28 R-聖典『女神達の軌跡』
「♪~」
「はよっすー。朝からえらくご機嫌だねぇ、麗さんや」
ホームルームも始まる前、教室を訪れた未代が目にしたのは、上機嫌に鼻歌なんぞ歌いながら、自身のデバイスを眺める麗の姿だった。浮かれたようなその様子さえどこか優美で、鼻歌すらも上品な音色に聞こえてしまうのは、やはり彼女の圧倒的お嬢様オーラの成せる技だろう。
「おはようございますっ、そして聞いてください未代さん!」
挨拶もそこそこに、常よりも明らかに高いテンションで、麗は未代の席へと駆け寄っていく。
「お、おぅ、どしたのさ」
「遂に届いたんです!」
「何が?」
「『聖典』です!」
「セイテン……?」
はて、今日は晴れ時々曇りだったはずだけど、なんてとんちきなことを考える未代。
「説明しましょう!」
「うわっ」
その背後から突然顔を出したクラスメイトの一人が、嬉々とした様子でなにやら語り始めた。
「『聖典』とは!我らが『一心教』より、女神様方の威光をあまねく世に知らしめんと作成された神聖なる書物『女神達の軌跡』のことである!本誌は女神様ご本人方の協力の元作成されております!」
「へ、へぇ」
いつだか発狂し怒り散らしていた固定カプ信者もとい、敬虔なる『一心教』の一員であるその女生徒の異様なまでに生き生きとした姿に、若干引き気味になってしまう未代。
「要するに、百合乃婦妻写真集です」
「うわっ」
さらにその隣に担任、美山 和歌が生えてくる。
「センセーいつの間に」
「さっきからいましたよ」
連休明けから味を占めたのか、この朝の僅かな時間、彼女は今日も今日とて気配を消し、教室という空間そのものと一体化して華花と蜜実を観察していたのであった。
「授業が始まるまでの僅かな暇……それだけが、ワタシの存在が許される時間なのです……」
普通に考えて、授業中こそ教員が存在していなければならない時間なのではないかとか、そも授業時間外でも業務があるのではないかとか、いろいろ言いたいことはある未代だったが、おそらく何を言っても通じないのだろうと、あっさりと言及を諦めてしまう。
「……へぇ。てか、美山先生も『一心教』のメンバーなの?」
『一心教』の聖典とやらを知っているのならば、和歌もまたその一員なのかと考えた未代の問いに、しかし彼女は、フッ……とニヒルに笑って見せた。
「ワタシはぼっちです……」
「あ、そう……ですか……」
あまりに哀愁漂うその姿に、思わず敬語になってしまう未代。
なおソロなどと言っているが、和歌はこのところ、ハロワのセカイでも学年主任 彩香女史と行動を共にすることがほとんどであった。
「クランとかそういう人間関係って、正直しんどいんですよね……」
……まあ、フレンドが一人出来たところで本質はそう変えられないのが、ぼっちのぼっちたる所以であるのだが。
「じゃ、じゃあその聖典ってのは、教団員以外も見られるってこと?」
これ以上この話題を続けるのは危険だと判断した未代の本能的なサムシングが、鋭角なターンを描いて話を聖典の方へと戻す。
「ええ。というか、無料で配布しまくってますよ」
「わたくしも先日、エイトさんと少しお話をした折、頂ける事になりまして。今朝、ハロワのアカウントに届いていたんです」
そういうわけで、麗は朝から優雅にご機嫌なのであった。
「写真集をグローバルに無料配布って……アンタらもよくやるわねぇ」
何の羞恥プレイだと思いながら未代は、既に登校しいちゃついていた華花と蜜実に声をかける。
「いや、最初は二人の思い出として、個人的に写真撮ってただけなんだけど……」
「それ見たエイトちゃんが「ま、眩しい……眩しすぎる……布教しなきゃ……」って言って聞かなくてー」
「その頃から有名と言えば有名だったから、まあもういいかなって」
「信者が熱心過ぎるのも大変ねぇ……」
容易に想像出来るエイトの奇行に、未代が妙な同情を覚えてしまうのも無理もないことだろう。
「さあ、さあ未代さん、一緒に聖典を紐解いていこうではないですか!」
「え、あたしも見るのこれ?」
とか何とかやっているうちに、未代やほかのクラスメイトたちも巻き込みながらの写真集鑑賞が始まった。
「――これは、初期装備!初々しいお二人というのも新鮮ですね!」
「一章第一節『二柱顕現』ですね」
「なにその大袈裟過ぎるタイトル」
「流石にこの写真は、後になってから装備を引っ張り出してきて撮ったものだけどね」
「当時の再現写真、的なやつー」
「――お次は……メイドと令嬢ですか。やはり絵になりますね」
「あははっ、こうして見るとハナもなかなかお嬢様っぽいじゃん」
「ドレス着てるハーちゃんって、そわそわしてて可愛いんだぁー」
「二章第五節『主と従の戯れ』ですね。ちなみに次はこの逆転版です」
「こちらはミツさんが令嬢役……うーん、これは甲乙つけがたいですね……」
「やっぱり、ミツのほうがお嬢様っぽいと思う」
「そうかなー。わたしはハーちゃんのメイドさんになるのも好きだよー?」
(はぁーありがてぇ、ありがてぇ。日々の業務で荒んだ心が浄化されていきますねぇ……)
「――こ、これはっ!何ですかこの、素晴らしく可愛らしいお二方は!?」
「三章第三節『魔女と呪いとおてんば使い魔』。サービス開始三年目のハロウィンイベントのものですね」
「うわ、ハナめっちゃ魔女っぽい。そんでミツもすんごい猫っぽい」
「イベントのせいでミツが『獣化』して大変だった……」
「ほんとにぃ?この時のハーちゃん、まんざらでもない感じだったけどなぁー?」
「ちょ、ちょっと蜜実ぃ……!」
「あ゛っ」
「――てか、さっきから思ってたんだけど。なんか、えらい画質良くない?これ視覚転写?」
「良いところに気が付きましたね!」
「うわっ」
教団員の女生徒の突然の大声に、先ほどのように驚いてしまう未代。そんな彼女の様子などお構いなしに、女生徒は語り出した。
「詳細は不明だけど、これらの写真は全て、ゲーム内の特殊な撮影用アイテムを使って撮られているんです!だからこそ、そのクオリティは視覚転写の比ではない!女神様方の尊さを、より精巧に鮮やかに切り取っているんですよ!!」
「な、なるほど」
それは凄いけど、それ以上にあんたのテンションの方がヤバい。とは思っても、気圧されてとても口には出来ない未代であった。
その後も未代は、ハナが、ミツが、或いは二人が揃って写っている写真を、一枚一枚ごとに感嘆の吐息を漏らす麗や、無駄に仰々しく解説を挟む教団員、写真を眺める華花と蜜実の反応を密かに観察し悦に入っている和歌たちと共に眺めていたのだが。
ふと、あることに気付いた。
「これ、二人一緒に写ってるのって誰が撮ってるの?エイトさん?」
そう口にしてから、いやしかし、個人的に撮っていたという蜜実の言葉を思い出す。
「ううんー、カメラで自動撮影だよー」
「にしてはなんか、やたらと躍動感があるというか、アングルが良いというか……」
「そう、そうなんです!」
「うわっ」
テンションがブチ上がった和歌の声に未代は、もう本日幾度目かと自分でも半ば呆れながら、それでもしっかり驚きを示した。
「詳細は不明ですが、件の撮影用アイテムとやらは、とにかくベストショットでお二人の仲睦まじい様子を取りまくっているんです!どんなシステムを用いているのか、どの系統のアイテムなのか、一切が謎のこのカメラ……正直滅茶苦茶気になります!!」
「ま、まあ確かに、気にはなる、かなぁ?」
気になるのは先生のテンションの乱高下っぷりだよ。などとは、口が裂けても言えない未代であった。
「うーん、これに関してはー」
「秘密……っていうか、機密、みたいな?」
「え、なんか怖いんだけど」
蜜実と華花の、どこか陰のある意味深な笑みに、未代はこれ以上の詮索を早々に諦め、写真鑑賞へと戻った。
「本当に、どれもこれも素晴らしい写真ですね……。聖典とされているのも納得です。さて、お次は」
「「――待ちなさい!」」
と、ほくほく顔で聖典を読み進めていた麗に対して、鋭く刺さる制止の声。
それを上げたのはなんと、これまでのひと時を共にしていた教団員と和歌であった。
「え、え?どうかなさったのですか?」
突然の豹変に、さしもの麗も戸惑いを隠せずにいる。
「次の一枚は、生半可な覚悟で見ては駄目です」
「下手をすると……死人が出ますよ」
「そ、それほどまでに……!?」
あまりにも重々しい和歌の言葉に、いったい何が待ち受けているのかと慄く麗。
「そんな大げさな……」
呆れる未代。
「次の一枚、四章第一節。名を――」
「……ごくり……」
「――『祝福の日』」
「…………」
「…………」
「……すぅー……はぁー……すぅー……はぁー……」
「…………」
「――続きはまた今度、という事に致しましょうか♪」
「うっそでしょ!?あたしめっちゃ気になるんだけど!?」
麗は日和った。
ただ一つ、覚悟が足りなかったのである。
次回更新は1月18日(土)を予定しています。
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