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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
春 百合乃婦妻が出会ったら
25/326

25 V-聖者の妄執 二刀両断


 行く手を阻むアンデッドたちを切り捨てながら、ハナとミツは『教皇』の元へと歩みを進める。自らに迫りくるプレイヤーを阻まんと、『教皇』は配下の死した狼たちをけしかけるものの、二人に、或いは彼女たちを支援する他のプレイヤーによってそれらは次々に打ち倒され……少しづつ、けれども着実に百合乃婦妻は『教皇』の眼前へと近づいていった。


 ここまでは、他のプレイヤーたちも何度か成し得たこと。ハナとミツが来るまでに幾人かの者たちが同様に『教皇』に挑み、しかしてその上級アンデッド故の不死性を、小規模な攻撃では突破できずにいた。


「……へぇ、そっちもバディってわけ?」


「二対二なら、なおさら負けられないねー」


 『教皇』に寄り添うようにして並び立つ、元は女性だったであろうアンデッド。

 バフやヒールを駆使する彼女の存在も、『教皇』を打倒できない要因の一つとなっていた。

 

 元は豪奢な一品であったのだろう朽ち果てたローブをはためかせ、『教皇』は落ち窪んだ眼孔をハナとミツへと向ける。カタカタと、どこか寒々しく揺れるそのしゃれこうべは、ともすれば笑っているようにさえ見えた。


「あんたが『教皇』なら、そっちのは差し詰め『聖女』ってところかしら」


 ハナが『聖女』と仮称した女性のアンデッドも、ここに至るまでに遭遇した女性型アンデッドたちと比べ、より位の高さを感じさせる上等な修道服……だったものを身に纏っており、『教皇』同様に完全に肉が削げ落ちた頭蓋の額部分には、何やら小さな霊石めいたものが埋め込まれていた。


「でもおあいにく様、こっちは『女神様』だからねー」


 必要になった時すぐにでも支援出来るようにと、後方で待機しているエイトの期待を背に、遂に二人は『教皇』たちの目前にまで至り。



 これ以上のお喋りは不要、とでも言わんばかりに、おもむろに戦いは始まった。



「――『破刃(ブレイク)』」


 先手を打ったのはハナ。朽ちた骸骨を粉砕せんと、破砕に秀でたスキルを乗せて『比翼』を振り下ろす。『教皇』はそれを、手のひら……ではなく、かざした左手の先に展開した半透明な障壁で防いで見せた。


「それー」


 すかさずミツの追撃。緊張感のない掛け声とは裏腹に、細剣『五閃七突(ごせんななつき)』による鋭い一突きが『教皇』の腹部へと迫る。


「――、――」


 声無き声を上げながらそれを阻んだのは『聖女』。発声器官を失い、それでも音も無く詠唱し紡がれた魔法が、ぐにゃりと歪んだ不可視のナニカによってミツの剣先を受け止めていた。


 そうして二人の剣を二人で止めた『教皇』たちが、お返しとばかりに攻撃を繰り出す。

 カタカタと顎を大きく鳴らしながら、右手に握った錫杖のようなものを横薙ぎに振るう『教皇』。当然ながらその切っ先には、超常的な不可視のナニカが発現していた。


 ハナは、まるで空間が歪んでいるかのようなエフェクトを伴いながら迫りくる錫杖を、一旦は小盾『霊樹(れいじゅ)防人(さきもり)』で受け止めようとし――


「っ!」


 触れる直前に鳴った、ぎちり、という(ひず)んだ音を耳にした瞬間、反射的に身を引き、ぎりぎりでその一撃を回避した。


「もしかして、触れたらダメな感じー?」


「……かも。『防人』が変な反応したし」


 ハナの持つ小盾『霊樹の防人』は、派手なエンチャントの類こそ付いてはいないものの……その木材が持つ高い魔法共鳴性によって、魔法系スキルに触れる直前に極僅かな反応を示すという特徴を持っている。

 パッシブスキルにすら至らない、元の素材のデータ情報の残滓とすら言える性質。

 知覚可能域ギリギリのシステム処理でしかないそれに反応できるのは、ハナがこの小盾を長く愛用しており、また実のところ、彼女の戦闘スタイルが本能的なものに強く起因しているから、とも言えるだろう。


「でも、ミツの剣が受け止められたときは、何ともなかったよね?」


「うん。もしかしたら、攻性因子と防性因子で性質が変わるのかもー?」


 つまり、モンスター側の攻撃と呼べるモーションと防御と見なされるモーションによって、同じ視覚的エフェクトながらも異なる効果をもたらす、ということなのだが。


「よく分かんないけど……取り敢えずは当たらなければいいってことでしょ?」


「そうだねー。問題は、防がれた時のことなんだけど」


 先ほどレイピアを受け止められたときの感触からするに、防性因子が引き出す性質は恐らく、衝撃及び慣性の消失。どれ程までの質量に耐えられるのかは不明だが、成程これは確かに、小規模な攻撃では倒しきれないわけだ。


 ミツがそう分析する傍ら、『聖女』の額で霊石が輝きを放ち、神聖さすら感じられる光が『教皇』を包み込んだ。


「『鑑定(アパライズ)』」


 アクションを起こされるより先に、持ち前の反射神経で素早く解析をかけるハナ。その直後から始まった、先の一撃以上に速さと重さを増した錫杖による連撃を回避しながら、二人は会話を続ける。


「言うまでもないと思うけどっ、今のはSTRとAGIが、上がる、っと、複合バフみたい!」


「りょーかいっ!こっちからの中途半端な攻撃はっ、多分、ダメージもノックバックも、よいしょーっ、全部ゼロになっちゃうと思うー、ぅわっと」


「ってことは」


「ってことはー?」


 小規模でありながら攻撃性の高い戦闘法であるとされる『無限舞踏(ユニゾン)』は、二人のプレイヤーが互いの隙を補い合うという性質上、通常攻撃や詠唱を必要としないクイックスキルを多用することになる。

 つまり高火力の一撃ではなく、手数の多さによる総合ダメージ量で勝負する戦法であり。

 この不可視のナニカのような、一定以下のダメージや衝撃を一律で無効にするタイプの防御スキルとは非常に相性が悪いと言える。


 アンデッドの持つ不死性が魔法的変容を遂げた形の一つである此度の『教皇』たちは、そういう意味では多くのバディプレイヤーの天敵のような存在であり。



「『比翼連理(ユナイト)』しちゃう?」


「しちゃおっかー!」



 その頂点に立つ百合乃婦妻にとっては、これまでにも数多屠ってきた、ちょっと面倒な敵くらいのものであった。



「――、――!」


 一向に攻撃が当たらないことに業を煮やした『教皇』が、無言で苛立ちを露わにしながら、大ぶりな一撃を振り下ろす。それを左右に展開する形で回避したハナとミツは、そのまま両サイドから、お返しとばかりに攻勢に転じた。


「『弾刃(ブリッツ)』ー」


 右側、スキルによって弾丸の如く『教皇』に迫るミツの『五閃七突』は、けれどもやはり、歪むナニカによってあっさりと受け止められる。慣性までをも完全に殺され、ぴたりと停止したミツに一撃を見舞おうと『教皇』はカタカタと嗤い――しかし、反対側から眼孔に向かって突き出されたハナの切っ先によって、それを妨げられた。


 いかにダメージもノックバックも無かろうとも、物理的に視界を塞がれては鬱陶しいことこの上ない。

 これまでの戦闘からこのアンデッドが、目玉どころか視神経すら見当たらない落ち窪んだ眼に視覚を依存していると確信していたハナは、効果的な嫌がらせで『教皇』の精神を逆撫ですることに成功。


 当然、『教皇』は不快感を露わにしながら錫杖を振り回し、ハナを屠ろうとするものの、AGIに優れた高レベルプレイヤーである彼女を捉えることは出来ず。


「ほらほらー」


 ハナに執心しているとまたしても、反対側からミツが二つの剣でチクチクと刺してくる。先のハナと同じように眼孔を、或いはカタカタと怒りに震える口蓋を、時には振り回す錫杖を抑え込むように、右手首を。

 毛ほどのダメージも無いにも関わらず、的確に行動を妨害してくるハナとミツに、『教皇』は際限なく苛立ちを募らせていった。


 翻弄されるその様に『聖女』も加勢しようとするものの、もとよりバッファーであり戦闘能力を殆ど持たない彼女に、この状況で直接介入する術などなく。むしろ、彼女が倒されることによるバフや防御スキルの解除を懸念して『教皇』は、『聖女』を守るようにして立ち回ってさえいた。


 彼らの配下である群狼のアンデッドたちも、他のプレイヤーによって足止め或いは討伐されており、状況はハナとミツが現れる前とは違った意味で、膠着しているように思われた。


「――、――!」


 当たりさえすれば、その特異な攻性因子によって大ダメージを与えられる。

 だというのに、初撃以降かすりもしない錫杖の先が、幾度となく空を切り。虚しい風切り音が鳴り響くたびに、『教皇』は苛立ちに声もなく吠える。


 左右から絶え間なく繰り出されるハナとミツの攻撃は全くダメージを与えられず、けれども互いを守り相手を妨害する積極的防衛として、この上ない効果を発揮しており。


 一手一手を積み重ねていく毎に上がっていく二人のボルテージに、『教皇』は遂に、何か悪寒めいたものすら感じるようになっていた。

 高火力の魔法攻撃を詠唱する(つむぐ)隙すら与えられず、苛立ちと悪い予感から半ば錯乱状態に陥ってしまった『教皇』の姿は、皮肉なことに、とても骸とは思えないほどに人間味を帯びていた。



「――そろそろ」


「――そうだね」



 ココロの共振が最高潮に達したハナとミツが、互いに声を掛け合う。

 間に亡者を挟みながらも、その瞳にはもう、お互いしか映っていなかった。



「「いくよ」」


「「うん」」



 符丁も、返答も、視線も踏み込みも太刀筋も、何もかもが完全にシンクロした二人の、全てを切り開く一撃。



「「『比翼連理(ユナイト)』」」



「――、――!」 


 まるで、不可視のナニカなど最初から存在しなかったかのように『教皇』の身体は両断され、彼のHPはその一太刀によって全損した。


「――、――」


 崩れ落ち、風に巻かれて消えていく『教皇』をそれでも繋ぎ止めようと、彼の朽ちたローブを抱きすくめる『聖女』に下りる、二つの影。


「ごめんね」


「大丈夫だよぉ。すぐ、おんなじところに送ってあげるから」


 SPの大半を消費し、非常に長いクールタイムに身を縛られたハナとミツが、再び共に『比翼』と『連理』を振りかざし。


「――、――」


 スキルに依らない二振り(一太刀)によって、『聖女』を『教皇』の元へと送り届けた。


 次回更新は1月8日(水)を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

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