表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
春 百合乃婦妻が出会ったら
23/326

23 R-婦婦連休会わざるば刮目して見よ


「――、――」


 ゆさゆさと、体を揺らされる感覚。


「――み、――み」


 覚醒を促すそれは、けれどもどこまでも穏やかで。小さな声と共に、微睡み揺蕩う蜜実の心を優しく揺さぶってくる。


「――つみ、起きて」


 目を瞑っていてもなお、その顔を容易く思い浮かべられる。きっと、女神のような、慈愛に満ちた表情をしているに違いない。


「――蜜実、ほら、もう朝だよ。起きて」


 何よりも愛おしいその声で一日が始まるというのは、何よりも素晴らしいことで。だからこそ蜜実は、もう少しだけワガママを言いたくなってしまう。


「……んー……おはようのちゅー……」


「……、もう……しょうがないんだから……」


 困ったような言葉だがしかし、その声音は恥じらいと愛情が4:6程の割合で混合されていた。


 一瞬の静寂と、小さな小さな接触音の後。



「……おはよぉー、華花ちゃん」


「……おはよ、蜜実」



 連休明けの、二人の一日が始まった。




 ◆ ◆ ◆




 住んでいる家が同じ、通ってる学校も同じ、となれば。当然登校時間も、通学路も同じになるものである。

 要するに一緒に登校するという、同棲の数多ある副次効果の内一つを、華花と蜜実は存分に謳歌していた。


「――ヘファとエイトには、話しておいてもいいと思うんだけど」


「そうだねぇ。打ち明けるなら二人同時に、かなー」


「また喧嘩しそうだけどね……」


 腕を組み、とりとめのない会話に花を咲かせ、穏やかな朝の空気に包まれながら教室へ入っていく彼女たち。


「……ど……」


 しかし、そんな二人の姿を目の当たりにした二年二組の生徒たちは、驚愕の声を上げずにはいられなかった。



「「「「同伴登校!?!?!?!?」」」」



 教室中に響き渡る、最早どこか悲鳴じみた声。


「ちょっとまって、まって」


「遂に、一緒に登校してきたっ……!!!」


「マズいよマズいよ、世界恐慌だよこれは!!!」


「いやでも、逆になんで今まで一緒に登校してなかったの!?むしろそっちのほうがおかしくない!?あれ、あれ!?!?」


「つまり今までの世界のほうが間違っていた……?」


「なるほど、これが新世界秩序ニューワールドオーダーというものね……」


 教室内で、一瞬にして世界の崩壊と再構築が成されてしまう。

 それほどまでに衝撃的で、けれども恐ろしいほどに、寄り添い合いながら席に向かう二人の姿は、まるでそう在ることが当たり前であるかのような雰囲気を醸し出していた。


「この連休の間に、いったい何が……」


 今までは華花が先に登校してきて、その後しばらくしてから教室に現れる蜜実を出迎える、というのが二人の朝であり。クラスメイトたちにとっても、それこそが当たり前の風景だったのだが。


 当たり前などというものは、時として容易く壊れてしまうものなのである。


「私たちには想像もつかないような、何か恐ろしい出来事があったのは間違いない……」


 世界秩序の変遷に慄く二年二組生徒一同。



「――知りたいかしら、真実を」



 小さな、しかし確かに教室中を通り抜けた声が、荒ぶる彼女たちの耳に届く。


「「「「み、美山先生!!」」」」


 見れば教室の入り口、開け放たれた戸にもたれ掛かりながら腕を組み、不敵な笑みを浮かべる美山 和歌の姿が。


「貴方たちには知る権利がある。当事者に限りなく近い、逃れ得ない観測者として、ね……」


 ホームルームにはまだ早い時間、教員たる彼女がなぜここにいるのか。そんな些細な疑問など思い浮かびもしないほどに、此度の恐慌と今しがたの和歌の言葉が、静かにクラスメイトたちの心を揺さぶっていた。


 臨界点を越えしんと静まり返った教室内に、コツコツという足音が響き渡る。教壇に辿り着いた和歌は、生徒全員の顔を見渡しながら今一度問うた。


「知れば戻れぬ真実を。身を滅ぼすほどの事実を。それでも貴方たちは、知りたいかしら?」


 脅しとも取れるような恐ろしい台詞。常人であればその場から逃げ出してしまう程に、重く圧し掛かる言霊。


 しかし、最初の真実を知った時から、生半可な心持ちでこのクラスに在籍しているものなど、一人としていない。

 誰も、声すら上げない。けれどもその表情は皆一様に、覚悟の決まった強者のそれであった。


「……よろしい、では、心して聞きなさい」


 それを見た和歌は、満足げに頷き。遂に、秘匿された真実を白日の下に晒す。



「白銀さんと黄金さんは、連休中から同棲しているのよ……!」


「「「「――――!!!!!」」」」



 耳鳴りが痛いほどの、異様なまでの静寂。

 衣擦れはおろか、呼吸や、血流の音すらも止んでしまったかのような。


 そんな、一瞬の絶無を経て、世界は再び動き出す。



 始めは、小さなそれ。

 ぽた、ぽた、と鳴り響く、粘性の水滴が机を叩く音。


「……ふ、うぐぅ……」


 かつて華花と蜜実をけしかけ、その剣戟を間近で見るという不運に見舞われてしまった女生徒。その彼女が呻き声をあげながら、今度こそ鼻孔から鮮血を滴らせていた。

 ピュアガールな彼女にとって同棲という言葉は、その響きだけでも刺激が強過ぎたのである。


「ちょっと、だいじょ、う、ぶ……」


 ばたり、と。

 隣にいた別の女生徒がティッシュを差し出そうとして、しかしそのまま自身も倒れ伏してしまう。


「あ、あれ、おかしいな……?」


 あまりの衝撃に腰が砕けてしまっていたことを、本人が自覚出来ていなかったのである。


 そしてこれを皮切りに、恐慌が再び訪れた。


「どどどどどどど同棲!?!?」


「同棲ってつまりアレでしょ!?同棲ってヤツでしょ!?」


「同じ家に棲むと書いて同棲。つまり同じ家に棲むってことだね、うん」


「そんなのだめよ!!若い女の子同士が一つ屋根の下だなんて!!!」


「大丈夫、倫理コードがあるから!!」


「なーんだ、じゃあ安心ね」


「「「あははははは」」」


 現実のりせい(倫理コード)ほんのう(システム)の絶対的な拘束力は無いことなど、今の彼女たちでは知る由もなかった。


(やはりこうなってしまったわね……)


 教室内で同時多発的に起こる狂乱を俯瞰しながら、和歌は内心そう独り言ちる。


 思い返されるは、連休中に幾度となく行われた職員会議。

 当初、華花と蜜実の同棲は最重要機密事項として、生徒はおろか二人に直接関与しない教員にすら秘匿すべきだという意見も上がっていた。


 しかし、同じ教室で学校生活を共にする二年二組の生徒たちに、果たしてその事実を隠し通すことが出来るのであろうか。それこそ同伴登校や、何かの拍子にうっかり判明してしまい、恐ろしい災害が引き起こされてしまうのではなかろうか。

 そんな懸念を抱いた美山 和歌、大和 彩香、他数名の教師陣の進言によって、華花と蜜実の許可を得た上で、二年二組内にのみその情報を公開することが決定された次第であった。


 むやみやたらと隠し通すのではなく、一部にのみ(・・)公開という形を取ることで情報を統制し、そのコミュニティ内での口を堅くす(団結を強め)る。これもまた機密保持の一つの手法なのである。


 無論この情報は、二人が百合乃婦妻であるという情報と同レベルの第一級機密事項として扱われ、二年二組及び関連教員には厳重な箝口令が敷かれることとなる。


 結果として、唐突に驚愕の真実を告げられた二年二組生徒一同は、かくの如く混乱に陥ることとなってしまったのだが。


(だけどワタシは信じてるわ。皆がこの真実を受け入れ、より強くなってくれることを……!)


 なお、今日和歌がホームルーム前にも関わらず教室に姿を現したのは、このことを生徒たちに伝えるため……ではなく。授業時間外であれば、二人のいちゃつくさまを気兼ねなく観察出来るのではないかという天才的発想に因るものであった。

 つまり私欲である。



「……なんちゅーか、みんないつも通りで逆に安心するわ……」


 連休を経ても変わらないクラスメイトたちに呆れる未代の言葉で、此度の恐慌は幕を下ろした。


 次回更新は1月1日(水)を予定しています。

 今年も……と言っても投稿し始めてから二か月ちょっとですが、読んで頂きありがとうございました。来年もゆっくり更新していくつもりですので、よろしければぜひまた読みに来てください。

 では皆さま、良いお年を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ