27 V-鍛冶、工芸、時々服飾
「へぇ。あんたが期待の新人さん?」
今日も今日とて、黒Tシャツの上からグレーのツナギという華やかさの欠片もない服装に身を包んだヘファ。
そんな彼女のぶっきらぼうな物言いと、どこか値踏みするような鋭い視線が、初対面のノーラへと容赦なく投げかけられた。
「期待の、かどうかは分かりませんが……ノーラと申します。よろしくお願い致します」
対するノーラも、穏やかな物腰ながら負けじと胸を張り、正面からヘファを見据える。
「……ま、この二人が言うんならそれなりなんでしょ。アタシはヘファ。今後ともご贔屓に」
小さく頭を下げるヘファの姿は、贔屓に、などと言う割には不愛想に過ぎるものではあったが。偏屈で知られる彼女にとってはこれが平常運転であり、事前に知らされていたノーラの方も、さして気を害した様子もなく一礼を返した。
「――んで、どんなのを作って欲しいって?」
「はい、長物としても使える錫杖などが良いと考えているのですが」
この日のヘファとノーラの邂逅は当然ながら、ノーラの新たな装備の作成を目的としたものであった。
先日のスタンピード掃討戦に参加したことでノーラのレベルは上がり、また諸々の素材となるアイテムもそれなりに入手することが出来た。となれば、そろそろ装備を新調しようという話になるのも自然な流れであったのだが。
そこへ、彼女の将来性に目をかけたハナとミツが、自身らが普段から世話になっている職人へと彼女を紹介することを提案。著名な鍛冶師に依頼出来るとなれば当人にとってはまさしく渡りに船……と、こうして二人が相まみえることになった次第である。
「錫杖、ねぇ……」
ノーラのリクエストを反芻しながら、紹介者として同席している百合乃婦妻へと目を向けるヘファ。それこそ錫杖と言えば、つい先日のスタンピードでハナとミツが相手取った『教皇』が用いていた武器であり、ノーラがそのクリップから着想を得たのは火を見るより明らかであった。
「元々、何かしら棒状のものを武器として使う武術なんだって」
「それプラス魔法も使うってなると、錫杖かなーって」
「なるほどねぇ」
ハナとミツの補足に、理には適っているかとヘファは頷いて見せる。事前にノーラが何かしらの武術を修めていることは聞かされていたため、まずは余計な口出しはあまりせず、本人の希望通りに作ってみるのが良いだろうと、彼女は最初から考えていた。
とは言え勿論、廃人生産職として初心者へのアドバイスも交えながら、ではあるが。
「近接戦闘に魔法を織り交ぜていく感じで良いのよね?」
「ええ」
「だったらエンチャは魔法系スキルの補助に止めて、後は武器としての頑丈さと取り回しの良さを優先したほうがいいのかしら?」
「そうですね……エンチャント、というのも気にはなるのですが」
付与効果とは何とも心が躍る響きであり、ハロワの世界にどっぷりハマりつつあるノーラにとっても、そろそろ手を出してみたい領域ではあった。
「それこそ魔法の威力上昇、燃費向上、詠唱短縮に二度撃ちにストック……凝りだしたらキリがないけど……最初の内は欲張り過ぎない方がいいと思うわよ」
「……ええっと確か、情報容量がどうこう、でしたっけ?」
どの程度の耐久性、攻撃力を求めるか、軽さ、硬さ、しなやかさ、取り回し。どのような追加効果を付与するか。
武具の性能を決定付けるあらゆる要素は、素材の情報容量の許す限りでやりくりすることとなる。
「低位の素材じゃ当然情報容量は小さいから、あれもこれも詰め込んじゃうと、結果的に全部誤差程度のエンチャになっちゃったりもするし」
なまじ自由度が高いが故に、ついつい欲張ってしまう。それはこのゲームにおける初心者あるあるなのだが。
「最初の頃のヘファの作品みたいに?」
「……余計なことは言わなくていいから」
最初から生産を本職としてやってきたヘファにとっても、それはかつて幾度となく経験した、苦々しくも大事な思い出の一つであった。
「昔は三人で、いろいろ試行錯誤したよねぇ……そうだノーラちゃん。今度、歴代の『作:ヘファちゃん武具シリーズ』見てみる―?」
「ある意味貴重かもしれないわよ」
「それは少し、興味がありますね」
「見せなくていいからっ!」
顔を赤くして言葉を荒げるヘファだったが、これは今までの作品を二人が取っておいてくれていることの嬉しさを誤魔化しているだけである。
「とにかくっ。素材も低位な最初の内は、エンチャントは基本的なものだけ抑えておいて、あとは耐久性とか取り回しの良さとかを優先したほうがいいってことっ」
「……分かりました。では、そうですね……威力上昇と、SP消費量削減辺りをお願いしたいのですが」
「ん。アタシもその辺が良いと思うわ。それでも素材的に、効果は控えめになっちゃうと思うけど」
「構いません。よろしくお願い致しますね」
「承りました。ま、知り合いの知り合いのよしみって事でね」
言動は不愛想そのものであるが、実のところヘファは、ハナとミツから打診があった時点で依頼を受ける気でいた。あの二人の紹介なら、まあ信用も期待も出来るだろうと。
いずれ名を馳せる……かもしれないプレイヤー。その武具制作に最初期から携われるということは、クリエイターとしてこの上なく名誉なことなのである。
「で、防具のほうは?」
「え?あ、いえ、もうしばらくはほぼ初期装備で良いかなと思っているのですけれど」
「アタシに武器作らせといて防具は初期のままとか、こっちの沽券に係わるのよ。……素材はほとんどスタンピードのやつだろうし、取り敢えず修道服をベースに……」
「あ、あの」
「何?……ああ、費用なら安くしとくわよ。二人からの紹介だし」
「そういうことでは……いえ、ありがとうございます……よろしくお願い致します」
実は世話焼きなヘファに押し切られる形で、ノーラの装備は一式丸ごと新調されることとなった。
「修道服……シスターかぁー……」
一方、ヘファの呟きを拾ったミツの脳内では既に、敬虔な信徒となり静々と佇むハナの姿が描かれていた。
黒地をベースに際立つ白のライン。銀髪をふわりと包み込む柔らかなベール。その奥にある切れ長の目尻は厳かな光を湛え、ああしかし、凛としたかんばせを彩るのは、聖母と見まごうほどの慈愛に満ちた微笑み。
「――ヘファちゃん、ハーちゃんの分も作ってー!」
……気が付けばミツは、ヘファに向かってそんなことを叫んでいた。
「……はいはい、そう言うと思ってたわよ」
呆れた風なのは口調と態度だけで、言葉通り最初から作る気満々なヘファであり。
「……あの、ミツの分もお願いできる?」
「分かってるわよ」
続けざまに投げかけられたハナの欲望……もとい要望もしっかりと織り込み済み。
「あとこれ!おでこに付けるアクセサリー……なんて言うんだろうこれ?」
「うーん、ヘッドティカ……かしらね……ってそれ、『聖女』の霊石じゃない。それは流石にちょっと待ちなさい」
「えー。絶対ハーちゃんに似合うってー」
「慣性に干渉する程のアイテムをオシャレ用に使うなって言ってんの!」
「私はミツの方が似合うと思う」
「だからそういう問題じゃないでしょうが!このバカ婦婦っ!」
相変わらず、貴重な素材にも頓着しなさ過ぎるハナとミツなのだが。
その二人を容赦なく罵倒出来るあたり、流石は二人のお抱え鍛冶師、といったところであろう。
「できたらまた撮影会しようねー」
「そうね」
「さ、撮影会……!?」
一方、何やら魅惑的な響きに、静かに慄くノーラであった。
次回更新は1月15日(水)を予定しています。
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