299 V-草原に焔の龍
期間は短いとは言えど、時間は存分にある婦婦の冬休み。
リアルでは同調の検証を、ハロワの方では『白鱗の御手』の習熟を。
毎日のように励むこと早数日ほど、そろそろクリスマスも迫ってきた頃合いに、その日は訪れた。
こちらのセカイでは冬の寒さも少しずつ和らいできている頃合い。今にも偉い人が「えー、本日はお日柄も良く……」などと言いだしそうな晴れ渡る空の下、『アカデメイア』の大型モンスター用訓練スペースにて、件の二人が向かい合っている。
街のすぐ外を模した青々とした草原に立つ、片や広まりつつある二つの名の通り、勇者然とした装備に身を包む少女、フレア。対するは、いつも通り表面上は敬虔な修道女めいた長身の女性、エイト。
既に観戦スペースには、ノーラ、リンカ、白ウサちゃんにハナとミツ、更には婦婦が連れてきたヘファまでが集まり二人の様子を窺っていた。
エイトとフレアの決戦……というか、やはりフレアの側からしてみれば、当たり屋に絡まれた感が否めない一戦。『一心教』教祖にとっては不届き者を誅する大義ある戦いだが、難癖を付けられたに等しいフレアがなぜそれを受け入れたのか、婦婦にとっては割と謎であった。
それこそ、今日に至るまでの委細は二人にも伝えられることなく、ただ決戦の日時だけを通達されていたハナとミツ。ヘファ共々、『ティーパーティー』の面々に問うてみる。
「正直、フレアって別に逃げても良かったんじゃない?」
「ねー。言っちゃなんだけど、相手する義理は無いよねぇ」
私たちはこっちの方が面白いから良いけど――という言外の声まで聞こえてきそうな表情ではあったが。
「お世話になったから、その辺りはしっかり筋を通したい――との事で」
ノーラが告げるフレアの言葉は、『金鎧の骸龍』戦に際する教導を指してのものだろうか。あれにしたって半ばエイトの方から強引に声をかけてきたのだから、婦婦にしてみればそこまで気にしなくて良いようにも思える。
「フレアちゃん的には、アレがこう……私達へLOVE的なやつを伝える切っ掛けになった感じ……みたいだし☆?」
本人がそこに恩義を感じているというのなら、まあ。外野が口を挟み過ぎるのも、それはそれで野暮というものなのかもしれない。
「……正直、ここらで決着を付けて今後は口出しさせないようにする……って考えもありそうっすけど」
「あぁ~」
「確かに」
ぼそりとリンカが呟いた言葉こそが最も切実な本心という可能性も、無きにしも非ず、である。ヘファもそうだそうだと言っている。
「頼まれてもいないのに余計な首突っ込むようなアホなんて、一回ガツンと理解らせてやれば良いのよ」
折角、四人で円満にくっついて今が一番オイシイ時なのだから。腕を組んでエイトを睨むその顔には、視線の先の仇敵とはまた別の私欲がありありと浮かんでいた。
まあこの場においては、フレアとエイト以外は全員ただの観客なわけであって。やいのやいのと言いながら、皆で並んで戦いを見届けるしかない。六人の視線の先で、二人は静かに言葉を交わしていた。
「――良いですか?貴女のような愚か者を正しく導くべく、わたくしは日々研鑽を積んでいると言っても過言ではありません」
「それはどうも」
もっと有意義な時間の使い方、あるんじゃないかなぁ……などとは言わない。フレアだって空気くらい読めるのだ。曖昧に、斜めに首を振ってお茶を濁す。
「愛とは一対一でこそ釣り合いが取れるもの。それは時に、重い軽いの問題ではなく」
「はぁ……」
続く言葉は、フレアにとって意外と言えば意外なものではあった。ハナとミツを熱烈に信奉するこの狂信者が、ライトなLoveを許容しようとは。
「否さ勿論、重い方が好みではあるのですが」
「あ、やっぱそうなんですね……」
「つまるところ重要なのは、愛している分愛されているという、その釣り合いなのです。貴女は三人もの女性から愛されている。貴女一人という限られたリソースで、三人へ同等の愛を返せるのですか?」
痛い所を突かれたと、そう、思わないわけではない。時間を分配し、スケジュールを組み、不公平にならないよう、時に各々に優先権を行使させる。そうして探り探りやりくりしてなお、均等に報いることができているという保証はない。
「……それは……」
「それは?」
しかし。三人を受け入れ、三人に受け入れられた時点で、そこはもう、とっくに通り過ぎたところなのだ。
「……それは……努力、します。ひたすら。それだけです」
根性論と笑うが良い。理想論と切り捨てると良い。
アンタの思想なんて知ったことか。あたしはあたしの好きなようにさせて貰う。
そんな瞳が、エイトを射抜く。
今までずっと彼女を恐れ及び腰だったフレアの、挑戦的で強気な視線が、見下ろすエイトのそれと交錯した。
「――良いでしょう、ならば示してみなさい。このわたくしに、己が力で以って!」
高らかな声を狼煙代わりに、遂に戦端が開かれる。
大きく広げたエイトの両手が、彼女の背後に呼び起こす。
堂に入ったその立ち振る舞いに、フレアも思わずにはいられない。
――イヤ結局、この人がしゃしゃってきて良い理由は何にもないよなぁ……と。
内に抱く心とは即ち。逃れ得ぬ天災に、立ち向かわざるを得ない勇者のそれであり。なればこそ勇者の宿敵として、その存在が立ち塞がる。
「――さあ、『焔翼龍』よ。彼の者に裁きの炎を!」
炎の化身。精悍なる爬獣。ドラゴン・オブ・ドラゴン。
その存在に慄くように、大気が揺らぎ、震えだす。
赤々と照る鱗に覆われた巨躯。屈強な後ろ脚が青草を踏みしめ、次いでゆっくりと、四本の鋭いカギ爪を備えた前脚が地に降り立った。太く長い尾の反対、伸びた首の先には、刺々しくも威容に溢れた頭が一つ。その瞳すら煌々と燃え盛り、怒りを帯びてさえいるような鋭い視線がフレアを貫いていた。
「――――――――ッッッッッ!!!!!」
高低入り混じった重奏の如き咆哮が響く。
同時に広げられた巨大な翼は、焔翼龍の名に相応しく、焔を纏い空を焦がしていた。
「……っ」
ゴクリと呑み込む唾すらも、乾いてしまうような熱気の中で。
「……ゃ……やってやらぁぁぁぁっっ!!!!」
やけくそめいたフレアの声が、観戦席にまで確かに聞こえてくる。
「……ここまで来ておいてなんですけど……大丈夫っすかねぇ、先輩」
「どうだろうねぇ~」
形式としては摸擬戦である。
アイテムドロップもなく、『焔翼龍』はその力の全てを発揮することはできない。
使役者たるエイトも、手も口も一切出さないと明言しているのだから、正真正銘の一対一。軽量で高機動力な勇者スタイルのフレアだが、しかしイベント時にその背を押していた『フェアリーギフト』はもう失われている。
(実際のところ骸龍よりは戦いやすいだろうし、ステも下回ってるはず)
(フレアちゃんの戦い方次第だけど……勝ちの目がないわけじゃない、かなぁ~)
野生時代に一度勝った身として、内心でフレアの勝機を探る婦婦。
エイトはテイム後も、かの龍の性質に大きな変化は加えていないはず。咆哮を上げる焔翼龍の姿は、もう何年も前に自身らが退治したその姿とぴたりと重なる。
「フレアちゃんっ!がんばっ♡」
「頑張って下さいっ!」
(焔翼龍の行動パターン……)
(主な攻撃手段は確か――)
声援を投げかける白ウサちゃんやノーラを尻目に、視線はフレアに向けたまま、しかし婦婦の思考は二人揃って、思い出の中へと没入していく。
過去。
『ヒヨク』『レンリ』を打ち倒し、結婚を決め。そんな矢先にばったりと遭遇してしまった、人生初の龍種との戦いへと。
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次回更新は10月15日(火)12時を予定しています。
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