298 V-白鱗の御手
「――初めて見る子」
「ねー」
もしもこれが実戦であれば、そんな呑気な問いかけは……この婦婦ならまあ、していた可能性もあるのだが。
兎角、一度距離を置いたまま両者立ち止まり、見覚えのないエイトの使役獣に意識を向ける。
「わたくし一人では、お二方を相手取るには役者不足かと思いまして」
うぞうぞと独りでに蠢く黒い軟体生物こそ、エイトが新たに育成しているモンスター、『均平で不完全な私』。スライムや触手等の不定形種をベースに品種改良を重ねたそれが、エイトの欠損を補うように右肩辺りから生えている様子は、ある種異様な光景ではあったが。
「……アンタまさか、触装形態をパクったってわけ?」
「リスペクト、と言って欲しいものですね」
ここにいる四人全員、こういう存在には前シーズンでもうすっかり慣れたものであり。不愉快そうなヘファはさておき……ハナとミツにしてみれば、自身らの疑似合体をモンスターで再現しようという試みに、幾分かの興味すら示していた。
「凄いね。思い通りに動くの?」
「……いえ、それがむしろ逆と言いますか……」
うぞぞぞぞっっっっっ!!!
エイトが苦笑を浮かべるより早く、独りでに波打ち前へ前へと突貫しようとする『均平で不完全な私』。本来ならば手首にあたる部位を歯の無い顎のように変質させ、届かぬ位置にいる婦婦に噛みつこうと躍起になっている。
「おぉ、好戦的だねぇ~」
「中々気性が大人しくならず、まだ調整段階でございまして」
それでもまあ、今日サンドバッグ役をこなす上では有用だろうと呼び出した次第。そんなエイトの気概を買ってか、婦婦も改めて、とことんまでやってやろうと意思を固める。
「おっけー、じゃあ」
「その子の訓練も兼ねて、頑張っちゃおうかなぁーっ」
不敵に笑い、そして。
「「――『同調』!」」
二人の思考を、一つに束ねる。
((半同調かぁ……))
発現したのは、目に見える変化に乏しく、アバターの共有もない『同調』スキルの二段階目。
やはり惜しいような、これが摸擬戦のようなものだと考えれば十分なような――そんな思考を重ね合わせながら、再び二人の方からエイトへと切り掛かっていく。
「光栄です、ねェッ!!」
まさかこの場で思考同調まで使われるとは思っていなかったエイトとしては、喜び混じりに語尾も荒く跳ね上がる。同時に不定形の右腕を振るい、ようやく待てを解かれた『均平で不完全な私』が、喜び勇んでミツの『連理』を捉えにかかった。
((おぉっ))
薄い膜のように広がり、剣先を絡め取ろうとする不定形生物。見た目のインパクトに内心声を漏らす二人だが、しかし勢いを止めることはない。むしろそのまま切り裂いてやろうと大振りに、ミツの左手が袈裟切り一閃。
((おぉっ……!))
視界の上半分を覆うほどの被膜形状の約三分の一を割いた時点で、剣先が止まり漆黒の沼に囚われる。直後には巻き戻しのように体積が縮み、『均平で不完全な私』は獲物を食らう蛇が如く『連理』の刀身のほとんどを呑み込んだ。
「この子、面白いねぇっ……!」
『連理』でもってすら断ち切れない高粘性にミツが微笑めば。そのときには既に、エイトの振りかざした女神像がその頭上に迫っている。左手一本、それに加えて背後から伸びる触手状の『均平で不完全な私』の一部によって。
「よっ」
当然、それが分かっていない婦婦ではない。先の鏡写しのように、今度はハナが伸び上がった左腕を『比翼』で切断。支えを失った女神像が腕ごと三者のあいだに落ちる……その前にはもう、エイトの左腕からも黒い流動体が噴き出し始めていた。
「あぶねェッ……!」
口調も荒く、エイトが後ろに一歩だけ下がる。剣の届かない距離、しかし蠢く不定形の両腕なら、まだ近過ぎるほどの位置へ。
だがそれでも、少し遅い。
一度タネを見ている婦婦にとっては、遅過ぎるほどに。
エイトが反撃の構えを取るよりも早く、とっくの昔に『連理』を手放していたミツが、上半身を大きくしならせながら右手を振るった。
「よいしょぉっ」
しゃらりしゃらりと、僅かに鱗同士が掠める音を立てながら、その手に握っていた得物――蛇腹剣『白鱗の御手』がその刃を伸長させる。刀身の連結が解け、まるで鞭のようにしなりながら、伸びたリーチでエイトに迫った。
(……うん、知ってたわ)
……まあ、蛇の素材を用いて、この見た目で、蛇腹剣でないはずもないのだが。
そもそもエイトは、どういう装備を作ろうとしているかも聞かされていたのだが。
わざとらしく誘導した……というほどではないがしかし、ほんの一歩ほどの後退では、こちらに有利な間合いを作ることができなかった。近接戦闘においては少々大味な動きをするエイトにとって、試験運用段階のモンスターとの共闘は、まだまだ慣れないものであり。
しなり伸びても全く硬度と切れ味を損なわない『白鱗の御手』の刃が、彼女の胴を袈裟切りに裂いた。
「ぐゥッ……!」
左手は未だ生成途中、右手はようやく『連理』を吐き出したところ。文字通り手が回らないその状況で、低姿勢で一歩踏み込んできたハナの追撃を躱す術はなく。
「ぐァッ……!!」
初撃と合わせて×の字を描くように、『比翼』による一太刀を受ける。
かなり深い一撃、みるみる減っていくHP。視界の先にはハナの頭越しに、右腕を大きく振り上げ自身の頭上で『白鱗の御手』をしならせるミツの姿が。最初の一振りの反動を活かし、円を描くように蛇腹剣を振るうその様子は、さながら白い天輪を戴く戦いの女神。
勝ち誇った笑みが助長するそれに心奪われた、次の瞬間には。
エイトの首は綺麗に胴体と分断されていた。
◆ ◆ ◆
「――この武器、強い」
「強いけど難しいよぉ~」
その後、さらに幾度かの試し切りを経て出たひとまずの評価がこれであった。
「そりゃまあ、今までの剣とは違うタイプなんだから」
『比翼』『連理』に至るまでも、ハナとミツは専ら長剣やそれに近い形状の、割合オーソドックスな刀剣をメインウェポンとしていた。蛇腹剣などと言う変わり種、使ったこともなければ戦ったこともない正真正銘の新装備なわけで。
「『風鞭刃』とかとも、勝手が違うし」
風の鞭を発生させるスキルと比較しても、やはり質量や構造などの点で扱いが難しく。最初の一戦でこそうまく扱えたが、より高度な剣捌きを――と考えると、やはりそう簡単にはいかない。
うっかり自分や相方を切りかけたことも幾度か、思うように伸びず空を切ったことも幾度か、刃ではなく面を当ててしまいベチィッ!!っと良い音を鳴らしたことが幾度か……それはそれで、打撃攻撃もしくは捕縛手段としてはアリなのかもしれないが。
「ちょっとのあいだは、コレに慣れる練習も必要だ……ねぇっ」
「ねっ……っと」
まぁ、完成直後から完璧に扱えるようになるだなんて、当然ながら二人も思ってはいない。向かい合って振ったり避けたりしながら、『白鱗の御手』を身体に馴染ませていく。
「切れ味とか強度とかは間違いなく一級品だし」
「後はわたしたち次第だねー」
この武器種、形状をオーダーしたのは自分たち。要望に完璧に答えて見せたのはヘファ。であれば、使いこなせないなどと言うことは『百合乃婦妻』としてもヘファの顧客としてもあってはならない。
「はい、こーたい」
「ん」
ミツからハナへ攻守を入れ替え、再び切って避けてを繰り返す。
「微調整とか、必要だったらすぐ言いなさいよ」
「摸擬戦の相手でしたら、いつでも承ります故」
ヘファとエイトに見守られ、時に口や手を出されながら。その日のハロワは『白鱗の御手』を振り回すことに終始する婦婦であった。
お読み頂きありがとうございました。
次回更新は11月8日(火)12時を予定しています。
よろしければ、また読みに来て頂けると嬉しいです。




