30 R-ハダカのお付き合い
少しずつ暑さが近づいてきた頃。
真夏というにはまだ早く、けれども確かに、日差しは夏の色を帯び始めているような。
そんなある日の、放課後の出来事。
「うぅ~、結構濡れちゃったねぇ」
「……そう、だね」
学校からの帰り道、予報に無かったにわか雨に打たれ、蜜実と華花は制服に雨水の重みを感じながら、自室の玄関へと辿り着いた。
いかに科学技術が発展しようとも、自然現象を完璧に把握することなど人類には到底出来るはずもなく。天気予報の精度は年々限りなく高くなるものの、決して的中率100%には至らない。例えば今日この日のように。
「風邪引いちゃうといけないから、先お風呂入っちゃってー」
二人とも、服の端からとめどなく滴り落ちるほど……ではないにしろ、かと言って流石にタオルで拭いてはいお終い、で済むようなレベルでもなく。蜜実は気を使って、華花を先に風呂に入れようとするのだが。
「……」
当の華花は、なにやら思い詰めたような面持ちで、蜜実の方を見ていた。
……といってもまあ、目線は所在無さげにあちらこちらを行き来していたのだが。
「……華花ちゃん?どうかしたー?」
透けたりこそしてはいないものの、その白い肌に制服が張り付き、時折水滴が流れ落ちていく様は、華花にとっては多分に刺激的であった。
(……今日こそ、今こそ絶好のチャンス……)
とは言え、彼女が今脳内で思い描いていることは、その光景以上にセンシティブでデンジャラスでドリーミングなサムシングであり。眼前のセクシーな恋人の姿にただ慄いているだけでは駄目なのである。
「華花ちゃーん?大丈夫?」
華花の何やらただならぬ様子に蜜実は、もしや雨に打たれて体調でも崩したのかと心配になり始め、彼女の顔の前でひらひらと手を振って見せた。
(……言え、私……!言うの……!)
揺れる細指、その振り子のような動きに導かれるようにして、華花は遂に、その言葉を絞り出す。
「……あの!」
「なぁに?気分悪い?」
「お、お風呂!その、い、い、一緒に、入らない……?」
「…………わぁ」
◆ ◆ ◆
決して広くはないものの、二人で入浴する分にはそこまでぎゅうぎゅうという感じでもない。そんなお風呂場。
タオルを巻いてーだの、水着を着てーだの、ましてや都合悪く湯煙で見えないーだの。そんな無粋など、勿論あるはずもなく。
「…………」
「…………」
華花と蜜実は、一糸纏わぬ生まれたままの姿で、向かい合っていた。
――二人はこれまで、一度も互いの裸を見たことがなかった。
お風呂も別。着替えも別。
褥を共にし、唇で触れ合うような間柄でありながら、気恥ずかしさと踏ん切りの付かなさと、どこかタイミングを失ってしまったような日々の流れが、二人に今一歩踏み出すのを躊躇わせていた。
その暗黙の不可侵が、今日この時を持って遂に破られたのである。華花の、勢いに任せたやけっぱちの発言によって。
「…………」
「…………」
勢い良く水を出すシャワー、タイルに跳ねる水音。その全てを掻き消すほどに、二人の心臓がばっくんばっくんと存在を主張する。
「……、……」
あまりにも美しく、可愛らしく、そして淫靡な蜜実の肢体に、華花の視線は釘付けになってしまっていた。
白く、シミ一つない肌。たおやかな曲線の集合体として完成されているシルエット。小柄ながらも、出るところはしっかりと出ているその様が、どこかアンバランスな、危うい色気を醸し出していて。
知っているはずだった、服越しに、幾度となく触れたことだってあったそのカラダは、けれども知っている以上の本能的欲求を、華花の心臓を通して、体中に送り込んできた。
「……もう、華花ちゃん。じーっと見過ぎ」
「え、あ、あ、その、ごめんっ」
窘めるようなその声に、華花はびくりと肩をすくめ、視線を右往左往させてしまう。しかし言葉とは裏腹に、蜜実の声音と視線には、悦びと期待と、それから少しのいたずらごころが。
「ううん、いいよ……いっぱい見て?」
顔を赤らめ、はにかむように笑うその姿は、けれども同時に、華花を淫らに誘う、魔性の微笑みにも見えてしまう。
「そのかわり、わたしも華花ちゃんのこと、いーっぱい見ちゃうね」
宣言通り、過分に熱を帯びた視線で、蜜実は華花の身体を見つめ返す。
すらりと伸びた体躯に、それに見合った引き締まった手足。自身と比べて起伏の緩やかな胸の双丘も、射竦められ羞恥に潤む表情も、その奥で震え脈打つ心臓も。蜜実にとってはその全てが、何にも代えがたいほどに愛おしく、いやらしく、今すぐにでも自分だけのものにしてしまいたいと、そんな情動を疼かせてやまない劇薬だった。
「……、ぁ、うぅ……」
見つめられている。いや、視線で愛されている。
それを知覚した華花に、これまで以上の途方もない羞恥心が生まれる。そしてそれは同時に、ぞくぞくとした、絶えず背筋を撫でられているかのような震えをも生み出していて。
「蜜実ぃ、私、ぃ……」
そこから広がって、ずきずきと腰のあたりを苛む甘い疼きが、これ以上立っていることさえ許してはくれない。
「……座って、華花ちゃん。からだ、洗ってあげる」
腰砕けであるのを良いことに、蜜実は華花をバスチェアへと座らせた。
華花の背後で膝立ちになった蜜実は、ボディソープを手に取り軽く泡立たせる。
今、この小悪魔に主導権を握られるのはマズい。そう警鐘を鳴らしているのは最早、華花の頭の僅か片隅だけであり、身も心も頭の大部分も、蜜実に全てを委ねることこそを望んでいた。
「いくよー……」
小さな囁きと、次いで、温かな手が背中に触れる感覚。
そのまま、優しく、優しく泡を広げていく。
「――、っ、――」
とても優しい手付き、そのはずなのに。
肌が触れ合い、滑る感触が堪らない。
時折、指が立ち、うねり、その爪の先で肌を引っ掻いていく。
その感覚が、僅かな鋭い刺激と、背中越しの見えない指使いが、華花の身体をもっともっと震わせていく。
「ぁ、はぁっ、っ――」
ツーっと指を滑らせ、甘く疼く腰骨を撫でる。
ひと際大きく身を震わせた背中に、蜜実はさらに笑みを深めながら、とんとん、とまるでノックでもするかのように、腰骨を指で叩いて愛でた。
「――ぁ、ぁ、ゃっ、ぁぁっ――」
この指先で、啼かせているのだと。
誰でもない自分だけが、愛しい愛しい彼女に、こんなはしたない声を上げさせているのだと。
熱気と情欲が籠ったバスルームに、小さく、けれど確実に反響する嬌声が、蜜実にそう告げていて。
「……ねぇ、華花ちゃん」
堪らず体を揺らし、華花の耳元へと唇を寄せる。
「ほんとはね。わたしの方も、一緒にお風呂、入りたいなって思ってたんだー」
耳たぶに口づけを落としながら。
「華花ちゃんに先に入ってもらってー……後からわーって乱入してー……って」
一言一句、自分の声を全て、蕩けきった華花の脳髄に刷り込んでいくように。それと同時に、より近くなった彼女の喘ぎが、蜜実の鼓膜を一色に染め上げていく。
「びっくりさせようと思ってたんだ――」
唇だけでなく、体全体を寄せて。私たちはやっぱり、知らず知らずに以心伝心なんだって。
「――こんなふう、にぃっ……!」
疼いて疼いて仕方がない両胸を、大好きなその背中に、痛いほどに押し付ける。
「あっ、それっ、そんな、っ、んっ……!」
「はっ、はぁっ、えへ、えへへっ、ぁぅっ……!」
豊かな双丘は大きく形を歪ませ、押し潰されていく。少しでも、心臓と心臓の距離が縮まるように。
ボディーソープの粘性が、二人の肌を、ココロを、どろどろに絡ませて。
「だめっ、みつみ、みつみぃっ、っ……!」
「んっ、んっ、ねぇっ、はなか、ちゃんっ……!」
感じた。
どくんどくんって、どんどん早くなっていく、お互いの愛情を。
その心を捕らえてしまいたくて、蜜実は両腕を回し、華花を強く抱きしめる。気付けば鷲掴むようにして、そのなだらかな両胸を抱え込んでいた。
「……ぁう、んっ、んぅぅっ……!」
常ならば痛みすら伴うはずのその抱擁も、今の華花にとっては快楽と、愛情と、さらなる欲求を生む甘美な触れ合いでしかなく。
ぐりぐりと、さらに強く深く身体を押し付けるものだから、蜜実はもう抱きしめるというより、華花に覆いかぶさるような格好になっていた。
心臓と心臓に挟まれて潰れた双丘を中心に、身体はどんどん熱く火照り、電気ショックのような予兆がびりびりと全身を駆け巡っていく。それを華花にも伝播させたくて、両胸を抱きすくめる手腕はより強く。
「わたしたち、いっしょだねぇっ……!」
「……っ!うんっ、ぁっ、いっしょっ……!」
その手のひらから伝わる熱と震えが、背中を包み込む重さが、二人は今、同じなのだと如実に語っていて。
そのまま、心と心の、肌と肌の境界線は、限りなくゼロに――
「ぁぅ、あっ――!」
「あぁっ、んっ――!」
◆ ◆ ◆
……ここまでするつもりは、なかったのだけれど。
「……」
「……」
ひとしきりの熱暴走の後、我に返った二人は背中合わせで湯船に浸かっていた。
「……」
「……」
なんとなく気恥ずかしくて、顔を合わせられない。それでもお互いを感じていたくて、結果、狭いバスタブの中で背中合わせに。
もじもじと蜜実が体を揺らせば、擦れ合った背中の感触に、先ほどの情事を思い出した華花が、小さな小さな息を吐く。
「……華花ちゃんって、背中弱いの……?」
「え、や、どうなんだろう……そういう蜜実こそ、その、胸とか押し付けてきてたけど……」
「あれは、なんていうか、うん……よく分かんないや……」
((でも……気持ちよかった……))
沸き立つ湯気と本能の残滓に、二人してのぼせかけてしまっていた。
次回更新は1月25日(土)を予定しています。
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