26 R-ランチタイム反省会
「麗って、マジで何でも出来るよねぇ」
昼休み、麗の前に置かれた弁当箱を見ながら、未代はしみじみとそう呟いた。
白米を始めとして、ササミの照り焼きに卵焼き、プチトマトやブロッコリーを使ったサラダ、さらにはデザートとしてカットされたフルーツまで、小さいながらも彩りや栄養のバランスも申し分ないそれ。
「なんかもう、普通にパックチルドとして売られてそう」
この時代において、料理人の間では誉め言葉として受け取られる台詞を未代が口にするのも、無理もないほどの出来栄えであった。
驚くべきはその弁当が麗の手作りである、ということであり。
容姿端麗に始まり学業成績も優秀、楚々とした雰囲気でありながら運動も得意、現代では珍しく料理の心得もあり、ハロワでの成長を鑑みるに要領も良い。
改めて深窓 麗という少女は、稀に見るハイスペック女子であった。
「よろしければ、今度未代さんの分も作って来ましょうか?」
「いやいや恐れ多いわ……でもちょっと味見させて」
……いつの間にか現実でも名前呼びになっている未代と麗の間柄であったが、華花も蜜実もわざわざ突っ込むような野暮な真似はしなかった。
まあ、連休の間に何かあったりなかったりしたのだろう。
「やっぱお嬢様なだけあって、色々習ってたりとかするの?」
「ええ、まあ」
華花の言葉に、麗は頷きながらも自ら特有の境遇を語って聞かせる。
「深窓家は一昔前に、無形文化類の保護活動などに手を出したことがあったのですが……」
保護と言えば投資などによる援助が一般的であるが、当時の深窓家が行ったのはそれらの文化――言い換えれば技術を、一族の中に取り込むという行為であった。
興味深い能力を持った者たちを一切合切引き入れ、一族全体の力として後世に残していく。見方によっては支配とも取れるような乱暴な手法だが、実際には多くの技術者、職人などが深窓家の元に集う形となり。
「結果として現在では、本家、分家に様々な分野、流派の技術が入り乱れることになりまして……」
麗が料理に限らず様々な分野に精通しているのも、生まれた時からそれらを学べる環境に身を置いていたからであった。
逆に、何でもかんでも一度に取り込み過ぎて整理しきれず、新しい文化・技術に手を出す余裕がないのが深窓家の今の(贅沢な)悩みでもあるのだが。
それが故に麗は、VRという最新の世界に触れるのが遅くなってしまったのである。
「ハロワでの立ち回りとかも、そのおかげなのかなぁ?」
昨夜、華花と蜜実の手によって終息したアンデッドによるスタンピード。その最中にあって麗が見せた、VR初心者にしては洗練された動きの源流もまた、その雑多な無形文化群の中にあった。
「はい。武道から派生した護身術の一種なのですが、その割には強気過ぎてあまり流行らなかったとかなんとか」
武器の使用まで想定した、過剰防衛待ったなしの攻撃的過ぎる護身術。過剰に過ぎる溺愛っぷりを見せる麗の両親にとっては、娘に教え込むにはこれ以上ないほどに最適なものであった。
「まさかこういった所で活かせる日が来るとは、思ってもみませんでしたが」
「そのおかげで予定より奥のほうまで進めたし、経験値も素材も旨かったし。ホント、麗サマサマだわ」
「いえそんな、皆さんの助力があってこそですから」
婦妻が最奥へと進み『教皇』と戦っている間に、『ティーパーティー』のメンバーも、各々イベントを楽しめていたようであった。
「――んでんで、ボスドロップはやっぱり『失われた秘宝』だったの?」
では肝心の、華花と蜜実の戦利品はというと。
「それならロマンがあったんだけどねー」
「普通に、ボロい法衣とか霊石とかだったわね」
どちらも『教皇』や『聖女』が身に着けていたものであり。それはそれで勿論、価値のある品物なのは間違いないのだが。
「なぁんだ……『聖者の妄執』なんていうから、期待してたのに」
残念ながら、未代や一部のプレイヤーたちが期待していたものではなかったようである。
「『失われた秘宝』の都市伝説、ですか……」
今回の討伐戦の舞台ともなった、『アカデメイア』からほど近い場所にある渓谷。いつの頃からか、そこには失われし聖なる秘宝が眠っている……などという噂がまことしやかに囁かれる様になっていた。
それは、全く具体性の無い『秘宝』とやらの内容、噂の発生源の不明瞭さなどから、麗の言葉通りゲーム内での都市伝説の一つとして知られている話であり。
「ま、あの谷で神聖系だからって、観測隊が冗談で付けただけだったんでしょ」
それこそ冗談半分で、それにあやかって名前が付けられるような夢物語として扱われていた。
「残念……」
その手の都市伝説が嫌いではない(割と好き)未代は、がっくりと肩を落としたものの。
「それはそうと『教皇』たちとの戦闘、クリップ撮ってあるけど見るー?」
「マジ?それは結構気になるかも」
蜜実の一言で、再び目を輝かせた。
スタンピードのボスクラスと百合乃婦妻レベルの廃人の戦闘を一人称視点で見られるとなれば、いかなエンジョイ勢の未代といえども、自然とテンションも上がってしまうものであろう。
「そんな、お二人の視点で、だなんて恐れ多い……!」
一方の麗は何やら慄いていたものの、華花と蜜実は既にデバイスを取り出しており。
「ホログラムでいいよねー」
「流石に今ここでフルダイブは面倒だろうし」
そう言って立体映像に規格調整されたクリップを、それぞれの視点分、同時に再生し始めた。
「――こっから『教皇』との戦闘開始」
「――見て見て、このハーちゃんの回避凄くない?」
「――このミツの台詞、一撃目の時点で防性因子を見抜いてるのよね」
「――んでー、ここからこうなってー」
「――こっからこうして」
「――ああしてー」
「――『比翼連理』でしめ」
「ってかんじー」
二人によるオーディオコメンタリー的なものを交えつつ、クリップは再生を終了。それを見て、未代の頭に真っ先に思い浮かんだ疑問が一つ。
「……聞きたいんだけど」
「なにー?」
「『比翼連理』って、こんなにお互いのことガン見してないとダメなの?」
半ば嫌な予感を感じつつ問う未代の言葉に、しかし無情にも華花は否定の言葉で返す。
「別に、そんなことないけど」
「アンタら最後らへん、完全にお互いしか見て無かったじゃん」
「まあ、向かい合ってるんだし」
「そりゃ見ちゃうよねー」
「いや『教皇』!間に『教皇』さんいたでしょうが!」
「正直ちょっと邪魔だったわね」
「ねー」
「こいつらはっ……!」
何かこう、致命的に間違っている気がすることをのたまう華花と蜜実に、未代は思わず頭を抱えたくなってしまった。
いや、本当に。
それほどまでに、この二人は互いのことしか見ていなかったのである。
勿論、戦闘開始直後はどちらも『教皇』や『聖女』の方に視線を向けていたのだが。『比翼連理』を使うと決め、『教皇』を挟んで左右に展開した辺りから、その視線は互いへと伸びるようになっていた。
最初は『教皇』越しに。
しかし段々と、ハナはミツに、ミツはハナにピントを合わせるようになっていき。最終的にはむしろ、『教皇』を視界の端に捉えながらも熱く見つめ合うような。
『比翼連理』発動の瞬間など、視線が絡み合い過ぎて、最早クリップを見ているのが恥ずかしくなるほどであった。
途中から、ゲームのジャンルが変わっているんじゃないかという錯覚すら感じた未代であったが……それでもまだ、彼女はマシな方であり。
「まあまあ未代さん。良いではないですか。こんなにも素晴らしいものを拝見……いえ、体験出来たのですから……」
菩薩のような顔で未代を宥める麗。
その背後では、火に入る夏の虫が如く群がり、そして百合乃婦妻疑似体験という灼熱地獄に身を焼かれ亡者と化したクラスメイトたちが、死屍累々と倒れ伏していた。
次回更新は1月11日(土)を予定しています。
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