24 V-聖者の妄執 谷底の亡者たち
新年、明けましておめでとうございます。
今年もゆっくりと更新していくつもりですので、どうぞよろしくお願い致します。
自然発生的に起こるイベントの中でもスタンピードは、初心者から上級者まで、幅広く参加することが出来る点で、敷居の低いものだといえる。
というのも、現れるモンスターたちの大群に種族や構成、規模の差あれど、全体的な傾向として群れの外縁に低レベルの個体がおり、そこから最奥に向けてレベルが上がっていくパターンがほとんどなのである。
初心者や低レベルのプレイヤーは外縁を、高レベルプレイヤーは中心部を主戦場とすることで、自分のレベルにあった難易度を楽しめ、またどこまで中央に迫れるかによって、自身の今の強さを測ることもできる。
故に、観測隊によって『聖者の妄執』と名付けられた此度のスタンピード攻略にも、初心者から有名な廃人まで、多くのプレイヤーが参加することとなった。
「アンデッド系というのはやはり、少々気味の悪さを感じてしまいますね……」
「しかもこいつら、神父とかシスターみたいな格好してるしっ。悪趣味だぞ☆」
『アカデメイア』からほど近い渓谷にて発生したモンスターは、俗にアンデッドと呼ばれる、死してなお彷徨う亡者たち。動物のようなシルエットをしたモンスターもちらほら見受けられるものの、ほとんどの個体が人型、それも、白ウサちゃんの言葉通り、破れ朽ちた聖職者の装いをしていた。
完全に白骨化した者から、未だ腐肉に身を包んだ者まで、皆一様に言葉にならない呻き声を上げながら蠢いている。
「ま、まぁ見た目はグロいけど……この辺のはあたしたちでも倒せるだろうし」
「よっしゃぁ!!やっぱゾンビは撃ち殺してなんぼっす!!」
「テンション高いわねアンタ……」
若干引き気味のノーラ、白ウサちゃん、フレアに対して、リンカだけがいつも以上のハイテンションで、既に二丁拳銃をぶっ放していた。
二丁の六連式リボルバーを遠慮なく撃ちまくり、弾が切れれば自動装填スキルで即座にリロード。撃ち抜かれたアンデッドの頭蓋は砕け、『倫理コード』により適度にデフォルメされた肉片が、粘性の血飛沫と共に弾け飛ぶ。
他のプレイヤーの多くが、神聖系の魔法やそれらが付与された武器での浄化を主戦法としているのに対し、最早一人だけ別ゲー状態であった。
「まあ、エンチャ無いと倒せないって訳じゃないし」
「相手も神聖系混ざってるから、物理でゴリ押しは意外と有効かもねー」
リンカのゾンビサバイバルガンアクションを、ハナとミツは冷静にそう評する。
「そう、ですねっ!わたくしの打撃でもっ、ダメージを与えられていますしっ!」
接敵し、自身の初級スキルでエンチャントを施した棍棒……もといメイス状の杖でゾンビの頭蓋を陥没させながら、ノーラも自らの打撃に手応えを感じていた。
スタンピードは長丁場、SP回復アイテムの消費も馬鹿にならない初心者にとっては、魔法を連発するよりも物理攻撃主体で戦ったほうが得策であるという、ハナとミツのアドバイスに基づく戦闘スタイルであった。
「ね、ハーちゃん。やっぱりノーラちゃんて……」
「うん。多分、経験者だと思う」
小さく囁かれたミツの声に、ハナが同意する。経験者とは、この手のゲームの、という意味では勿論なく。
「やっぱお嬢様だし、護身術とか武道?とか習ってるのかなー」
「かもしれないわね」
初心者のわりに慣れた動きをする身体裁きそのものについてであった。
アクション要素のあるVRゲームでは、ステータスの上昇や戦闘経験に伴って、プレイヤー自身の動き、所謂プレイヤースキルも熟達していくのは当然のことである。
しかし中には、現実世界での技量を高い精度でVR世界に反映することが出来るプレイヤーも存在する。そういったプレイヤーは、レベルが上がり身体能力が上昇していくに従い、元より自身が持っていた技量をより高度なものとしてゲーム内で活かせるようになる……ことも多い。
以前からその可能性を感じ、だからこそ物理攻撃を交えた戦闘スタイルを勧めてきたハナとミツの予想は、今回のスタンピードで確信に変わった。
「今はレベルが低いから、むしろ動きに制限がかかってる可能性もあるねぇ」
「今後が楽しみね…………じゃあ、私たちはもっと奥のほう行ってくるから!」
「はい、お二人も、頑張ってくださいねっ!」
「ボスのドロップ品、後で見せてよっ!」
身近に見つけた有力プレイヤーの卵にほくそ笑みながら、適度に雑魚を散らしつつ、群れの奥へと向かう百合乃婦妻であった。
◆ ◆ ◆
「エイト、どんな感じかしら?」
渓谷の底、地形に沿って細長く伸びたアンデッドの軍勢の最奥。ここまでのモンスターたちとは数段違うレベルを有した強力な個体がひしめく、今スタンピードの最激戦区。
プレイヤーも少数ながら高レベル、或いは廃人と称される者たちが集まっており、モンスターたちと一進一退の攻防を繰り広げていた。
その中の一人、エイトは、後ろからかけられた女神は一柱の声に、即座に反応を示す。
「ああ、女神様方。彼方の強さはそれなりなのですが……」
『1/1スケール百合乃婦妻像』を振りかぶり、迫り来る群狼のアンデッドたちを追い払いながら、彼女は少しばかり苦い表情をして見せた。
「地形が地形ですので『ヒヨク』も『レンリ』も召喚出来ず」
横幅のあまりない地形故に、本来の戦闘スタイルである大型モンスターを召喚しての連携を封じられ、エイトは本領を発揮出来ずにいた。
それでもレベルやステータス、武器の質量にものを言わせた物理攻撃で、何体かのモンスターを倒してはいるものの。
「あの『教皇』、召喚か蘇生かは分かりませんが、取り巻きを幾度と無く放ってくるものですから」
「膠着してる、って感じー?」
「ええ、恥ずかしながら」
エイト以外にも、本来であれば敵を全滅させられるような大規模攻撃スキルを有するプレイヤーが、この場には何人かいたのだが……いかんせん、左右を高い岩場に挟まれている地形上、下手にぶっ放すとフィールドが崩落しモンスター共々自分たちまで死んでしまう可能性があり。
アンデッドたちの首領と見られる『教皇』が、絶えず戦力を補充してくることも相まって、最奥部の攻略は、若干の停滞を見せてしまっていた。
……とはいえ、ではその場に悲壮な空気が漂っているかというと、全くそんなことは無く。
「なあ、『教皇』の隣にいるアンデッド可愛くね?」
「お前もう可愛けりゃ何でもいいのかよ」
「どうせ教皇の嫁さんだろ」
「は?あいつ聖職者のくせに嫁さんいんの?許せねぇな」
「別に良いだろいたって」
「アンデッドにも嫁さんがいるってのにお前らときたら……」
何ともまあ低俗な会話に花を咲かせながら、群狼のアンデッドを捌く一団さえ見られた。
ここにいるのは軒並み、プレイ歴も長い高レベルプレイヤーたちであり。
いざとなれば、ゴリ押しでなんやかんや良い感じになるだろうという、経験とプレイヤースキルに基づいた自信なのか慢心なのかよく分からないふわっとした余裕を、皆一様に持っていた。
顔を顰めているのは、ハナとミツに不甲斐ない姿を見せてしまった(と本人だけが思っている)エイトのみである。
……というか何なら、百合乃婦妻の姿が見えた時点で、全員が勝利を確信していた。
それは、二人が名立たる廃人プレイヤーだから……というだけではなく、その戦闘スタイルが、小規模かつ高火力なものであると広く知られているからであった。
自分たちがこの場を決するに最適な人材であると即座に理解したハナとミツは、かくして戦いに赴く……前に、エイトに伝えておくことがあるのを思い出した。
「そういえばエイト。あなたに話しておきたいことがあって」
「なんなりと、我が女神様方」
「けっこう大事なことだから、今回の攻略が終わってから話すねー」
「承知致しました」
「ヘファも一緒に聞いて欲しいから、出来ればプライベートルームに来て貰いたいんだけど」
神妙な顔で女神様方の御言葉を賜っていたエイトだが、ヘファの名前が出た途端、先程まで以上の、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「あの女、ん゛ん゛……あの方も同席する必要はあるのでしょうか?」
予想通りの反応に、こちらも若干の苦笑いを浮かべるミツとハナ。
「うん、二人に聞いて欲しいかなーって」
「別々に、順番に話したら、それはそれで機嫌悪くなるでしょ。二人とも」
この二人の間に限っては、順番に話せばそれはそれで、どっちが先だとか優先されてるだとかなんとか、そんな小学生じみたことで不機嫌になってしまうのである。
顔を合わせることによる小競り合いと、優先度(と、本人たちだけが思っているもの)を付けることによる後のねちっこい愚痴。両者を天秤にかけ、前者のほうがまだマシだと結論付けた、百合乃婦妻の苦肉の策であった。
「どーしても嫌だっていうんなら、無理強いはしないけどー」
「まあそしたら、ヘファだけに話すことになるわね」
「……承知致しました。このエイト、謹んでお二方の聖域へと赴かせて頂きます」
「ん、ありがと」
「じゃあ、ちょっと行ってくるねー」
二人の部屋に足を踏み入れ、何か重大な御言葉を賜れるという幸福。
どうにも馬の合わない偏屈な鍛冶師と顔を合わせねばならない不幸。
「行ってらっしゃいませ、女神様方」
禍福に苛まれ複雑な表情を浮かべながらエイトは、『教皇』を討伐せんと歩を進めるハナとミツを見送った。
次回更新は1月4日(土)を予定しています。
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