日、使い心地を伝えに来るから」
「もしかしたら、微調整お願いするかもー」
「……ええ、アフターケアも万全よ」
そのままるんたったと上機嫌に、ハナとミツは工房を後にする。折角だし、今日は少し遠出してみようかなんて思いながら。
(素材の質は間違いなく高いはずなのに……なんっでこんな訳分かんないことに……)
今にもぐぬぬと聞こえてきそうな顔で、二人を見送るしかないヘファ。
実のところ、自身にすら御しきれない素材を(偶発的にとはいえ)生成せしめたエイトへの対抗心も怒りの原動力だったりするのだが。そんなこと、素直に口にできるはずもなかった。
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次回更新は11月22日(火)12時を予定しています。
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